むさ苦しい連中・2
「坊やに賭けて良いの? 絶対後悔するよ」
「一応俺とバディを2年以上やってるから賭けなきゃ拗ねやがる」と先輩は笑う。
バディというのは二人一組の班の事で、独立隊のMS部隊で使用するシステムだ。
本来は海軍等で用いられるが、少数精鋭を束ねる組織の大概は小隊でなくバディ・システムを採用する場合が多い。
「それは可哀相に、あんたも大変だね」
「そうでもないさ、なにせあいつは俺の弟子だからな」
弟子?
「あいつに何か仕込んだんですか?」
背後からかけた俺の声に気付き先輩は俺の方へ向く。
「おぉ! そんな所に隠れてたのか」
「別に隠れてた訳じゃないですよ」
「じゃあ何か? 二代目ブラックホーク様は相変わらず鷹だけに高見の見物か? いい加減郷に入っては郷に従えよ」
そんなギャグじゃ笑えないって。
元々“黒い鷹”は俺の先輩ディー・ビィーツ大尉の異名だった。
俺が先輩と同じ隊にいた時、俺は先輩独自の操縦テクニックと戦闘スタイルを学びパイロットとして優秀な戦績も得た。
すると先輩は『これで安心して引退出来る』とし俺に異名を譲って彼はMSから降り出世街道に向かう為前線から離れたのだ。
しかし…
先輩はMS操縦以外はからっきし駄目だったらしく、結局此処に流れついたんだとか…
先輩から賜った“黒い鷹”の名に恥じない仕事はしてるんだから、俺のスタンスにケチは付けて欲しくないものだ。
「隊長様々は負けるのが怖いのよ」とハンナも俺に煽りを入れたが、んなもん構う事もない。
メカマンの戯れの中エア抜きの終了を告げるブザーが鳴り、更衣室内に設置されているシグナルがレッドからイエローへ切り替わる。
アーノルドは『待ってました』と言わんばかりに「お前等、さっさとバイザー下ろして戻るぞ」と他のメカマンを急かし立て、メカマン達もそれに応え直ぐさまベンチに積まれた皺くちゃの札を一つのロッカーに詰めてキーロックをかける。
「姐さんココに入れときますよ。勝った方が山分けだ!」
「いつまでグズグズやってる! 行くぞ!!」
アーノルドの急かしの言葉は毎度暴力に近い怒号である。
しかし慣れとは恐ろしい。
メカマン達は皆彼と付き合いが長いので全員が「へぇーい」という気の抜けた返事をするのだ。
それに関してアーノルドも怒らずに独りそそくさとドアを開けてエアロックに入っていく。
ヘルメットのバイザーを閉じながらハンナが先輩に問う。
「あんた等はどうすんの?」
「俺は見学さ、あの小僧がどこまでやれるかのね」
「それだけ? なのにパイロットスーツを着るの?」
「念のためだよ。何か起こる気がしてな」
「また勘? あんたって本当に変よね」
それを言いながらハンナ達は更衣室から出て行った。
メカマン全員が更衣室からエアロックへ移り、俺と先輩はまるで皆の留守番をするかの様に残る。
「さて、俺達はどうするよ?」
「とりあえずパイロットの更衣室に移りませんか?」
「いや、あそこより此処の方が居心地が良い。それにおっさんの事だ、バルーンやら無人偵察出してモニターに中継映すだろ」
「まぁ確かに、それより…」
先輩は俺の声を遮り言葉を発する。
「何を仕込んだかだろ。何もしてないよ」
俺は先輩の言葉を黙って聞いてはいたが、先輩が何もしない訳ないと思っていた。
この人は自分が思う以上に面倒見が良い。
同じ隊に居た時なんか俺は既に自分の操縦技術はトップクラスだと思っていた。
だがこの人だけは俺の操縦に不服でそれとないアドバイスをよくしてくれた。
若かった俺はそれを不快に感じたが先輩の指摘は鋭く的を射ていた。
それで俺は彼の操縦技術に興味を持って、副座型に乗った時に彼の操縦をじっくりと見て驚いた。
先輩は一見不要と思われる程に細やかなペダリングやスティック捌きを駆使して機体を動かしていた。
近代のMSは優秀な操縦補助システムを搭載しているのに彼はオールドタイプでありながらマニュアルで機体の姿勢制御と連続高速旋回を熟すのだ。
彼の“黒い鷹”の異名は鷹の様に空中高速戦にて敵機を近接格闘の一撃で仕留めるという卓越した超絶技巧の称号なのだ。
まして彼はその技術を他者に惜し気もなく教える。
だが先輩の20年以上のパイロット経験の内でその技術を完全習得出来たのは俺以外誰一人居ないらしい。
しかしながらロビンのひたむきさを考えればもしかすると…
「あいつは馬鹿だ、未熟な己を自覚し過剰な努力をする。まさに熱血馬鹿だ、しかも俺が見たどの熱血馬鹿より大馬鹿野郎だ」
「それは褒めてるのですか?」
「あぁ、あの小僧は本当に良いセンスは持っている。まぁお前には遠く及ばんのだが、努力はお前の10倍はしてる。そのくせ成長はお前より全然遅い。馬鹿だろ」
散々ロビンを馬鹿呼ばわりした先輩は楽しそうに笑っていた。
「飲み込みが悪すぎて面白いヤツだよ」
先輩の言葉は本当に聞く人が聞けば激怒される表現ばかりだ。
まぁ裏のないストレートな表現なので助言に関してだけ考えればこれ以上にない。
「言い過ぎですよ。ですが弟子とは?」
「ん? 小僧の方から『弟子にして下さい!』って頭下げてきた」
「それでですか」
「面白いガキだよ。俺達に師弟なんざ無いのに、皆仲間の技術を盗んで応用利かせて自分のものにしてる」
おっしゃる通りだ。
俺も同じ黒い鷹だが、強化された身体を頼りに深くペダルを踏み先輩以上の加速Gを捩伏せるスタイル。
繊細なペダリングの先輩とは違う。
「そういえばお前のバディは?」
「居ません」
「おいおい隊長だろ。いくら個人主義でもそらねぇーよ、早いトコ選びなって」
バディ・システムは軍や隊から押し付けられる規則ではない。
MS隊の者が互いに望み要請して成り立つ。
よって一方が相手にバディを望んでも相手側が拒めばバディは成立しないのだ。
それ故にバディを組まず任務を熟していた異端児も幾つか前例がある。
いわゆる天才というやつだ。
だが俺はそれになりたい訳ではなく、単に誰かに自分の背中を預ける状況を好ましく思わないだけだ。
「俺の意思で選べとなるとあなた以外に望むパイロットはない、ですがグレンから頼まれているのでこの模擬戦を見てから決めようかと」
すると先輩は何に驚いたのか「ちょちょ待った! 嬉しい言葉の最後にお前何か変な事言ったな?」と俺に詰め寄り問うた。
「頼みってまさかあのサイコ娘か!? またおっさんはお前にお荷物背負わせるのかよ」
「荷物になるかは分からない、もしかすると俺が彼女の荷物になるかも」
「ハッハッハ、ともかくそうなるなら出撃前に声かけ行かないとな」
先輩は俺の肩へ腕を回してエアロックに導こうとする。
この人は昔からこんな風に何かに付けて人を巻き込む。
「なんで一緒に行くんですか?」
「勘違いすんな。俺は小僧に、お前は娘に試合前の景気付けだ!」
面倒くさ…