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フィクション  作者: 神風紅生姜
15/41

コクピット

「エア… 推進剤… エネルギーゲイン… 各内蔵武装…」


ハンナさんの手が入ったばかりなので機体の調子は万全と言った所。


次に機体交換の為の記録作業をハンナさんから事前に報告されていたアーム・レイカーの調子を見る為マニュピレーター(MSの指)を軽く動かす。


「右腕部… 左腕部… 動作に異常無し」


流石はプロ中のプロの仕事、記録作業のついでに調整まで戻してくれた様で前に乗った時よりもかなり動きが軽やかになった。


パネルを操作しPCをデータ収集モードに切り替える。


「いつでも私は不利に立たされるのね」


思わず出た呟き。


先程の艦長の放送で今回の想定は理解したけど、何か愚痴を言いたくなった。


まぁ外に出られるのは嬉しいから良しとしましょう。


「キショウ中尉」


フィリアさんの声でブリッジから通信。


「ミノフスキー粒子を戦闘濃度と同じにしますので通信回線をこちらにチャンネルしといて下さい」


指示に従い目の前のパネルを操作してチャンネルを合わせる。


「了解しました」


近代の戦争においてミノフスキー粒子は欠かせない。


粒子の磁場を発生する特性はミノフスキー効果と呼ばれ電波通信を妨害し無人戦闘機や長距離ミサイル等の無線誘導弾をほぼ無力化した。


ミノフスキー粒子の登場で旧世紀に常套化していた超長距離攻撃の総てが覆り有人汎用兵器が最も優位な時代が訪れ、その代表がモビルスーツだった。


人型で5本の指を持つマシーンは多様な環境に適応し戦場を選ばない、ミノフスキー粒子散布下においてMSは正に最強の兵器。


模擬戦でそこまでやるかって感じだけど。


私はパネルの操作を続けてビームを模擬出力に切り替えていた。


ふと全天モニターに目を移すとエアロックから入ってくる黒いパイロットスーツを着た人影が二人映る。


全天モニターはMSの各所に設置されているカメラから入ってきた映像をCG再現し投影しているので人物の顔までは分からない、だが私はそのうちの一人を見て『あの人』だと直感した。


私の乗る機体に向かってきた彼を見て思わず私はマニュピレーターを操作し左腕部へ彼を乗せてコクピットに近付けた。


「少佐ですか?」


「ああ」


胸が高鳴った。


そして言いようのない自分の想いに言葉が詰まった…


「“郷に入っては郷に従え”ってやつさ」


「…えっ?」


「何でもない」


「えぇー、なんか気になるから言って下さいよ」


自分でも解る。


この人と話している時、私は喜んでいる。


喜んでしまう。


「…お前なぁー」


「接触回線なら誰かに聞かれてる訳じゃないし良いじゃないですか」


「…まったく」


少々図々しかったかな。


「ただの景気付けだ、俺はモニターしてるつもりだったがビィーツ大尉に拉致られたのさ」


「嫌々の景気付けなら要らないです」と私は拗ねた調子で言ってみる。


だが少佐は予想外に私の言葉に食いついてきた。


「そうじゃなくて、…君は誰かに応援されようが自分の仕事をするだけだろ」


そうかも知れない。


…事実そうだった。


今まで数々の実戦演習をして、その度に毎回演習に参加もしない連中から『勝て』や『頑張れ』だと言われても私は何も感じず、むしろ邪魔に思った。


だって実働するのは私なのだから、その時その瞬間に自分の能力を発揮すれば然るべき結果が着いてくるのだから応援された所で能力が上がり結果が変わる訳じゃない。


…けど。


少佐の言葉を聞いてから私の両肩から背中には寒い様な感覚が走った。


胸にも重く冷たいものが渦巻く。


装甲を隔てモニターに映る彼の姿も何故か暗い闇の中へ遠退いていく気が…


少佐が凄く遠く離れる様に感じる…


…嫌だ。


「ちゃんと模擬に切替たか?」


「…えっ?」


「模擬に切替たのかって聞いているんだ」


「あぁ、はい」


「…大丈夫か? 体調が優れないなら…」


少佐は私の様子を心配し話し掛けるが私はそれに耳を傾けず、抱いた強い感情を声に乗せていた。


「あの!」


ヘルメット内に響いた私の声に少佐は少し驚いて身じろぎした。


「…私、少佐からは応援されたいです」


自分でも変な事を言っていると思った。


しかし私は続けて思った事総てを口に出していた。


「だからそんな理由で私を応援するの止めないで下さい」


少佐はじっと黙って聞いていた。


私からまさかそんな風に言われるとは思わなかったのだろう、何せそれを言う自分自身に私も驚いているのだから。


でも言い切ってから私は凄く所在無さ気になって戸惑い、モニターに映る少佐の影すら直視出来ず目を背けてしまう。


「…ごめんなさい、今のは忘れて」


「いや、俺の方こそ無神経だった、謝る」


「少佐は何も悪くありません」


貴方がそばに居て欲しいのに、今の私の姿を少佐に見せたくない。


「キショウ中尉、君に命令を出す」


命令?


「必ずロビンに勝て!」


「………」


「俺はお前が必ず勝つと信じている、そして面白い勝負にしてくれるともな」


『勝つと信じてる』


色々な人から何度も聞いた台詞。


何度聞いても何も感じなかった。


…でも今は違う。


「…ありがとう」


嬉しい。


少佐が私に話かける言葉の一つ一つが総て特別に感じる。


「礼はいらんよ。これは命令なんだから」


「…了解しました」


「じゃあよろしく頼んだぞ」


「はい!」


私の返答を聞くと少佐はコクピットから離れマニュピレーターから降りようとする。


「もう一つだけ!」


呼び止めた私の声を聞いて少佐はもう一度こちらへ向く。


「どうかユリと呼んで下さい」


「…あぁ、俺も二人で居る時くらいはマークで構わない」


マーク…


心の中で何度も彼の名を呼んだ。


初めて会った人なのに凄く大切な人の様な気がする。


「では行くよ」


呼び止めたい気持ちにかられるが、それこそ本当に我が儘になってしまう。


マークがマニュピレーターから降りる姿を見て私はパネルを操作する。


モニターに映るCG映像をカメラから見た実際の映像に切替た。


私はただ彼の表情が見たかった。


待機ルームに向かう彼の姿を追う。


ヘルメットのバイザー越しに見える彼の顔は美しかった。


彼はドアの前で立ち止まり一緒にエアロックから出て来た黒いパイロットスーツを着た大柄の男を待っているようだ。


「黒い鷹が二人か…」


二人が待機ルームの前に揃うと大柄の男の方がマークの肩へ腕を回して部屋の中へ連れ込む様に入っていった。


マークの表情は迷惑そうだったが、口元や目尻の端は笑っていた。


私は言いようのない思いを胸に抱く。


しかしそれは辛く不安な感情じゃない。

もっと優しく暖かい。


とても心地好い感情。


「…知りたい」


貴方の事が…


「パーソン中尉、目標宙域に到達しました出撃願います」


「了解! キショウ中尉、先に出るぞ!」


オープン回線の通信連絡が入る。


パーソン中尉の声だ。


「了解です、どうぞお先に」


いよいよだ…










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