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インターフォンに映し出された若い女性は、通学路にある花屋の女主人で顔なじみでもある。だからだろうか、荷物など管理人室に置いてもらうのが常であるというのに、雪月は無用心に入り口のロックを解除した。
程なくして玄関先にたどり着いた花屋が抱えていたのは、白い花の中に一輪の赤という華美で豪華な花束。だがそれよりも先に、彼女は小さな花束を差し出す。
「これ。これは私から個人的に」
「わあ、かわいい」
雪月の顔がほころぶ。
20代後半と思しきその女性は、少し表情を曇らせて実に申し訳なさそうな声を出した。
「ごめんね、もっと大きな花束にしてあげたかったのに……」
「とんでもないです。これ、可愛い! やあ、どうしよう」
きゃいきゃいとはしゃぐ姿を見る花屋の女は微笑んだ。
「雪月ちゃんのほうが可愛いわよ」
ぼそりと口の中で噛んだ言葉は、雪月には聞こえなかったらしい。
「え?」
「ううん。こっちの花束ね、雪月ちゃんに届けてくれって言われたんだけど、怪しいのよ。誰からなのか解らないの」
八尋が口を挟む。
「そんなことがあるのか? あんたが注文を受けたんだろう」
「ええ、でも電話での注文だったし、代金は振り込みだった。それにねぇ……」
女性は花束と共に大き目のクッション封筒を差し出した。
「一緒に渡してくれって、これが今朝ポストに」
大きさと厚みから考えて、中身はCDかDVDだろう。
「怪しいわよね? どうする、持ち帰ったほうがいい?」
そうは言いながらも、花屋は大きく眉を下げて泣きそうな表情だ。ただの配達人にこれ以上を求めるのは気の毒に過ぎるだろう……八尋は注意深くその花束と封筒を受け取った。
万が一に備えて、わざと監視カメラの正面にその品を置く。
「雪月、心当たりは?」
「えっと……教授さんか、店長かな? サプライズ好きだから……」
「あ~、そこか」
雪月のゼミの教授は知命の年だというのに子供っぽいところがあり、特に目をかけている教え子の誕生日にイタズラを仕掛けても不思議はない。
バイト先の店長も従業員を大事にする男だ。労いのサプライズだということも十分に考えられる。
「だとすると、こっちは?」
開封した封筒からは案の定、一枚のDVDが出てきた。真っ白なレーベルには何の書き込みもないが、サプライズだとすれば友人たちからのメッセージでも入っているのだろうか。
「いや、しかし……」
雪月が戸惑う八尋の手からDVDを奪った。
「大丈夫だよ、もし何か怪しい物だったら、おまわりさんのところに持っていくから」
「おまわりさん?」
「うん、駅前の交番のおまわりさんでね、ストーカーの相談に行ったの」
「初耳だぞ、そんな話!」
彼氏としてのプライドが小さく傷つく。
「だいぶ前の話だし……あのねえ、ジツガイがないから届けは出せないんだって。でも、いっぱい相談にのってくれて、その後すぐに、ストーカーもされなくなったの」
「どうせ、俺は頼りにならないよ」
「何をいじけてるの? 変なの」
くすくすと笑いながら無防備に再生ボタンを押した雪月は、そこに映し出された映像に凍りついた。ベッドの上で激しくもつれ合っている裸の男女は、間違いなく自分と八尋だ。
淡いブルーのリネンも、映りこんでいる家具類にも見覚えがある。
「これ……」
間違いない。ふすま一枚隔てた、この家の寝室だ!
振り向いた雪月は、何の変哲もないと思っていた花束が放つ芳香と狂気に当てられて、膝から崩れる。
ふわりと大きな白い花は、弔いにうなだれる貴婦人のような白菊だ。その中にたった一本、滴り落ちた血の雫を思わせる、赤い大咲きの薔薇。
八尋が封筒を確かめるように振ると中から一枚のカードが舞い落ちた。血を思わせる赤いインクで書かれたメッセージは……
『オニさん、こちら
手の鳴る方へ』