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フィクション  作者: 神風紅生姜
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ささやかな抵抗

「いい加減よろしいですか?」


長々と本を読み耽っている男に黒服の根気も限界に達してきたのだろう。


あれから20分もたってはいないが、例の事もあり流石に黒服はその緊張感に堪えられなかった。


「あぁすまない、随分と待たせてしまっていたな。 では帰ろうか」


「………」


沈黙で答える黒服の顔からは男のペースに付き合って出てきた疲れと、なんとも言い表せない不快感を滲ませたものだった。


私達は席を立ち熊髭の居るカウンターへと勘定を済ませに向かう。


「ここは私が払います」


黒服は男の顔を見ずに感情の無い言葉でそう言いながら黒革の長財布を取出す。


その行動は男に有無も言わせまいとばかりに素早く、男も思わず何も言えずに立ち過ごしてしまった。


「…私が誘ったのに悪いな」


苛立つ我が身を抑えての行動と見えてしまったので黒服の申し出を男は受け入れた。


「まいどあり。また来いよ」


ニンマリと微笑む熊髭。


「次は相応の備えをして会いに来る」


「そん時はそん時。お客様は丁重に扱うよ。 …俺の作法で」


帰り際の二人の会話は互いに静かな威嚇と警鐘を含めた言葉だった。


長居した店を去り先程も通った桜の街路樹の植えられた道を歩く。


その間、黒服と男は一言も言葉を発しなかった。


最早その様子は職務的に男と行動を共にしている様だった。


街行く人の声やアスファルトで靴の踵を擦り減らす幾つもの音の波の中で二人は沈黙を貫く。


それは部屋を出た時よりも早く時間が流れていると錯覚させる。


男が居を構えるアパルトメントの前までたどり着くと黒服は歩みを止め、それに気付いた男は背後の彼へ振り向く。


「今日の外出はこれきりにして下さい」


「…解ってるよ」


「私も貴方との関係を見直さざろう得ませんね」


「今更か? 私は最初から君をそういう目でしか見ていない。 ただ君は私の振る舞いに誤解をし惰性を生じさせた」


「…確かに不覚だったのは私です。 しかしそれでも貴方は今でも私の敬愛する上官であり戦友です。 私が常に身につけているこの野蛮な道具を貴方に向けたくはない」


そう黒服は自身の纏う真っ黒い背広の左胸の奥に忍ばせる拳銃へと視線を落とす。


「私にとってもそれは変わりない。 だが時代がお互いを元の関係に戻してくれない。 …いや、私の出生の時点で自身に課せられた宿命は決まってたのかもな」


「大佐の“名”は大きくなり過ぎました。 偉大なる生ける伝説のそれを恐れる人がいても当然です」


「幾つ名を持とうとその全てが大きな名になってしまうな」


「それは大佐の人間としての価値がそれ程のものだからです。 故に今の私との関わりがこれであり、“名前”しか知らない者でも貴方を大きく捉え、直に接すれば尚大きく感じてしまう」


「単なる偶像だよそれは」


男はそう言い切る。


一体このたった独りの男にどれほどの価値と力が秘められているのかは今は計り知れない。


ただ男と同じ過去を過ごした者達は彼へ敬意の念を含め“大佐”と呼ばれる事実だけがこの男が黒服や熊髭らの中で大きな存在であると滲み出させる。


「そろそろ日も落ちます」


「あぁ、ご苦労様」


そう黒服に告げ男は部屋のドアを開ける。


二人の沈黙のままバタンとドアが閉まる音が互いを隔てる。

ベットへ向かいそこに腰掛け上着を脱ぎそれもベットの上へと放り出す。


勢い余ってポケットからこぼれた本へ視線が行く。


何気なくポケットへしまい込んだので男は本の存在を今更に再認識し何を思ったのだろう。


「物語は続くか」


そして本もまたこれから男に何を物語るのだろうか。


男はこぼれた本を拾い栞の挟まったページを開いた…










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