挨拶
翌日。
出航前の号令の為、独立隊の主要メンバーがブリッジに集合した。
集まった総員は30人は居るであろう、そのほとんどはブリッジクルーとMS隊で残り数名は各要員の士長のみだが、30人ものメンバーが入る広いブリッジは近代の宇宙戦艦では珍しい。
しかし流石にこれだけの人数が揃うと狭く感じる。
「ブリッジクルーとMS隊、及び各士長の皆、集まってくれて感謝する」
ブリッジの正面窓を背にいかにも軍人という感じでグレンが背筋を真っ直ぐにして立ち挨拶を始めた。
「まずは出航が遅れた件を代表の私から謝らせてもらう、まぁ予期せぬデモの余波でアナハイムの社員側がストライキを起こしたのが理由の一つではあるが、全く予想出来ない事態ではなかったので私が何かしらの対策を練るべきであった。おかげで数日基地内待機という暇を持て余した事だろう、申し訳ない」
別に誰も気にしてはいないがこれがグレンのやり方だ。
待機命令も基地内って制約は付いたが休暇みたいなもので遊び好きなメンツを除けば皆有意義に活用出来た様だし。
「本艦の作戦目的をあらためて説明する」
ここに居るほとんどがこの隊を“ゴミ箱”と認識してはいたが正式には“独立隊”であるが故に体裁的な説明をするグレン。そして既に二つ有る独立隊を新たに結成した理由も述べた。
「今年5月18日に第01独立隊が所属不明のMS隊と交戦して壊滅した。奇跡的に02独立隊に回収された2名のMSパイロットの証言によるとサイド2のレジーヌコロニー、旧アイランド・ブレイドと言えば解り安いだろうか、そこの警戒任務中でデブリ群に潜伏していた艦に突如6機の正体不明MSに急襲されたようだ」
アイランド・ブレイドは過去の一年戦争で被害を受け後のコロニー再生計画で移送中にジオン残党が計画した星の屑作戦で地球へのコロニー落としに利用された。
しかし実際に地球に落とされたのは共に移送されていたもう一つのアイランド・イーズであった為にブレイドはしばらく行方不明であった。
再び発見されてからは新規コロニー“レジーヌ”として改修されてサイド2に移りレジーヌコロニー自治政府の意向で宇宙難民を多く受け入れるていた。
「それで我々は母艦を失い任務を果たせなくなった01隊に代わりレジーヌコロニーの警戒任務に付く」
ここまではクルーのほとんどが知る俺達の仕事。
だが第01独立隊が生き残ったメンバーを入れて再編される事は無いだろう、相手が誰か知らないが連邦のゴミを見事処分してくれた訳だから、運良く生き残った奴らの身は恐らく地球で幽閉って所だろうな。
問題はここからだ。
俺達の目的はレジーヌコロニーの警戒任務となっている訳だが出航後の進路を知るのは恐らく副司令を兼ねている俺だけ。
「更に新型MSの実動試験も行うのだが、そのMSはトップシークレットの為に我々が現地の地球まで受取に行く、と言っても本艦は大気圏での運用は想定されていないのでMSパイロットのマーク・ジュディゲル少佐とユリ・キショウ中尉の二人で地球に降りてもらい本艦は周回軌道上で二人の帰還を待つ」
受取を終えた俺達をシャトルか大気圏離脱用ブースターで周回軌道まで上げてディープ・ヘルメに拾わせる寸法か。
ブースターともなれば軌道が1度でも外れたら宇宙漂流って笑えない話しだな。
「私からは以上だ。ジュディゲル少佐、副司令として君からも皆に何か一言」
群集の前列に立っていた俺はグレンに促されて前に歩み出し彼の横に立つ。
正直こういうのが苦手だ。
それを知っていてやらせるグレンも鬼畜だと思うよ。
「第03独立隊副司令兼MS部隊隊長のマーク・ジュディゲル少佐だ。皆知っているだろうがこの隊はある種特殊だ。故にこれから超過酷な任務をこなす事になるだろう」
我ながらいい加減な語りだ。
「まず俺達は地球へ新型MSの受取に向かうがその後はレジーヌへ進路をとる。恐らくレジーヌ側の武装勢力と交戦する事はある意味必然に等しい、01隊が壊滅した事実で向こうも相当手強いと想像できる。いつ何時俺達が01隊の様になるやも知れん事を覚悟してくれ、以上!」
こんなもんかな。
俺の肩にポンとグレンの手が置かれる。
「ではご苦労、持ち場に就いてくれ」
グレンの敬礼に合わせてブリッジに居た皆が敬礼した後、各々の持ち場に向かう。
「私もこれで失礼します」
「ご苦労」
皆が持ち場に向かうのを見送ってから改めてグレンに敬礼しブリッジを出る。
「ジュディゲル隊長!」
リフトグリップを握ろうとすると背後から呼び止める声がした。
「何故新型が自分ではなくあの小娘に!」
俺がブリッジから出るのを待っていたであろうこの青年はまるで殴りかかるかの勢いで言葉を言い放つ。
青年は以前北極で別の試作MSのテストパイロットを一緒に勤めたロビン・パーソン中尉であった。
彼は自身の優れたニュータイプの資質に一種のプライドを持っているが、そのプライドが過剰過ぎ独断先行する悪い習性で部隊を危険にさらす事がしばしば。
グレンが試作機のテストパイロットとして引き抜く前までは“噛ませ犬”と揶揄されてきた問題児であった。
まぁ確かに彼のパイロットとしての適性は優れているが、23歳という若さと過剰なプライドが彼の短所だ。
グレンの事だからそういう奴も使い方って認識で引き抜いたのだろう。
恐らくブリッジで新型機の受取を任じられたのがキショウ中尉と聞いて彼女がパイロットに選ばれたと察したようだ。
それで号令中グレンに意見したい気持ちをじっと堪えていた訳か。
「俺に八つ当たりしても結果は変わらん。パイロットを決めたのは准将だ」
「じゃあ自分が外された理由を!」
この様な手合いにはきつい言葉を浴びせた方が有効だな。
「知らん! 頭を冷やせ」
我ながら突き放す様に言ったが、この青年に有効に働くか分からなかった。
しかし慰めの言葉を求める様なタイプでもないので彼を置いて格納庫に向かう。
途中フィリアの艦内アナウンスが「総員に告げます。艦の拘束を解除しますのでショックに備えて下さい」と流れる。
間もなくガクンと船が左右に揺れて危うくリフトグリップを離してしまいそうになるが右腕に力を入れて堪えた。
エアロックに入るが戦闘配備命令が出てないので格納庫内は空気が入っていて素通り出来た。
格納庫へ出る為の分厚いハッチを開けて直ぐに整備士長の名を呼ぶ。
「おーい、アーノルド!」
「ジュディゲルか? 今お前のを見てるからこっちに来い」
ハッチを出てすぐ左側に立つ黒いMSのコクピットからアーノルドの声が聞こえたので足で床を蹴り慣性で自身の身体をそのコクピットまで飛翔させる。
「なんでコクピットなんか見てるんだ?」
開いていたコクピットハッチに手をかけて身体を制止させてから中を覗き込むとアーノルドは右のアーム・レイカー(球状操縦桿)をバラしていた。
「次の機体もコレなんだとさ、だからお前の癖を記録してる」
「アーム・レイカー分解しちゃ出撃出来ないだろ」
「俺なら3分もかからないで組み立てられるから問題無い」
彼はアーノルド・シュワイガー曹長。
元々は民間企業の人間であったが軍で機械工学に優れた人材が不足した時に教官として迎えられたのだが、職人気質で一見無愛想な彼は上からよく誤解される事がありグレンが引き抜いた。
「あそ。新型機もアーム・レイカーか」
「新型の事を聞きに来たなら諦めな。俺は准将が命令した機体の記録作業しかやってない」
「はいはい。なんか手伝う事ないか?」
「無い。今の仕事はこれ。もう1機はハンナが見てくれてる」
「もう1機?」
「キショウ中尉のだろ」
「ああ、そうだな。じゃあ彼女の機体の記録が見たいのだが」
アーノルドは一呼吸置いて叫ぶ。
「おいハンナ! キショウ中尉の機体整備記録出せ!」
うるさい声だ。
この至近距離では鼓膜が破れる。
「そんな大きい声出さなくても聞こえているわよ」
左斜め向かいに立つ派手なオレンジのカラーリングが施されたMSのコクピットが開き、中から褐色の肌の美女が姿を現す。
「あんたねぇ、毎度毎度言ってるでしょ、うるさいって」
少し不機嫌気味な彼女がハンナ・シュワイガー、アーノルドの妻だ。
彼女も旦那と同じメカのプロ。
アーノルドよりか愛想よいが基本似た者夫婦ってやつかな。
一隻の戦艦の中で夫婦が出来る事はまぁ有る話だが、元々夫婦の者二人が船員に選ばれる事は軍では非常に珍しい。
その珍しい現象を導いたのはアーノルドがこの艦の整備士長をグレンから任じられた時に妻のハンナが『なら私も一緒に』とわざわざグレンの自宅をたずねて直談判したからだとか。
彼女は元々軍でMSメカニックのアドバイザーをやっていた。
その時にアーノルドと知り合って恋に落ちたらしい。
だがハンナの美しさを考えればもっと階級の高い士官と結婚していてもおかしくはない、にもかかわらずあの口を開けば機械の事しか出ないアーノルドを選ぶとは世の中わからないものだ。
おまけにハンナはアーノルドにゾッコンで独立隊の実態を知ったハンナは夫を一人行かせる事が出来ないとの事でグレンに殴り込みだ。
そこだけ聞くと本当にお熱い二人だが仕事中の二人は一見そうは見えない。
にしても来年40になると思えない程ハンナは美しい、今だに若い士官からも凄い人気だし。
アーノルドも男前で悪い人間でもないが、性格に難が有るので尚更二人の結婚は疑問ばかりだ。
その疑問も含めて結婚した当時はハンナを狙っていた男達にアーノルドもさぞ怨まれた事だろう。
「こっちはセンサーチェックの為に火が入ってるんだから、音感センサーで外の音は丸聞こえなの」
毎度毎度この二人の会話は怒気を帯びていて聞いている側は気を使うよ。
「忙しい所すみません。その派手なのがキショウ中尉の機体ですか?」
「そうよ。あんたに似て荒い乗り方してるから4~5回メンテナンスしたら中身全部入れ代えよ」
「そう言わないで下さいよ」
ハンナが整備中だった機体を見て俺は見た目そのままの感想を口にする。
「しかしそんなド派手なオレンジじゃまるで作業用MSだな。その色じゃ敵機のセンサーにすぐ捕捉されて狙い撃ちだよ」
「あんた何も知らないのね、それが狙いなのよ」
「はっ?」
アーノルドが俺の疑問に答えた。
「機体を見る限りあの娘さんはうちのエースだよ」
「どういう意味だ?」
「各関節部の駆動疲労と全スラスターの推進剤消耗率が他の誰よりも激しいからよ。あの娘は自ら戦場で囮役を買って出て、かつ生還してるパイロットさ、機体の統べてを見りゃそいつの戦闘スタイルなんざ丸解りだからな。整備士の特権」
「その通り同感だね。ホント彼女なんとかしてよ隊長さん! その調子で今後もやられたら私らの仕事も終わらないし、いくら補給が有っても全然足りないよ」
「なるほど。彼女の資料を見ても戦績ばかりで戦闘スタイルまでは解らないからな。しかしそう言われても困るよ、とりあえず彼女の機体詳細を見せてくれハンナ」
「下にある道具入れの一番上の引き出し」
ハンナがコクピットから足元にある金属製でキャスター付きの引き出しを指差す。
俺は「サンキュ」とハンナに左手を振ってその道具入れの所に飛び降り一番上の引き出しを開ける。
中にはブルーやイエローなどのファイルが5冊程入っていた。
「ごめん言いそびれた、赤いファイルね」とハンナのアドバイスを聞き俺は赤いファイルを抜き出しす。
その様子を見たハンナはコクンと頷いた後コクピットに戻ってハッチを閉じた。
俺はファイルを数ページめくり読み思う。
「右端にクリップ挟んでまとめるクセ直したのか?」
「あのジジイうるさいから今後は全部ファイルにまとめろってさ」
「“ジジイ”って?」
「グレンさ、鬼の居ぬ間に言ってやった」
アーノルドが笑う。
だがまさか彼の口からグレンへの愚痴が出るとはな。
しかしファイルを読んでみるとハンナとアーノルドが言った通りムーバブルフレーム(MSの骨格)の部分発注書の数が異常な多さだった。
機体の型番は“RGZ-00100”と彼女の資料にも書いて有ったものだが…
「そういえばこの機体はあまり見ないタイプだ」
俺の呟きに問題の機体からハンナのマイクを通した声が流れ格納庫内に響いた。
「よくぞ気付いた! さすがは隊長だね!」
「この機体は過去にエゥーゴで開発されたモビルスーツ2機のコンセプトを受け継ぎ、宇宙世紀100年を記念して作られたワンオフ機! 通称ハンドレット!」
随分熱の入ったご説明だな。
エゥーゴといえば地球連邦軍外郭新興部隊ロンド・ベルや今の第13独立艦隊の礎になった組織。
元々反連邦組織のエゥーゴが活躍していた時代は旧体制の連邦は腐敗が進みジオン残党も着実に過去の組織力を取り戻しつつあった時代。
そんな激しい三つ巴の大戦をくぐり抜けたエゥーゴは数多くのMSを開発し戦果を挙げてきた。
ハンナの熱弁は続く。
「ベースとなった2機はMSZ-006とMSN-00100で双方とも発表された当時は傑作と謳われ、現在でもその過去を知る兵士達は伝説の様に語る!」
たまに彼女は本当に女かと思う。
「まずMSZ-006ですが、その機体の特徴は現在では珍しい可変MSという点。しかし可変MSは構造が複雑な為コスト面や整備性の悪さからRGZ-00100は非変形機として設計された。そう考えるとMSZ-006のコンセプトなど受け継いでいないかに思えるが… 技術者はMS形態でのMSZ-006の高い機動性に注目したの! その機動性の理由はMSZ-006が両脚部に熱核ロケットエンジンを搭載し巡航形態変形時にその脚部をメインエンジンとして機能させていたから。よってRGZ-00100も脚部に再設計された熱核ロケットエンジンを装備し同じくMSZ-006に装備されていたロングテールバーニアスタビライザーもRGZ-00100用に再設計し装備!」
話が長いな。
「更に変形機能を排した事で機体構造に余裕が出来、頭長高20m近いMSZ-006に対し本機は17.1mまで機体の小型化に成功! 熱核ロケットとロングテールバーニアスタビライザーと相まって非常に高い機動性と運動性を実現したの!」
俺はMSに乗る事が仕事だがMS自体に興味は無い。
この話は一体いつ終わるのだろうか…