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フィクション  作者: 神風紅生姜
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月面にて

“設定”


宇宙世紀108年。


幾度かの大戦を経た時代。


ジオン独立戦争に感化され幾つものスペースコロニーが連邦政府からの独立自治を行いはじめ、地球連邦は過去の様な力を失いつつあり。


その存在は体裁でしかなくなっていた。

「………」


ん?


「……さ」


この声は…


「ジュディゲル少佐」


その名は…


「少佐聞いていますか?」


俺はまどろみから現実へ呼び戻される。


「すまない少し眠っていたようだ」


「ちゃんと休養はとってますか? 少佐は気を張りすぎなんです。 任務に支障が出る前にしっかり休んで下さいね」


「ハイ、ハイ」


「“ハイ”は一回!」


「ハイ!」


慣れない事務作業で少し疲れていたらしい、珍しく居眠りをしてしまった。


しかし何故こんな昔の事を夢に見る?


この娘と居るとよく『あの頃』と同じ感覚を思い出す。


彼女の血の色の様に限りなく朱い髪がそうさせるのか…


それにしてもこの娘は俺が上官と解っていてこの振る舞いなのか?


まぁ俺はそういう形式的な事が嫌いだからいいが、他に知れると問題だな。


「キショウ中尉。俺は堅苦しいのが嫌いだからその振る舞いでもいいが、他の士官が同席している時は遠慮しろよ」


「了解しました。ジュディゲル少佐殿!」


まったく、敬礼すらオママゴトだ。


ドアを“コンコン”とノックする音が部屋に響いた。


「誰だ?」


「フィリア・ニクソン曹長です。入ってもよろしいですか?」


「入れ」


ミーティングルームのドアを開けたのはブロンドのショートヘアがよく似合う女性だった。


「ご挨拶中に失礼します。ジュディゲル少佐、そろそろよろしいですか?」


フィリアの言葉であの方がいらしたのだと悟った。


「もうそんな時間か。わかった今行く」


「どちらへ?」


「残務処理兼ご挨拶さ、あと必要機材の確認なり俺の仕事は山積しているのでな。中尉も今日はもう自室に戻ってかまわんよ」


彼女にそれだけ告げてミーティングルームを後にした。


だが何故か後ろ髪を引かれる思いがする。


俺が彼女ともっと長く居たかったのか、彼女の思念が訴えているのか、俺の力では分からない。


それよりあの方のいるブリッジに向かわねばとリフトグリップを握る。


「随分長いご挨拶でしたね」


「すまない、待たせてしまったかな?」


「いえ、少佐の事ですからもっと早く済むと思っていたので」


小さく頼りない印象のフィリアだが、軍内外の多方面で情報に詳しく、小規模作戦では各隊へのアドバイザー役に回る事が多いらしい。


今は艦のオペレーターを担当している。


お互いに初めて組んだのだが、たまにふざける所を省けば優秀な人材だ。


「それにしても一体何をお話していらしたのですか?」


「たわいもない日常会話だよ、まったくよく喋る娘でな、彼女が話に夢中の間に俺は眠っていたらしい」


「あのキショウ中尉がですか?…」


フィリアの声は急にはっきりしなくなる。


「珍しい事なのか?」


「いえ… 珍しいと言えばそうですが…」


「なんだ?」


「少佐の顔は怖いので怯えるかと」


これがそのおふざけだ。


「冗談のつもりだろうが笑えないぞ」


「失礼しました」


「それで本当の所はどうなんだ?」


「私も中尉と同じ隊は2度目ですが…、中尉は何か心を閉ざしている様な印象があります」


「彼女が?」


俺と話をする中尉はまるで俺を父親か何かに見立て、日常に起こった些細な出来事を大冒険の様に話す幼い娘の印象だった。


心を閉ざしているとは感じなかったが…


「少佐は特別なので心を開いているのではないかと?」


「俺が?」


「同じニュータイプじゃないですか」


「それは関係ないと思うぞ」


「“わかりあえる”というやつでは?」


非科学的な事を…


「まるでニュータイプを超能力者の様に思われては困るな、彼女の事をもう少し詳しく知っているか?」


「あの様な女性が好みなのですか!?」


「牢屋に入りたいのか?」


「失礼しました」


反省などしてないくせに。


「去年グラナダで大規模デモ鎮圧の際に緊急召集されたのが私とキショウ中尉で、キショウ中尉はその時はまだ少尉でした」


それは去年の1月3日、一年戦争を主な議題にした討論番組内にて地球至上主義の政治家ロバート・ラースが『月の民は戦争を営利目的に利用した戦犯である』との発言が発端となった事件である。


特にグラナダのデモは激しくTV中継で放送された保安部隊に4機の作業用MSが突進して行く光景はとてもショッキングで、視聴率80%以上と見なかった者はほとんどいないであろう数字を記録した。


デモは2週間続きグラナダ政府が連邦軍にデモ鎮圧の要請を求めたのは発生から1週間後、例のTV中継の翌々日である。


グラナダはジオンを支援していた過去がある為に公国解体後も連邦との繋がりを疎ましく思う政治家が多く、そいつらが連邦の助勢を拒み続けた事で対応が遅れたと推測できる。


「あの事件か。俺はその時は地球にいたからニュースで見た程度だ」


「向こうは過去の大戦の生き残りもいましたから姑息な作戦で戦闘用MSを奪われもして苦戦しました」


「という事はジオンの連中が民衆を味方に付けてのデモだったのか?」


「ごく少数ですが… 一体どんな手を使ったのかはわかりませんが行進に参加した市民だけで三千人以上はいましたし、ほとんどが宇宙産業系労働者なので大戦時の旧式MSも何機か確認されました」


「もはやデモの域を出ているな」


「軍も馬鹿だから私みたいな下っ端ばかり召集して、キショウ中尉が頑張ってくれたから早期に鎮圧出来ましたが」


「大活躍だった訳か?」


「私より全然若いのに作戦まで立案してくれました」


人は見かけによらないものだ。


「なのに心を閉ざしていると?」


「はい、最初の挨拶の時も形式上の挨拶をそのまましただけで、その後も自室で作戦を考えたり自機のメンテとかばかりで、生死をともにした仲と言うには… あまり他の兵士達と会話をしていなかったです」


「なるほどな」


「んでやっぱり少佐はキショウ中尉が気になるのですか?」


「一応しばらく同じ隊として働く訳だからな、心に何か問題があるのならば隊長として何かしてやらねばならんし」


「それだけですか?」


「お前は俺から何を聞き出したい?」


「いや、少佐は結構モテると噂を…」前言撤回。


ほとんどふざけた女だ。


「それにしてもまるで迷路だな」


「逃げましたね… 私は慣れました」


複雑な構造の艦内をフィリアに案内されてようやくブリッジの前に辿り着く。


フィリアに案内されなければこんなに早くは着けなかっただろう。


リフトグリップを放してドアの前で自分の軍服の襟を正しブリッジのドアを開ける。


すると連邦軍の制服を着こなした凛々しい後ろ姿が一番に目に入った。


「お待たせしましたヴォルフ准将」


静かに振り返った彼は18年前から変わらぬ自信と威厳に満ちた優しい笑顔で俺達を迎えた。


「久しぶりだなマーク、フィリアもご苦労だった」


軍曹が一歩前に出てすまなそうに軽く頭を下げる。


「申し訳ありません。遅れました」


「気にするな、コイツの事だからと君を迎えに行かせたにすぎん、本当に見た目は変わっても中身は変わらんなマーク」


「計算外な事態に陥りまして」


「言い訳が下手な所はいい加減直した方がいいぞ、出世に響く」


グレン・ヴォルフ准将、第03独立隊の旗艦“ディープ・ヘルメ”の艦長兼、隊の最高責任者。


戸籍上の父がいない俺に住居や学校の手配をした育ての親だ。


「出世出来ない人間だからこの隊にいるのでは?」


グレンは笑う。


「そうだな」


サイド3がジオン共和国として連邦政府からの独立を宣言した宇宙世紀0058年以降。


コロニーの独立自治を求める運動が増え続け連邦政府も経済的圧力だけでは抑止出来なくなり、連邦はジオン残党狩りを名目にした公の組織を結成し武力による征圧を行うが、組織は暴走し失敗。


連邦はその失敗から公の実行を諦め、影の組織での実行を開始する。


その組織が独立隊“ディープ”である。


ディープの対象となるのは連邦軍の駐留を拒む独自の戦力を持った総てのコロニー。


コロニーに資源供給する船に所属不明の兵器で襲撃し供給を断つ。


いわば海賊だ。


連邦の支援無くしてコロニーの維持が出来ない状況を作り上げる事が目的。そのためディープで使用される兵器は連邦軍に存在しない企業の実験兵器が主。


そして本来艦隊指揮をする将官がたった一隻の艦長に過ぎない点もディープの特徴である。


これは対象のコロニーの資源供給を断つ為に必要と艦長が判断した独自作戦を連邦軍上層部の評決無く実行出来るという理に適った特徴であるが…


それは作戦により連邦政府や軍に不利益が生じた場合、責任の総てを艦長と隊の全員に求める為である。


ようするに連邦による海賊行為がバレて責任追及されても公には存在しない組織なので当事者である俺達を秘密裏に処刑して知らぬ存ぜぬを貫く事が出来るという腐りきった連邦の考え付きそうなシステムだ。


その為ディープに選ばれる者は連邦軍の体制に相応しくない連中ばかりで、この隊は連邦軍のゴミ箱に過ぎない。


グレンも連邦軍の体制に相応しくない人物でディープに移る前まで大佐だった。


グレンは地球生まれの連邦軍人にしては珍しい実力主義者で優秀な人材ならスペースノイドでも側に置きだがる変わり者。


本来低い階級しか与えられないジオン出身者達がグレンの下で着実に評価せざるを得ない実績を重ね続けたので軍上層部は彼を問題視せざるを得なくなり、グレン・ヴォルフ大佐は形式上准将に昇進させられ“ゴミ箱”入りした。


「悪かったねフィリア君、持ち場に戻ってくれ」


「はい」


快活よく返事をするとフィリアはオペレーターの席に向かい、椅子に積んであったマニュアルを片手に持って機器の使い勝手の確認を始めた。


まだ新鋭艦に慣れていないのに俺の迎えという使い走りをされた訳か。


相変わらず人使いが荒い。


気遣いを忘れない所はグレンの魅力だが、グレンが部下に尊敬され慕われる所も“ゴミ箱”入りした理由と推測出来る。


いわゆる嫉妬だな。


「この艦には慣れそうかマーク?」


グレンはブリッジの窓の外に視線を戻す。


その先には無重力のドック内でボードPCを片手に艦の最終チェックを行っているメカニック達の姿が見える。


「ご命令ならば慣れます」


ブリッジはグレンの他に数人のクルー達。


ナビゲータのカイト・クライシ准尉は同じナビゲータのヘレン・バック少尉に通信機やレーダーの使い方をレクチャー中。


「不器用だなお前は、いつか一緒に仕事をと思っていたが、まさかこんな形になるとはな」


「仕方ありません、上の連中からすればニュータイプは戦争の道具に過ぎないです」


「………」


少し皮肉が過ぎたかな。


グレンは少しだけこちらに体を向ける。


見ると彼の横顔は微かに愁いを帯びたものだった。


「あの娘もだな」


「キショウ中尉ですか?」


少し背伸びをする様にグレンは顔を上げてブリッジの天井に視線を移す。


「ああ、彼女の事はお前に任せるよ」


「どういう意味です?」



すぐに答えずグレンは俺の横を通り過ぎてブリッジのドアの前で俺の方へ向き直し重たげな口を開いた。


「そのうち話す…」


それだけ呟くとグレンはドアを開けて通路のリフトグリップを握る。


彼の背中は『着いて来い』という無言の言葉を発している様に感じたので、俺もブリッジを出てリフトグリップを握った。


グレンはすれ違うメカニックマン達に挨拶をする以外は艦長室に着くまで一言も口を開かなかった。


お互い無言のまま部屋に入る。


部屋の内装は艦長室という名に似合わず質素で、応接用の二人掛けのソファー二脚と黒塗りのテーブルが無ければ独房となんら変わりはない。


むしろ彼の境遇を考えると独房かも知れないとも思ってしまう。


明かりを点けながらグレンはようやく口を開く。


「そこに掛けてくれ」


促されて俺はソファーに腰掛けながらデスクの引き出しからファイルを取り出すグレンを伺う。


「お前を呼び出した理由はコレだ」とそのファイルをテーブルに置きグレンは俺の向かい側のソファーに身を委ねる。


「新型の極秘ファイルだったならわざわざブリッジに呼び出す必要はないのでは?」


「私の呼び出しを散々すっぽかすからそうなる」


「ジュニアハイスクール時代の事をまだ根に持ちますか」


「ハイスクールもだろ」


「そうでした」


18年前のアジール・コロニー開放作戦後、リボー・コロニーに移り戦災孤児施設での生活を始めた俺をグレンは養子に迎えようと度々訪ねてきたのだが、俺は彼から逃げる様に面会日は必ず姿をくらまし続けた。


確かにグレンと彼の妻キャスリーンには返し切れないほどの恩がある。


しかし当時の俺は言葉に出来なかったが、幼心に俺みたいな人間がグレンと同じ姓を名乗るのはおこがましく、彼の出世の道を断つ事になるので申し訳ないと思ったからだろう。


それが“ジュディゲル”と俺が名乗ってきた理由だ。


今となってはそんな気遣いは無意味だった訳だがな。


「そんな事より中を見たらどうだ、中々面白いぞ」


含みを持ったグレンの言葉に従ってファイルを開いた。


最初に目に入ったのは“ZERO‐Project”という表紙。


しかしページをめくっても新型MSのスペック欄は空白ばかりでこのファイルは詳細の意味をなしていない。


「トップシークレットってやつですか」


「ああ、今回のは日本の宇宙航空科学事業団が開発したものらしいのだがな、その事業団の内実はサナリィやコロニー公社に技術提供しているスーパーエンジニア集団みたいだぞ」


おかしな事を言う人だ。


でもグレンのこういう豪快なネーミングセンスは好きだ。


「また変な言葉を当てますね」


「ハハ、売り込みの奴がそのファイルを私に渡すなり『詳細は日本へいらした時に統べてお教えいたします』ときたもんだ、よほどの自信があると見た」


グレンは笑う。


彼の笑顔には他人の心を明るい気持ちに出来る特別なものをいつも感じる。


「なるほど、だからスーパーエンジニア」


「一応私は説明を受けた、試作機の仕様はニュータイプ用だ」


「自分の機体になるのですから、そうでしょうね」


「それともう一つ、これは私の独断だが、キショウ中尉にも試作機に乗ってもらう」


「やはり彼女の腕はそれ程ですか」


「………」


俺の素朴な質問に彼は黙り込む…


部屋が沈黙で充ちていく…


それは時が止まる様な永遠に感じられた。


「… 本当に何も知らないのだな…」


どういう意味だ?


確かに俺はあの娘の事を何も知らない。


だから彼女とMS隊長として話した。


………


いや違う。


彼女に何か懐かしいものを感じたからかも知れない。


彼女の血の様に朱い髪に…


静かに記憶を探る俺を見てグレンが言う。


「彼女はお前と同じだ」…









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