立つ鳥跡を濁さず
LESSON.1
19**年。私は、いつもより、早く起きた。
もう、三月だというのに、外の空気はひんやり冷たい。暦の上では、もう春だというのに。
うーん、早いな・・・三年間は。
3月3日。女の子の日。桃の節句。
「うーん、今日はいい天気になりそうだな」
私は、カーテンを開けて、空を見上げる。朝の冷たい空気のためか、空が物凄く蒼い。
まさに、澄み切った青空。
本日は、快晴なり!
「葉月、起きてるの〜?早いわね。ご飯、食べちゃいなさい」
下から、母の声が聞こえる。
「分かった。すぐ、行く」
「じゃ、用意してるからね」
私は、パジャマから、セーラー服に身を包む。
最後のセーラー服。
感慨深い。
「よし、下に行きますか!」
私は、身支度をして、御飯を食べに下へ降りた。
Lesson2.
「おはよう!ようちゃん、愛子、真弓」
私が、教室に着くと、もう仲良しの友達は着ていた。
いつも、遅い、ようちゃんまで。本名は、容子。
「おはよう。今朝も寒いね!!」
ようちゃんは、白い息を吐いていた。
いつも、明るいようちゃん。
「はあ〜私は、まだ、今日が、卒業式だなんて信じられない」
のんんびり屋の愛子。
大きなため息を漏らす。愛子は三年間、髪を切らずに今は腰位までのびた。
「だね。私、今日、泣くかな?」
いつも、微笑みが絶やさない真弓。
というか、怒ったことがない。
「うーん、私は感激屋なので泣くかもしれない」
「あー、葉月はな泣きそうね」
「そういう、ようちゃんこそ」
私は、一応、ようちゃんに反論する。
だって、知っている。彼女が一番、泣き虫だということを。
「うるさい!」
と、思いっきり、ようちゃんは照れる。
こんな馬鹿な騒ぎを私たちは、教室で毎日していた。
卒業式が始まるまで。いつもと、かわりなく。
そして、時間はやってきた。
LESSON.3
体育館に、父兄がたくさんやってきていた。厳粛な空気。かなり、緊張した面持ちで卒業生たちは、音楽とともに入場してきた。私も、テンションが思いっきり、高くなったせいか、笑いがこぼれた。
「あんた、何笑ってんの?」
と、後ろにいた愛子に注意された。
「いやー。恥ずかしくて・・・」
「あー、ねー」
理解してくれた。
全員の入場が終わると、「卒業式」が始まった。
校長先生の話が終わり、卒業証書授与の番になる。
1組から、順に各生徒の名前が読み上げれていく。中には、緊張したり、感極まって泣き出す子もいた。
それぞれに、想いがあるのだろう。
やがて、私たちのクラスの番。
「3年7組。相田真理子」
と私のクラスの子たちの名前が読み上げられていく。
「12番、小林容子」
「はい」
ようちゃんは、凛として、証書を受け取る。彼女は、県外の美大に進む。
ようちゃんの志望は画家なのだ。
「18番、佐伯真弓」
「はい」
真弓は、落ち着いた雰囲気で、証書を貰う。彼女は、看護学校に進学。
彼女なら、世間でいう「白衣の天使」になるだろう。彼女の笑顔はいつも優しいから。
きっと、素敵な看護婦になる。
「23番、中田愛子」
「はい」
以外なことに、愛子は少し手が震えていた。緊張しているのかな。
彼女は、県外の外語大学。超難関な四大に合格していた。
将来は、翻訳家になりたいという。
「28番、平井葉月」
いよいよ、私の番。
ごくりと唾を飲む。掌に冷や汗。いかん、緊張してきた。
でも、これで最後だから・・・私は、校長先生から証書を受け取る。
「おめでとう」
校長先生が、一言添えたくれた。
私は、頭を下げた。
私は、文学好きで、将来小説家になりたいがため、地元の大学に決まっていた。
そうして、卒業証書の授与が終了し、あっという間に、式は終了していった。
LESSON.4
教室の外では、みんながあっちこっちで泣いたり、笑ったりしている。
みんな凄くいい笑顔。優しい表情。
わたしたちも、互いに、写真を撮っていた。
「やっぱり、ようちゃん、泣いたね・・・」
私は、泣きはらして瞳が真っ赤になっている彼女を覗きこんだ。
「だって、葉月。在校生が歌う、仰げば尊しで感動しちゃって・・・」
「まだ、泣いてるよ・・・ようちゃん」
愛子がハンカチを渡す。愛子もつられて涙を流した。
「はい、はい二人とも。これが、最後じゃないのよ」
真弓が二人をなだめる。以外に、最後までしっかりしていたのは、彼女だった。
「葉月も何気に目が赤いよ」
「あはは。分かる?」
「何よー、あんたも人のこといえないじゃない!!」
ようちゃんが、私に叫ぶ。
だって、最後だよ。この制服着るの。この教室や、校舎に来るの。
そう思うと、さすがに、鈍い私でも、涙くらい流すさ!
真弓が、ふっと穏やかに笑った。
「でも、いつでも逢えるからね。私たち次第で・・・」
「確かに・・・」
私たちは、彼女の言葉に同意する。
今日が私たちの終わりでもあり、新たな始まりでもある。
これから、長い人生何が待っているんだろう・・・
「さあ。最後に、四人で笑ってる写真とろう!」
さすが、ようちゃんが、その場を仕切った。
泣き笑いしながら・・・。
私たちは、最高の笑顔で、カメラに微笑んだ。
空は、本当に雲ひとつなく、真っ青だった。
LAST LESSON
今日も、いい天気だな。私は、真っ青な空の下にいた。
散歩していたのだ。
「あー、早いね。あれから、10年か」
「そりゃね、あのようちゃんが結婚だからね。愛子なんて、アメリカに行ってるし」
横には、白い制服を着た真弓がいた。
今日は、私は、真弓が勤める病院に来ていた。
彼女は、今では立派な「白衣の天使」というか敏腕看護士になっていた。
「だよね。まさか、愛子が連絡なかったけれど、翻訳家になったはいいけれど、一番早く結婚してダンナアメリカ人よ!子供が二人目とか言ってたね」
のんびり屋の彼女が、一番、結婚が早かった。しかも、私らも最近、風の噂でそれを知った。
「ようちゃんも、大変だったよね。美術教師しながら、結婚するしないで何年揉めたっけ?」
「三年。彼女が一番、男苦手だったしね」
「だよね」
私と真弓は、顔を見合わせて笑う。
春の暖かい空気が気持ちいい。新緑の風が私たちをの間をすり抜けていく。
「葉月は、子供元気?本ももうすぐ、発売でしょ?ようちゃんの結婚式に合わせて、発売するんだっけ?」
「そう。ようちゃんやあんたたちにプレゼント。子供もダンナも元気よ」
「あんたも、ようやく、作家か・・・大変だったね、編集の仕事して、職場結婚して、子供育てながら、何回も色んなコンクールに出して・・・。デビューして、三年だっけ?」
「うん。あっという間でした」
そう、卒業してから私たちは色んなことがあった。
たくさんの、経験があったから「今」があるのだと最近、しみじみ思う。
人はたくさんの「経験」をする。それが、大人になるための試練。
「真弓は結婚しないの?」
「うーん、仕事楽しいしね、きつくてやめたくなるときもあるけれど、やっぱり、やめらないしし。焦ってないしね、したいときにするわ。独身生活も楽しみたいし」
真弓らしい。けれど、彼女がどれだけ辛い経験を経てきたかは、少しだけ知っている。
でも、彼女の笑顔は、本当に鮮やかに微笑んでいた。
私たちは、これからも幾多の「経験」をしていくのだろう。
けれど、それは偶然でなく必然なのだと思う。
そして、一人じゃない。
「なんて、タイトルだっけ?本の題名・・・?」
「『立つ鳥跡を濁さず』」
「いいじゃない・・・みんな喜ぶわよ。高校時代の私たちでしょ?モデルは」
「そう」
真弓が、静に微笑む。私も微笑む。
「さて、仕事に戻らなきゃね。後輩が待ってるし・・・じゃ、結婚式でね」
「うん、またね。仕事、頑張って」
「お互いに」
真弓は、最高の笑顔で病院に戻っていく。
私も、彼女の後ろ姿を見送りながら、また、自分の日常にもどる。
私たちは、もう、あの頃には戻れないけれど。
新しい思い出を。一日を、生きていく。
「大好きな親友へ・・・この本を捧げます−平井葉月・・・」
『立つ鳥跡を濁さず』
(ねえー将来、どうしてるかな・・・わたしら)
(さあ、ちゃんと生きてるわよ)
(だね)
(そうよ)
優しく、穏やか時間は、いつまでも。
本と私の記憶の中にある。どんなときも。
「立つ鳥跡を濁さず 平井葉月」
END
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