射程距離
「ジュディゲル少佐、応答して下さい! 応答を…」
案の定ロビンは暴走したか。
暴走したロビンをどうにか止める為にマークを呼出してるが。
肝心のマークと連絡が全く取れないのはどういう事か?
奴の機体反応は確認出来るが、いくらフィリアが呼び掛け続けても肝心のパイロットは黙り込んでいる。
先程マークがいる宙域から発信された電波も不可解だ。
奴の身に何か起きたとしても、毎回独自の判断でトラブルを解決し職務も熟すマークに限って…
遠く離れた宙域へ応答を求め続けるフィリアが私へ振り返り不安な表情を向けた。
「諦めるな! 呼び掛け続けろ!!」
混乱した状況と不安で今にも泣き出しそうな顔になりながらも、彼女は指示に従い再びマークの応答を求めた。
キショウ中尉の様子もおかしい。
彼女にとっては予期せぬ事態であったにしろ普段の彼女なら躊躇無くロビンの機体を行動不能にさせる。
彼女が冷静さを失うまでの事がこの宙域に起こってるのか?
「カイト! 32番の偵察カメラの映像をブリッジのメインスクリーンに投影しろ」
「了解!」
ブリッジ正面の窓がスクリーンに切り替わりマークの居る遠く離れた宙域を映す。
「…どういう事だ?」
そこに映し出されたのはマークの乗る黒いパヴヂガンがデブリの中を漂う姿だった。
だが機体に損壊は無く、各所のセンサーも機能している様に見える。
「敵ですか!?」
「…有り得ん。傷一つない」
何が起きてる…
「艦長。ビィーツ大尉が艦長に繋げと…」
「解った繋げ」
ヘレンからの報告を受け、私は艦長席のデスクに設置された私専用の通信機を操作し、通信内容をブリッジクルーの皆に聞ける様スピーカーに出力した。
「私だ。どうかしたか?」
私の呼び掛けに対し「どうもこうもねぇよ大将ぉ〜!」という気安くも何処か私を責める様な口調の大声がブリッジに響き、クルーの皆は驚いて椅子の背もたれから背を瞬時に離し、背筋を真っ直ぐに伸ばして固まった。
「小僧の奴またブチ切れてるみたいだぜ。此処のメカニックの連中にゃまだ半分も気付かれちゃいないが、直にバレる。外に出てるマークの野郎は?」
「私も呼び戻そうと思い既に何度も通信を試みてる。…しかし応答が無いのだ」
「あのマークがか!? おいおい、一体何処まで遠くに送ったんだよ」
「模擬宙域の一番外側に出した無人偵察機の所までだ。そいつが更に模擬宙域の外、約20km先にMSらしき機影を捉えたので確認にマークをその無人機の所まで向かわせたのだ」
「って事は船から約10kmは離れてるな」
「あぁ、ダミーも出しているのでミノフスキー粒子が戦闘濃度でもギリギリ通信圏内に入る距離だ」
「方角は?」
「船から見て10時」
「再度無人機の映像は見たのか?」
「もちろん確認した。奴の機体も捕捉しているが、意識を失ってるのか宇宙に漂っている…」
「そら解んねぇ〜な… まぁなら俺が出撃してロビンの奴を黙らせてから接触しに向かおうか?」
なんとも軽い口調でさっぱりと言い切るこの男は本当に状況を理解してそれを言ってるのか!?
思わず「原因が解らぬ状況でお前一人向かわせる訳にいかない!」と怒鳴った。
だがディーはそれに対しても臆す事なく「当たり前!」と私に負けず劣らずの大声で断言する。
「嬢ちゃんと小僧を宥めて小隊編成で向かう。それなら文句無いだろ?」
如何にも冷静に、この状況に相応しい判断を即座に返された。
底の知れない男と言うか。
数々の歴戦を腕っ節に任せて生き抜いてきた戦士という名の職人の境地と感じる。
「…確かにそれが一番妥当か。ではビィーツ大尉に出撃…」
ディーへ命令を出そうとした矢先「艦長! ジュディゲル少佐から応答がありました!!」とフィリアが歓喜に等しい声で報告を伝えた。
「直ぐに回線を開け!」
私に言われるがままフィリアは素早くマークとの通信回線をオープンに切替る。
「…こちらジュディゲル機。心配を掛け申し訳ありません」
マークの声が聞こえると共にスクリーンに映し出された黒いパヴヂガンが動き出す。
「一体何があったんだ!?」
「…細かい所までは直ぐに言葉に出来ませんが、どうやらレジーヌの連中がこちらの動きを察知してた模様…! それより!!」
言ってマークの乗るパヴヂガンは機体の近くに浮遊していたスナイパーライフルを掴み取り、即座に構えた。
「何をする気だ!?」
私はスクリーンに映るパヴヂガンの行動に戸惑った。
奴は自らの母艦たるこのディープ・ヘルメの方角に銃を向けている。
「隊長職のお仕事ですよ!!」
言葉の後、13mもある巨大な金属の筒から一筋の閃光が迸しる。
その一瞬、ブリッジに居た全員がスクリーンに映る黒い機体の行動に注目し静まり返っていた。
私にはマークが一体何をしているのか解らない。
間もなくして先程から繋ぎっぱなしだったディーとの回線から「ヒュー! やるねぇ〜!」と声が流れ我に返る。
「何が起きたんだ… カイト!」
無人偵察機のカメラでその一部始終を観たであろうカイトへ説明を求めると、彼は途切れ途切れに「パーソン機が… 被弾しました…」と答えた。
「何だと!? スクリーンに分割投影しろ!!」
スクリーンの右半分に被弾したであろうロビンの機体が映し出される。
そこには紺色の筈のパヴヂガンが、背部に鮮やかな黄色い蛍光色を纏った光景が映っていた。
「…ペイント弾」
額から頬へと冷や汗が伝った。
養子とはいえ我が息子ながら本当に突飛な事をやってくれる。
「そのスナイパーライフルの有効射程距離は精々5000mってところなのに、10km地点から標的を数秒で捕捉し一撃で仕留めるたぁ流石二代目! 恐れ入りやす」
待機ルームのディーはブリッジ回線越しにマークの声を聞き奴の無事を確認した。
そして目撃したロビンの被弾もマークの技と即理解して賛辞を贈る。
「物がそうであれ長射程のMS用実弾銃なら、距離20kmまでは自分の技量でカバー出来ます」
勝手に弾薬をペイントに切替て出撃してるマークに流石の私も軽い苛立ちを覚えた。
こちらからしたら弾は実弾だと先入観を持つし、仲間に銃口を向けられたら戸惑いもする。
ロビンに対しての制裁と考えても標的を瞬時に捉え、尚且つ不殺で命中させる等は至難の技。
もし弾道が反れロビンの機体の推進剤に引火し撃墜や、本艦に命中でもしたらと色々と余計な事ばかり頭に過ぎるものだ。
「…マーク貴様!」
怒りを打つけようと言葉に出したが「お叱りは後で。フィリア、ロビンへの通信をブリッジ経由で繋いでくれ」と仕事を優先されてしまう。
まぁ今はそれで良い。
ペイントが命中したロビンの機体はハンドレットへの攻撃を中断し、何処から弾が飛んで来たのか辺りへ目を配っている様子。
私は待機ルームのディーへ向け「君の出番は無くなったみたいだディー」と呟いた。
するとディーに代わりマークが「まだです。先輩は俺が合図したらいつでも出撃出来る様にスタンバって下さい」と奴へ命令を出した。
「あいよ了解!」
ブツリとディーの無線が切られる音が響いた後、フィリアはマークへロビンとの通信を促す。
そしてマークはロビンへ向け話始める…