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フィクション  作者: 神風紅生姜
20/41

特別な日

自動照準のカーソルが機影に重なりグリップのトリガーを引く。


「…っち!」


機影は放たれた閃光を姿勢制御で回避、全天モニターの左下方へ機動し反撃の閃光が迫る。


ペダルを深く踏みビームを回避。


だが機体を向かわせた先の目の前にもう一つ閃光が走り、それに接触しまいと両脚部スラスターを前方へ吹かし機体を緊急後退させた。


「こっちの動きが予測されてる」


なら次はと機影を正面に捉え、ビームを連射しながら急加速をかけ接近。


モニターの機影は上下左右へビームを回避しつつ後退するが、真っすぐ急接近する僕から逃れる程の速度はない。


自機の左腰部に装備されたサーベルを左腕へ逆手に握らせ横一線に切り付ける。


間一髪でサーベルのリーチから後退した機影は至近距離でライフルを撃ってきた。


放たれたビーム弾は左腕ラッチにセットされたスパイクシールドを掠める。


「あくまで距離を取るか」


ライフルを背部マウントへ移しサーベルを右手に持ち替えながらペダルを踏み、シールドを機体前面に向けて機影へ突進。


すると機影もサーベルで応戦し、こちらのシールドが切り払われた。


咄嗟にグリップを操作し持ち替えたサーベルで対応しようとするが、真正面の機影はいつの間にか左手に持ち替えたライフルの銃口をこちらのコクピットへ向け、間もなく自機のモニターが眩しく輝く。


「…ここまでか」


欠点だらけの相手に負け続けてる。


「お疲れ様、少し休憩にしましょう」


女性の声で通信が入りようやくデータ収集が終了した。


リニアシートがゆっくりと定位置に戻りハッチが稼動。


開けた視界から入た景色に導かれシートに沈めた身体を起こし僕は機体からキャットウォークの踊場へ降り立つ。


「やったー! これで5連勝!!」


そんな声を左隣に立つ同型機から降りてきた僕と同じ黄色いツナギの少女が発する。


「違う、5戦3勝1敗1分け」


「細かいなぁ〜、そういうの負け惜しみって言うんだよ」


ウダウダとたわいない会話を恵利華と作業通路でしていると「おいガキ共! 休憩なんだからさっさと行ってくれ、邪魔でしょうがない」とグレーのツナギを着た作業員に追い払われ、恵利華はそれに「は〜い」と気の無い返事をし僕達はMS格納庫のモニタリングルームへ移動する。


恵利華と歩きながらシミュレーションで彼女がした不可解な操縦について質問した。


「せっかくAMBACが上手いのになんで近接格闘で使わないで射撃回避に使う?」


「だって格闘戦怖いじゃん」


「だからって出来るならサーベルの攻撃回避に使うのが適切でしょ? 授業のテキストに出てる」


「怖いもんは怖いの!」


変な所で片意地を張る恵利華の顔は可愛らしかった。


モニタリングルームの目前までくると部屋の扉が開き青いツナギ姿の華織が僕達を出迎える。


「二人ともお疲れ様、“J・J”はどう?」


「武装が近接戦に偏り過ぎて怖いよぉ〜」


猫撫で声で愚痴をこぼし甘える恵利華が横目に入り僕は笑いそうになる。


そんな少女の姿を見た華織は「はいはい、ごめんね」と恵利華の頭を撫でた。


“J・J”は旧アクシズ製モビルスーツを再設計した機体。


元々の設計思想は旧大戦時に製造されたギャンとほぼ変わらないが、現在研究段階で今後現れるであろうビームシールドやIフィールド(電磁バリア)搭載機相手に戦う為唯一有効な格闘を極限まで追求したMS。


なので主武装が両腰部に装備された“粒子加速式ビームサーベル”という通常のサーベルより熔断能力を高めた武装が特徴。


前時代より砲撃を主とした兵器群に比べサーベルを主武装とした兵器はあまりない、しかしそれを可能にしたのが一見飾りに見えるサーベルの鞘。


両腰部のウェポンマウントの鞘とサーベルを結合状態でサーベルの柄を可変させると高い熱量を誇るビームライフルとして使う事が出来る。


だが熱量を高めたビームは収束率が低く貫通力や射程も劣るので別の射撃武装として機体背部のマウントに標準タイプのビームライフルを装備させる事も出来る。


強力な耐ビームコーティングが施された小型スパイクシールドはスパイク部分を射出可能な構造で、スパイクの質量的には数値上ビームシールドを貫く威力を持つと計算される。


華織は小さな恵利華を優しく抱きながらJ・Jを見上げた。


「この機体が次世代MSの母になるはずなの、このMSが沢山の人を救うって私は思いたいからあんまり怖がらないで、私まで不安になっちゃう」


人殺しの道具が人を救うと思いたいか…


そう思わないと兵器なんか作れないよな。


そう思わないと作ってはいけないよ…


MSから視線を僕達へ移し「ご飯食べに行こうか?」と優しい声で提案。


「怖い思いさせられたから今日は先生の奢りね」


「わかりました!」


「仕事抜けて大丈夫なの? スタッフはまだ今のデータ解析や数値化が残ってるし、華織は此処だと偉い方だろ?」


「それもそうねぇ」と華織は首を傾げ少し考えたが、モニタリングルームへ「ギル、ちょっと外すから後よろしく」と告げると直ぐ中の人影が「わかった」と彼女へ返事する。


華織は僕に向き直り『これでどう』とでも言いた気な微笑みを送ってきた。


基地と打って変わってなんともフランクな此処の人達に多少の驚きでつかの間身体が動かなかったが、すぐ僕は「なら急ご、時間無いから」と言い二人を背にして施設内に通じる別のドアへ向かう。


「待ってよ! 皆で一緒に行くんでしょ!!」


背後から僕を呼ぶ声は恵利華だ。


「休憩って言っても30分とないんでしょ? なら急ご」


「今日は一日私たちが君らを預かってるから特に決まりは無いわ、1時間くらい休憩しても良いのよ」


「随分と無責任なMS開発主任だね」


皮肉った事を言った僕に対し「子供が大人に口答えしないの!」と駆けてきた二人に僕は捕まり3人で格納庫を出る。


開発部の廊下を歩きながら華織が「何食べたい」と僕達に聞く。


「何って食堂のメニューなんて決まりきってるし」


「つまらない事言う様になったわね、外に出るのよ」


外に出る!?


予想外な言葉に僕と恵利華はその場で足を止めた。


「先生そんな事して大丈夫!?」


「良いも何も、もう決めたの」


「ホントに!? やったー!!」


恵利華はその場で跳ね大喜びだが、僕は本当に外へ出て良いか不安になった。


「やっぱり止めようよ、基地の人が知ったら怒るよ…」


「もう決めたの! そんなに嫌だ嫌だって言うなら“名前”で呼んじゃうよ」


ギクッとし二人の様子を見ると「ねぇ〜」と声を揃え笑いあっていた。


「…わかったよ」


「良い名前だと思うけどなぁ〜?」


「恥ずかしいんだよ」


「君の性格にぴったりと思ったけど?」


華織の問い掛けに「合いません!」ときっぱり返し再び廊下を進む。


後を付いてきた恵利華は「それじゃいつまでたっても“ろくちゃん”って呼ぶよ?」と僕の顔を横から覗き見て言った。


「まだそっちの方がまし」


「本当に素直じゃないよね」


背後からした華織の言葉を聞き彼女の方へ振り向こうとすると、何か視界を横切る。


「玄関まで競走よ!」


それは華織が駆けた姿だった。


「先生のずるー!」


僕の隣に居た恵利華は彼女へ駆けて行くが、華織は恵利華から逃げる様にまた走り出した。


「置いて行っちゃうわよ!」


彼女の急かしに応え僕も廊下を駆け出す。


途中設計室から出て来たグレーのツナギを着た男の人と華織はぶつかりそうになったが、体勢を立て直しまたすぐに駆ける。


男は「危ないだろ華織!」と怒鳴ったが「今急いでんの!」と駆けながら彼女は楽しそうに告げる。


「負けないよー!」


追いかける恵利華と僕は男の横を素早く駆けぬけると「廊下は歩くもんだろが!」と注意された。


それでも僕達は廊下を走り続け華織を追い抜く。

「先生より私達の方が足は速いもんね!」


恵利華は後ろへ遠ざかる華織へ視線を送り足の速さを自慢するが、その隙を見て僕はスパートをかけ恵利華より前へ出ると彼女は驚いた表情を浮かべ僕へ視線を移す。


「油断大敵」


「待ってよー!」


「これでも罰ゲーム考えながら走ってる」


「何それ酷い!」


「世の中弱肉強食だろ」


遠く後ろへ過ぎた男は「転ぶなよー!」と大声で3人へ心配るがもう外は目前だった。


僕は自慢の足を更に加速させ間口の8メートル手前で前方へ跳躍し外へ跳び出す。


ペタッと綺麗に両足で着地して屋外の景色を眺め、前方に誰も走っていない一等賞の優越感に浸る。


隣にペタッと恵利華が同様に着地「ろくちゃんは速いや」と告げ僕の肩に手を置く。


「少しは手加減して」とヘトヘトにへばった華織がようやく追い付き僕の背中に体重をかけて寄り掛かる。


瞬間華織の匂いがふわっと広がり、背中からは走って熱くなった彼女の体温と柔らかな女性の身体の感触がした。


「学生時代はハードル走で一番だったけど、やっぱり勝てないか…」彼女はもたれたまま息を荒くする。


それを見て恵利華は笑い「もう若くないしね」と指摘。


「まだ綺麗なお姉さんで通る年齢!」と恵利華へデコピンし、華織はようやく寄り掛かった身体を起こす。


「暑い… ツナギで走るもんじゃない…」


言うと華織は首もとのジッパーをヘソの辺りまで下げツナギの上半身を脱ぐ。


ムンと熱気を帯びた彼女の汗と体臭の混じった強い匂いが放たれ、ツナギの下に着てたTシャツは汗でぐっしょり濡れ肌にへばり付き下着が透け彼女の丸く形良い胸の膨らみが窺える。


軽く呆れ「少しは慎みを持ちなよ、玄関先でその姿は無いでしょ」とツナギの袖を腰に縛る華織へかける。


華織は肌にへばり付いたシャツの衿を指先でつまみ上げ、はたはたと扇ぎシャツの中へ空気を送った。


「この辺りは関係者以外入れないから皆身内ばかりだし気にしないわよ」


「先生着替えてきて!」


「そうね汗臭いし、ちょっと待ってて」言って華織は再び建物へ入って行った。


華織を見送た後、何故か恵利華は怒った表情で僕へにじり寄ってきた。


「今先生のこと変な目で見てたでしょ!?」


「はっ?」


「惚けないでよ、そりゃあ先生はスタイル良いし美人だけど…」


恵利華はなんだか不服そうな顔でボソボソと呟くが、僕は彼女が何に不服なのかさっぱり見当つかない。


「私だってすぐ大きくなるんだから…」


「…何の話だよ?」


「少しは女心ってもん考えたら!」


自分が怒られる意味が解らない。


その後も恵利華は耳で聞き取れない程の小さな声で何か呟いていた。


しばらくし建物の廊下を駆ける足音がこちらへ近づいてくる。


音の主はもちろん代えのシャツに着替えた華織だ。


「ごめんごめん、お待たせ」


「待ったよぉ~!」


「じゃあ行こうか」


そう言うと僕と恵利華の手をとって3人で歩き出す。


華織を挟んで恵利華を見ると彼女は華織の胸をじっと見つめていた。


それに気付いた華織は「…このシャツ何か変かな?」と聞く。


恵利華は「…えっ!? 別に何でもない!!」と慌てて視線を前へと向き直した。


「んで外の何処に行くの?」


「すぐ近くよ、あまり遠出も出来ないし」


そのまま門前まで歩き華織はセキュリティに身分証を見せながら「1時間で戻るわ」と告げ、ガードマンから「お気をつけて」と見送られ大通りへ出た。


このコロニーは軍に管理されているので一般人は住む事が許されていない。


だが軍事施設だけで生身の人間が生活出来る訳もなく幾つかの企業が特別にオフィスや店舗を置き大手のハンバーガー店や百貨店も普通に営業しているので基地関係者はストレスなく仕事がしやすい環境に整えられている。


「ハンバーガーなんて嫌だよ」


「そんなの訳ないでしょ、ほら着いた!」


華織が視線で示した先は美しい蝶が描かれたステンドグラスの出窓がある店だった。


しかしドアには“CLOSE”のプレートが掛けてあり、店内の様子を見ようにも中は薄暗く客や店員の姿を見付けられない。


「閉まってるじゃん」


「今から開けさせるわ、少し刺激が強いから外で待ってて」


言いながら華織はプレートを勝手に裏返しドアを開けて店内に入っていく。


手慣れた感じでそれを堂々とする彼女の行動は子供の様な悪戯心も悪意も無く思えたので、僕達は止める言葉をかけずに見過ごした。


「マスター! 来たわよ!」


薄暗い店内に響いた華織の声は全開に放たれたドアの外まで聞こえた。


「うるさい! また勝手に入ってきて!」


声の主はこの店の主人であろうか、一言の断りも無く店を開けた彼女へ不機嫌な感情をぶつけている。


僕達は基地での彼女からは想像出来ない華織の自由な行動に軽い当惑を覚え、待てと華織は言っていたが中に入って行った彼女の背を追って良いものかどうか考えあぐねていた。


「客よ客! こないだ話した」


「…!? それを先に言いなさいよ!!」


「外で待ってるわよ」


すると店内から駆けてくる足音がし、変わらず開けっ放しのドアから人影が跳び出してきた。


「ようこそバタフライ・キッチンへ! バタフライと言ってもコッテリした揚げ物じゃなくて蝶の事よ!」


目前に現れた細身で長身の男は艶の良い褐色肌の持ち主で顔は満面の笑みを湛えていた。


「…マスター、まだ昼間よ」


「おっとそうだった… 君達が華織が言っていた子供達だね?」


男は僕達に問い掛ける。


しかし唐突に現れたハイテンション男に驚いた僕達はただ呆然と立ち尽くすばかり。


「やっぱり刺激が強すぎたか…」と呆れ顔に手を当て華織が店から出てくる。


「この人はスティーヴ・ローレンさん、バタフライ・キッチンのオーナーよ」


「はじめまして」


あらためて丁寧な挨拶をしながらスティーヴは細長い腕の先を僕達の前へ出す。


「…恵利華です。はじめまして」


怯えながら恵利華は男と握手する。


「こっちの男の子は?」


「“ろく”って呼ばれてます」


そう言うと見ていた華織は一瞬笑いを吹き出すのを堪えた。


スティーヴも僕と握手しながら「変わった名前だね」と呟く。


「それじゃあ挨拶はそのくらいにしてお料理お願い、皆腹ぺこなの」


「はいはい! 喜んで!!」


言うとスティーヴは踊る様に自分の店に入っていった。


恵利華はスティーヴの印象を華織に「…なんか変わった人だね」と告げる。


「同じ店で昼と夜とで別の仕事をやってる人だから」


「レストランじゃないの?」


「“昼間”はね…」


なんとも意味深な言い回しが気になるが、それより今はご飯が先な気分だった。


3人で店に入り中を見る。


内装はスティーヴの印象から比較すると普通な作りだった。


壁は明るい赤土色で塗られ所々に小さな額縁が掛けてあり中には南国の植物や浜辺が描かれた絵が収められている。


また見上げると天井が非常に高く通常の建物なら二階分程の高さがあった。


「あの天井から下げてるの何?」


「シャンデリアって照明よ」


天井から下がるシャンデリアなる物はとてもきらびやかで綺麗だが、さほど広くない店内ではやや狭苦しい印象を与えた。


店には広い間隔で置かれた4人掛けの丸テーブルが6つ、僕達が座る備え付けのカウンター席は8脚で全部の席に客が埋まっても32人しか入らない。


ステンドグラスの出窓を内側から見ると両端には黒いカーテンが掛けてあり、窓枠には常連客達であろうかスティーヴと肩を組んで店内で撮影された写真が5つほど飾られている。


「このお店気に入った?」


カウンター奥の部屋から再び現れたスティーヴは首から柄の無い真っ黒なエプロンを下げ、腰の後ろに両手を回して紐を結ぶ。


「あまり外へ出してもらえないから新鮮なのよね?」


「あら本当! なんて可哀相に!!」


華織が僕の顔を見ながら気持ちを代弁すると、紐を縛り終えたスティーヴは両手をカウンターに叩き付けて僕達へ顔を迫らせわざとらしく大袈裟に泣いた。


すかさず華織が「まだ昼間よスティーヴ」と軽い突っ込みを入れ「おっとごめんごめん」と詫び、僕達3人の前にミネラルウォーターの入ったグラスを丁寧に一つずつ置いていく。


「それでご注文は?」


「何が食べたい?」


「メニューは?」


「ご注文とあらば何でも作れる自信だけはあるわよ!」


メニューも無しにそんな事を言われても何を注文して良いものか解らずに僕達がいると華織は「このお店はメニューが無いの、 洋食なら手の凝ったのでなければ大概は出るわ」と教えてくれた。


「マスター、今日のスペシャルは?」


「スペシャルラザニアとスペシャルハヤシライス!」


料理であろうか?


しかし僕はどちらも聞いた事の無い言葉だった。


せいぜい理解出来たのは最後の『ライス』って単語だけで『ラザニア』や『ハヤシ』という言葉は今初めて聞いた。


案の定恵利華は「先生“ラザニア”って何」と華織に質問する。


華織が答えるよりも早くスティーヴが口を開いた。


「平たいパスタの事、それを煮込んだミートソースに入れてチーズを乗せオーブンで焼いたのを一般にラザニアって呼ぶの」


「それおいしそう!!」


「じゃあ恵利華はそれね、ろくちゃんはハヤシにする?」


「ハヤシはデミグラスソースにお肉と野菜を入れてカレーみたいにご飯にかけて食べるお料理だよ」


「………」


「お嫌い?」


嫌いではない。


ただ食べた事ない料理に戸惑ったのか、あるいはいつもと違う環境と見知らぬ人に警戒したのか…


だがこのスティーヴという人が悪い人には見えないし、華織が心許す相手なのだから善い人に違いない。


でも返す言葉が見付からないのだ。


「…この子はオムライスが好きなの」


続いていた沈黙を破ったのは華織だった。


「でもろくちゃんオムライス食べてる所なんて見た事ないよ?」


「子供っぽい料理だからいつも券売機で躊躇して隣のカレーライスのボタンを押してるのよ」


本当だ。


でもどうしてそれを…


「じゃあオムハヤシにしましょう! 華織はいつものやつね?」


頷いた華織を見たスティーヴは何故かはしゃいだ様子でまた奥へ姿を消した。


「…なんで知ってるの?」


「いつもカレーライスばかり食べてるけどあんまり美味しそうにしてないから」


食堂で食券を買う姿まで見られていたとは知らなかった。


いつも独りで食べている所へ賑やかに華織と恵利華が定食を乗せたトレーを持って僕と同じテーブルに来るのだから。


「そういえばマズイって言ってる!」と恵利華は小さく笑う。


「…違うよ、券売機で迷って行列作っちゃ悪いからいつも押しやすいカレーを押しちゃうだけだよ」


「変に強がらなくても大丈夫よ、それにあそこのメニューでまともなのカレーと定食だけでオムライスはマズイし、たまには贅沢しなきゃ」


「そうそう、先生の言う通りだよ!」


恵利華の言い回しが調子に乗っている様でなんかムカついた。


カウンターの奥からはスティーヴが注文の料理を作っているであろう鍋に火をかける音や陶器の皿を置く音等が響いている。


「ところで先生、このお店は夜は何屋さんなの?」


それは僕も思っていた事だ。


しかし華織はその言葉を聞くと軽く困った表情をする。


「なんて言って良いのやら…」


「…先生なんか隠してる」


「別に隠してる訳じゃないのよ」


スティーヴがまたカウンターへ戻る。


「素直に言っちゃいなさいよ、夢を売る仕事だって」


言いながら彼は華織へウィンクすると彼女は何か悟った表情で僕達へ向く。


「…この店の夜はショー・バーってもので大人達がお酒を呑みながら歌ったり踊ったりするの」


何だか不思議なお店だ。


するとスティーヴは僕達の後ろの壁を指差して語りだす。


「そこの壁に立てかけてある丸いのがステージ、夜はその上に人が立って歌を歌うの、主に私だけどね」


「…スティーヴ、口調」


「おっと! …またやっちゃった」…










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