観戦
待機ルームのモニターに投影される映像を観てメカマン達はオープン回線内で熱い歓声をあげている。
「よっしゃー! スゲー模擬だよこりゃ! こっちも賭け甲斐があるってもんだぜ!!」
「まさかこんなイイ勝負になるとは、二人とも噂より全然良い仕事するじゃん!」
確かに全体的には良い勝負だ。
しかしさっきからユリはほとんど軽量高速機らしい動きを見せず、ロビンばかりが動き回っている印象。
「あの馬鹿、さっきから右へ右へ避けてやがる。まんまと乗せられやがって」
メカマンが突っ立て騒ぐのを横目に先輩と俺はベンチに座って観戦している。
先輩は俺の左隣で立て肘ついて二人の戦闘を冷静な眼差しで見つめているが、しっかりロビンへの愚痴は口走っていた。
「俺が考えた作戦が失敗した時点で勝機は無くなったな。俺の金が…」
自分で賭けときながら落ち込むのか。
「あんなに無駄弾撃ちやがって、頭に血が昇って自分の攻撃が当たらない理由が解らんらしい」
「…AMBACステップ」
「あぁ、お前もよく観てるな。大したパイロットだよあの娘」
AMBACはMSの四肢の質量移動を用いた姿勢制御方法で推進剤をほとんど消耗しない。
なのでスラスター使用時の発光も無い。
スラスター使用が無い為に座標が動かずロックオンが外れる事もないので相手は敵が姿勢制御した事にすら気付きにくい。
だが確実に回避運動はしているのでビームを掠める様な紙一重の回避をされ、攻撃した当人は回避された事実に疑問を持つ。
またそれだけで連続回避運動を行うことをパイロットの専門技術用語で『AMBACステップ』と呼ぶ。
理屈は単純な連続姿勢制御なのだが、戦闘時に活用するのは極めて難しく習得するには長い修練が必要、一流のパイロットでもこれを熟せる者は少ない。
攻撃側も見極めの難しい超高等技術だ。
「あんなもん使われちゃいくら小僧が高速機動で背後に回り込んでも攻撃が当たらん、ニュータイプの先読みとステップが最強の盾になってな」
「艦を背にしてたらステップが使えない、だから距離をとってタイマンを仕掛けた」
「察しが早いな、NT同士の共感か?」
「俺のは強化です」
「だったか… しかしよく避ける。AMBACだけじゃ回避スピードが遅かろうに」
「敵の攻撃が撃たれる前に解るNTだからあらかじめ回避運動が出来る。そしてAMBACだけで避けるのが彼女の手加減でしょう」
通常のスラスター旋回ならまだしも、AMBACだけの回避を選び被弾リスクを背負うか。
「あれの真似出来るか?」
「無理です」
「…俺もだ」
出来なくはないが。
被弾リスクを負ってまでやる気は無い。
それにあそこまで見事な回避が出来るのは彼女が並外れた宙間適応の持ち主で異常。
ユリは宇宙遊泳訓練を1000時間以上受けた者も溺れる動きを連続で熟してる。
にしてもあの動き…
何処かで見覚えがある。
「しかし見事だ。まるで踊り子だな」
踊り子…
そうか。
あの子に似ているのか。
幼い頃を共に過ごした。
俺の姉…
“恵利華”に…
何処か懐かしいものをユリから感じるのは、やはり彼女が恵利華の容姿に似ているからなのか。
そして最悪の想像が頭を過ぎった。
しかもそれがなんとも合理的な連邦のシステムにフィットすると理解した瞬間。
俺は激しい吐き気を催した。
「…先輩。俺ちょっと外します」
「どうした?」
「目にゴミが入って」
「……解った行って来い」
先輩は俺の様子を少し伺って何か勘づいたのか、先程と比べるとかなりおとなしい口調で俺を外へ促した。
ベンチから腰を上げ賑やかな待機ルームを一人後にし俺は格納庫に出て真っ直ぐにエアロックへ移り、壁に開いた無数の穴から噴射されるエアを浴びながら自身の心を平静に保とうとする。
気圧調整を済ませてパイロットの更衣室へ入った。
中は相変わらず他に人気が無い。
俺は被っていたヘルメットを脱ぎ手にしたそれを強い感情に身を任せ投げ捨てていた。
ヘルメットは床にぶつかるとゴムボールの様に高く跳ね天井にまでぶつかった、その衝撃で方向を変え今度は壁にぶつかる。
やがて減速したヘルメットはゆっくりと部屋の中に漂った。
こんな八つ当たりをして解決出来る問題でない事は自分でも解っている。
しかし今はそれしか出来ない。
俺は壁に備え付けられたモニターを観る。
そこに映るのは攻防を入れ替えながら戦うMSが2機。
そこへ視線を向けながら俺は身体を浮かせそのまま天井に身体を預けた。
「本当に呪われている」
MSの戦闘をモニターから観て姉との懐かしい記憶が甦った…