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「 I found you ! 」   作者: アザとー&美桜
CASE 4  一之瀬 好紀
21/40

おしゃれで清潔な店内だと言うのに、間宮は相も変わらずテーブルの横に突っ立って毛羽をむしっている。

 彼が油断なく視線だけを落とすテーブルでは、八尋が雪月を怒鳴りつけていた。

「だから、俺を呼べって言ったんだ!」

 明らかな怒声に、ピンクのフリースの肩がびくりと揺れる。

間宮の眉もぴくりと震えた。

「公共の場で大きな声を出すなんて、常識を疑いますね」

 間宮の冷たい声を、銀盆を片手で小粋に掲げた一之瀬が遮る。

「仕方ないよ、それだけ彼女のことを心配しているんだろう」

「心配しているのなら、優しくするべきではないんですか」

「ううん? それは理想であって、あんまり心配の度が過ぎると、なぜか腹が立つんだよね~」

間宮は苛立ちのままに手袋の指先をひねり回す。

「理解できませんね」

 近くのテーブルに座っていた中年の男がふふんと鼻を鳴らした。

「一種の転嫁行動ともいえる」

 彼はカップを持ったまま立ち上がる。歩み寄る靴の踵が、こつこつと硬質な音を立てた。

「本来なら彼女に危害を加えようとした相手に向けるべき敵意。だが、その攻撃対象はここにはいないのだから、その攻撃性のはけ口として弱い個体が選ばれるのだよ」

 中年と言ってもくたびれているわけではない。細身の黒スーツにボルドーレッドのネクタイを緩く締め、理知あふれる控えめな微笑と身のこなしは艶を感じさせる。

「軽パニック状態による感情の飽和と言うものも関係する。彼女の話を聞いて君は不安になったはずだ。不安は精神に強い緊張を及ぼす。だが、現実に眼に見える彼女は無事なのだから、ここで精神の弛緩が起こるわけだ。その不整合を隠すために、一番強い感情である怒りを選択するのは無意識のなせる業だよ」

 八尋は、優雅にカップを振りながら解説する男に怪訝そうな上目を向ける。

「……誰?」

 一之瀬が空になった銀盆で八尋を小突いた。

「自分の学校の先生ぐらい覚えておけよ」

 タイの結び目を指先で引っ張りながら中年紳士が吐いたのは、とりなしの言葉?

「ウチは学部も多いしね。いちいち准教授の顔まで覚えてはいられないということだろう。特にスポーツ推薦で入ったような輩にはね」

 その一言に、八尋の本能的な敵愾心が疼いた。

「おい、雪月にあんまり近づくな」

「おお、嫉妬心かい? 自分の所有権を僕に誇示したいわけだ?」

 なれなれしく肩に手を置かれても、雪月は全くの無防備に首を傾げただけだ。

「ゼミでお世話になっている先生よ?」

「そ、色々とお世話しているわけだよ、僕がね」

 八尋が拳を振り回す。

「何でも良いから、雪月から離れろっ!」

「おお、怖い怖い」

 おどけて首をすくめたその男は、ぽんぽんと雪月の肩を叩いて囁いた。

「気をつけたほうが良い。強すぎる束縛は、愛さえあればなにをしても良いと思っている心の現われだからね」

 軽く微笑みながら立ち去る中年紳士を見送って、一之瀬がため息混じりに言葉を吐く。

「怖いよ、八尋君」

 間宮はいかにも興味なさそうに、手袋の先をひねっている。

「随分とオカンムリですね」

「あいつっ! 怪しいぞ。絶対『参加者』だ」

「そう言う根拠は?」

「勘だっ!」

「全く、お見事な超理論ですね」

 間宮もいよいよにため息をついた。

「勘だけで人を追い詰めることはできないんですよ?」

「追い詰めるって……物騒だな」

「ああ、失礼。『狩る』でいいですか?」

「どっちにしろ物騒だよ!」

 状況の呑み込めない雪月だけがきょとんとしている。

 男たちはそれには頓着せず、視線を交わした。

「僕が狩り方をご指導しますよ、センパイ?」

「へえ、あのいけ好かない助教授を、か?」

「それより先に、狩るべき相手が居るんですよ」

 間宮が毛羽をむしる手を止める。

「早く気づかないと、雪月さんが危ないんですけど?」

「ええ? 私がどうかしたの?」

 雪月が不安に震える瞳で八尋を見上げた。

 あごを引いて小柄な体を丸めている姿は、怯える小動物さながらだ。

「雪月、お前は何も心配することはない。俺が……そう、俺が居るから」

 テーブルの上に置かれた細い指を、八尋がそっと引き寄せた。


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