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フィクション  作者: 神風紅生姜
25/41

踏み入られた心

機影を捉えた無人偵察機に到着。


出撃前にブリッジから送られた映像データを見た限り、この地点から更に20kmは離れた所にMSの下半身に似た映像が映るに留まり、有人か無人かも直接調べなければ解らないものだった。


また肝心の上半身部分はデブリに隠れ、損壊しているのかすら解らず怪しいものだ。


俺は改めて確認する為にMSより優れたカメラを搭載する無人偵察機に接触し自機とケーブルを繋いで機影を捉えた宙域の今の映像を見る。


「フィリア聞こえるか?」


無線で彼女を呼び出すと直ぐに応答が返ってくる。


「はい」


「映像を捉えた無人機に到着した。今直接回線で映像をこっちのモニターに投影したが問題の影が映ってないぞ、そっちでMSの動きを観測してないか?」


「いいえ、こちらもダミー隕石の電波中継を介して観ているに過ぎないのでジャミングの干渉を受けて映像の解析に手間取ってますし、もしかしたら慣性で何処かへ流れたのかも知れません」


「わかった。出撃前の静止画を見る限り画にブレがないから流れたなら移動速度も相当遅いだろう、もうしばらくカメラを担いで探索を続ける」


「了解しました」


ミノフスキー粒子散布下の環境においてダミー隕石は特定周波数の電波を中継発信してくれるという便利な使い方もある。


ジャミング下での有視界戦闘が常套化した現在はダミー展開無くしてミノフスキー粒子散布環境での宙間戦闘はまずしない。


でなければ母艦から飛び立った味方機は方位が解らず宇宙の迷子になってしまう。


また特定周波数は機体の所属に関係無く機密でそれを知るのは当のパイロットとブリッジクルーに限られる。


一見合理的でなく思えるが軍の機密保持の為に課せられた一手間だ。


もし戦場にて敵勢力に機体を奪われてもその機体が所属する勢力の情報を得られない為の防止措置である。


俺は装備するスナイパーライフルを機体背部へマウントし、空いた両腕で偵察機を抱きスラスターを吹かし姿勢制御、偵察機が映す高画質画像をコクピット内で観る。


模擬宙域の一番端でもあり周辺は数個のダミー隕石とデブリが浮遊するばかり。


辺りをカメラを介して見渡しながらレーダーにも目を配る。


浮遊するデブリの金属反応は多数あるが、熱を持った影は映っていない。


本当にただのデブリなら良いがと心の中で思った。


『ようやくお会い出来ました』


「…!」


唐突に声が響いた。


しかもそれは無線から発せられたものではない。


俺の頭の中へ直接伝わったのだ。


思わず機体制御の手が止まり、直ぐに臨戦体勢を取る為に抱えた無人偵察機を放り出し、背部のスナイパーライフルを再び腕部へ装備させた。


全身に緊張が走る。


『黒い鷹』


誰だ!


何処にいる!?


『私は貴方を良く知る方から指示され此処へ来ました。貴方の今を伝える為に』


これはテレパシーなのか!?


『随分と動揺してますね?』


相手は俺の感じた事を見透かしている。


『総て見えます。貴方の過去も未来も、そして貴方が私の主に殺される事も』


コクピットのパネルを操作し全回線で通信を試みる。


「貴様何者だ! 俺の何が解る!!」


『総てです。貴方が六号と呼ばれていた過去も、愛しい人から名を賜った事も、そして貴方が心許した皆が命を奪われた事も』


「…! 誰からそれを聞き知った!!」


『誰でもない、貴方は気付いてないでしょうが貴方の心が叫び声をあげてるのです』


こいつ!


『証拠を見せしましょう』


そこで言葉が途切れたと思うと次は俺の周囲の空気が泡立つ様な感覚が全身を覆い尽くし、共に激しい吐き気と頭痛が襲う。


「がっ!…」


苦しい!


身体の芯が氷の様に冷たい腕で捻り潰される不快感。


身体に物理的な外傷を負った訳でないが、俺の全身に巡る神経は脳へ熱と痛みとして情報を伝達した。


次の瞬間、激しい苦痛で朦朧とした俺の意識は暗闇へと導かれた…










全身を支配していた痛みは次第に弱まっていった。


俺は感覚を研ぎ澄まし状況を確認しようとしたが何も感じず、己の存在すら認識出来ない暗黒の世界に独り漂っている事に気が付く。


だが恐怖は無い。


時が経つに連れて俺は傷や身体の四肢に欠けた所は無いと知覚する。


ただ胸に抱く不安が拭われた訳ではなく、海に落ちたカナヅチがジタバタと手足を激しく動かす様に俺は状況を確認すべく何かを感じようともがく。


しかし想像以上に自身の混乱は激しかったらしく、今まで自分が瞼を閉じていた事にすら思い至らなかった。


外の情報を求めゆっくりと瞼を開ける。


外界の眩しさにしばらく白い光景が続いたが、それも次第に鮮明になっていった。


「ここは…」


いつぞや見知った場所。


明るい赤土色の壁。


南国の風景が描かれた小さな絵。


そして色鮮やかな蝶のステンドグラス。


「おはよう。お疲れみたいね」


背後から声が掛かり振り返ると褐色肌で細身の男が笑みを浮かべカウンターの向こうに立っていた。


「スティーヴ!?」


「どうしたの狐につままれた様な顔して、悪い夢でも見た?」


悪い夢?


「それはこっちの台詞だ! 何故お前が此処にいる!?」


「何故って此処は私の店だし」


確かに此処はスティーヴの店だ。


しかしこの店はアジール・コロニー開放作戦の際、基地のMS格納庫の爆風に巻き込まれ瓦礫になった。


その時スティーヴも…


だがこの光景は何だ!?


もう居ないはずの人間と無いはずの場所が平然と目の前に現れた。


俺が手を置くテーブルも細かな木目の感触まで訴え、見てるもの全てが夢にしては俺の感覚に現実味を与え過ぎている。


「騒がしいわねー、どうしたの?」


カウンター奥の部屋から声が発せられ人影が出て来る。


「華織!」


「あらもう起きたの」


「起きたも何もない! 何故お前達が…」


要点を言い切る前にトイレから水を流す音が聞こえ言葉を遮った。


そこへ視線を向けるとすぐにドアが開き、中から女の子の姿が…


「どうしたの?」


「何か寝ぼけてるみたいよ、それよりちゃんと手を洗った?」


「当たり前じゃない! これからご飯食べるのに手を洗わない訳無いでしょ!!」


それを見て華織は笑う。


「……」


最早言葉が出ない。


俺が今見ているものは夢なのか?


目に写る光景。


キッチンから薫る旨そうな料理の匂い。


耳から入る音の響き。


肌に感じる温度と湿度。


俺の五感へ訴える全てが鮮明過ぎて夢と思える余地がない。


「それより、あんたの店なんだから料理くらい全部自分でやんなさいよ!」


「いいじゃないの、華織はこの子達の寝顔いくらでも見れるけど私は今しか見れないんだから」


言いながらスティーヴはキッチンへ向う。


「ソースは頃合いだからほっとくと焦げるわよ!」


すれ違い様に華織はスティーヴへ火に掛けた鍋の具合を告げる。


彼女はカウンターの中から出て再び元居た席へ着き直し俺を見詰めた。


「もう眠気はいいの?」


これは全て俺が経験した日常の記憶。


何故それが経過した時間を無視して平然と何事も無かった様に現れる!?


俺が体験した現象こそが夢で、今居る此処こそが現実だとでも言うのか!?


「お解りになりませんか」


声のした店の入口へ視線を向ける。


そこには見覚えの無い長身で黒い短髪の男が佇む。


男は深々と頭を下げ「お初にお目にかかります」と丁重な言葉を俺へかけた。


「私はリューク・ヘステンスキニ」


顔を上げ男はゆったりとした一定のテンポで足音をさせずに一足ずつ歩みを進め、店の中央へ到ると静かに立ち止まりシャンデリアを見上げる。


「今私達が知覚するこの場所は寄り処」


寄り処?


「貴方が自身の記憶を元に構築した聖域」


シャンデリアから視線をゆっくりと外し男はその鋭く冷たい眼差しで俺の眼を真っ直ぐに捉えた。


「此処は貴方が本能で創り出した。人は心が疲弊した時に己が思う理想で魂を休める。この空間は貴方の理想」


「理想だ? 違う! お前が見せる幻だ!!」


「確かにこの光景は理想と言うよりも幸福の日々、貴方が守りたいと願ったものだ」


「俺に何をした? 何故これを見せる!?」


「私は貴方の意識のベクトルを内側へ向けたに過ぎない。このビジョンは貴方の心の奥底、そこに私の意識を向ける事は出来ても意思は介入出来ない」


「言っている意味が解らないな」


リュークと名乗るこの男の回りくどい言葉選びに苛立ちが募る。


だがそれは彼も同様なのか、俺の言葉を聞いて深い溜息を零し彼の鋭い視線も俺から外れ再び店内を見渡している。


「これは貴方の心です」


「俺の心?」


「深層意識ですよ。人々は誰しも必ず心の中に己の居心地良い場所を作る。眠る時に見る夢は無意識に本人が作り出したものなんです」


「お前の言葉を信じるに足る確証は」


「無いかも知れません。しかし私はこのビジョンを知らない、知ってるのは貴方だ」


「……」


彼の言葉に俺は沈黙を返すしかなかった。


リュークは「周りを見て下さい。先程と変わった所はありませんか?」と促した。


半信半疑で店内を見渡す。


しかし彼の言う様に変わった所はない。


「こちらです」


言いながらリュークは数歩下がり右手でカウンターの方を示す。


そこには先程と変わらず恵利華と華織が腰掛けていた。


「…?」


それを見て異変に気付く。


彼女達は不自然なまでに先程と何一つ変わりがないのだ。


写真像の如く瞬きはおろか、呼吸の際に膨らむはずの胸部すら動かない。


その不自然さに俺は二人へ駆け寄りカウンターに手を叩き付けた。


「おい! 華織!」


問い掛けたが変わらず彼女は俺が掛けていた椅子の方へ向いたまま硬直している。


彼女らの身体の細部へ目を配っても蝋人形と形容するにはあまりに姿が生物的な不完全さを湛えている。


「貴方の意識が私に集中した結果、貴方は彼女らの記憶のリプレイを無意識に停止させ動きが止まった。この空間も彼女達同様に時の流れが止まっている」


その言葉を聞きカウンターに置かれた金色の置き時計へ目を向けた。


彼の言葉の通り、小刻みに時を伝えるはずの針が動いていない。


不自然な現象を数多く示すこの環境を心の中と思えば合点が行く。

ならば俺にこのビジョンが知覚出来る理由は一つ。


「精神攻撃をしてるのかニュータイプ!」


思い至るそれを彼へ問い詰める。


彼の反応は「攻撃とは物騒な… ただの感応です」と静かなものだった。


その小賢しい反応は更に俺を苛立たせ「一方的に心へ踏み入る行為を感応と言えるか!」という荒い感情を表にしてしまう。


「私に見えるのは仕方のない事、貴方にそれを理解して頂く為わざわざ共にビジョンを見ているまでです」


「俺の総てが解る証拠という訳か…」


納得した訳ではない。


しかし俺は目の前のこの男が最初に語りかけた言葉を口に出していた。


俺が平静さを保った状態でこの男と対面していたらリュークと名乗る男の言葉を信用したろうか。


自身の感情に流されながらも俺は己の平常な思考を思い出そうとする。


「お前は主に指示されて来たと言った。そして俺がお前の主に殺されるともな。お前の目的はディープの戦力調査と、戦力の要を操る俺個人の力を調べる事だな」


「伊達にエンキトではない様で、私が請けた指令の大方はそれで違いないです」


「…ならば!」


俺は高く跳躍し天井を蹴ってリュークへ拳を振り下ろした。


激しい衝撃音と共に打ち砕かれた床のタイルが飛散、細かな粉塵となり店内に充満。


粉塵は中に居た皆を包み姿を隠した…










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