むさ苦しい連中
「そしてこの機体のもうひとつの特徴がMSN-00100から受け継いだ対ビーム性能! MSN-00100は特殊な塗料でそれをやっていたのだけどあまり有効な耐ビーム性能は発揮していなかったのでハンドレットは対熱性と熱伝導に優れたセラミックに注目して装甲が作られたの、特殊な技術でハニカム構造化された密度の異なる極薄の磁気発生セラミックを何十層も重ねて作られた装甲でセラミック特有の重量を減らし、装甲表面にナノレベルの超微細な凹凸がついているの、そこにビーム弾が着弾するとあら不思議! 硬い鋼鉄をも溶かし貫くビームが全く効かない!? 理由は簡単、磁気と微細な凹凸がビームを形成するメガ粒子を飛散させて威力を減殺させ、耐熱性と熱伝導性に優れた特殊なセラミック装甲は装甲表面の発熱と同時に熱伝導で装甲全体へ熱エネルギーを分散させて熱を冷ましてしまうから! もうなんて素晴らしいの!!」
長々と続くハンナの熱弁はもはや俺の右の耳から入って左の耳へ抜けていくばかりだった。
しかし本当に彼女はMSが好きなんだなと思うよ。
「ねぇマーク! 貴方も素晴らしいと思うでしょう!!」
ハンナは唐突に俺へ同意を求めた。
だが途中からほとんど話を聞いていない俺なので「あぁ…」という苦笑した返答が限界だった。
でも彼女は「でしょ!」と素直に喜んで。
それを観たら何だかホッとした。
それにしてもハンナは随分とこの機体に詳しいのだな。
「もしかしてその機体はハンナが手掛けて試作されたのか?」
「バレたか」
「バレバレだよ」
「流石はニュータイプ! では特別に試作されたハンドレットのもう一つの秘密も語ってあげましょう!!」
『もう勘弁してくれ』と音をあげようとしたがそれより一足早くハンナが喋りだしてしまった。
「何年も前に試作されたまま日の目を観ずに倉庫で眠り続けてたこのハンドレットが今更実用試験に入った理由、それは…!?」
途中まで話したハンナであったが。
エアロックのハッチを開けて倉庫に入ってきた人影に気付き急に黙った。
「あらロビン坊や!」
「ハンナさん、いい加減その呼び方やめて下さいよ」
「“坊や”は“坊や”だもの、卒業したければ自分のMSぐらい自分でメンテ出来る様になることね」
絶妙なタイミングで入ってきたロビンが天使に思えた。
「自分は動かすのが専門ですからメンテの仕事は自分より腕の良いハンナさん達に任せます」
「あんたねぇ! いい加減にしなさいよ!!」
「ロビン、自機のメンテも俺達の仕事だと教えたはずだぞ」
ロビンは俺の姿を認めると「これはこれは隊長殿」と皮肉たれた。
「そんな古臭い風習じみたもんばっかやってるから軍である組織すらも形骸化するんです。自分は自分の仕事を極め、メカニックはメカニックの仕事を極めて分業した方が能率的です」
「パイロットはメカニックとの信頼が無ければ死ぬだけだぞ」
「そんなのただの理屈です。整備不良は整備士の非ですが不備の機体を理由に死ぬ様なパイロットなら、完璧なコンディションの機体で戦場に出ても敵に即撃墜される様な実力しか持ち合わせていませんよ」
「お前本気で言っているのか?」
「本気も何も事実ですよ」
それだけ告げるとロビンは俺の前を横切り自分の機体を探す。
「ハンナさん俺の機体は?」
「一番奥、カタパルトハッチの右側よ」
ハンドレットから流れるハンナのマイクを通した言葉を聞いてロビンは一番奥に並ぶ濃紺のパヴヂガンへ向かう。
「パイロットスーツ何か着てこんな所で偵察にでも出るのか?」と俺は彼の背中に話かけるとロビンは宙に舞っていた身体を軽やかに翻して自機に向かいつつ返答した。
「キショウ中尉と模擬戦です。准将に意見したら模擬戦で勝った方を新型のパイロットにするってなったので」
一瞬まさかと思ったが先程のロビンの剣幕で意見されたらいくらグレンでも言いくるめるのは難しいか。
それにグレンも馬鹿ではないしキショウ中尉が勝つと見込んで彼女との実力差を体感させロビンを納得させる気なのかもな。
血気盛んなロビンにはその方が正解か。
相変わらず汚いなグレン。
とは言ってもロビンも成長して一流の腕になったらしいし、さっきの奴の自論を聞く限りそれなりの実戦経験は積んだ様子。
俺と二人でテストパイロットをした時も生真面目に俺の機体の使い方を真似ようと必死だった。
熱血馬鹿かと思いきや意外にひたむきな奴な故に昔のままという事は無いだろう。
一概に彼女が勝つとは言い切れないか。
面白くなりそうだ。
「ほって置いて良いの?」
気が付くとセンサーチェックを終えたのかハンナはキショウ中尉の機体から降りていて俺に話かけてきた。
「何が?」
「坊やのさっきの話、あんな考えで乗り続けたら下手すると死ぬよ彼」
「口で言って解る奴じゃないさ」
俺がファイルに目を通しながら返答したのが気にくわなかったのか、ハンナは俺に近付いて来て読んでいたファイルを俺からもぎ取る様に奪い、彼女の美しい顔が息のかかる距離まで迫ってきた。
「あんた隊長でしょ!」
「まぁ」
「なら何とかしなさいよ! それも隊長の仕事でしょ!!」
「近くで見ても御綺麗ですね」
「ふざけないでくれる!」
「はいはい、でもそんなに怒らないで下さいよ。話して解る奴じゃないってハンナさんも知ってるでしょ」
「でもあんたの部下よ? ならあんたの責任じゃない」
「准将に何か考えがあるみたいですよ」
「艦長の考え?」
俺はおそらくグレンはこう考えているであろうという推測をハンナに話そうとした。
だが不意に現れた人影から声がかかる。
「お二人共失礼ですが」
「…? キショウ中尉か。ちょっと曹長と大人の話をね」
噂の本人登場ってか。
「何のお話ですか?」
「聞くなよ」
「聞かれてはまずいお話ですか?」
何故執拗に迫る…
「少佐に今晩俺の部屋にってお誘いよ」
ハンナめ、口からでまかせを…
「少佐はそんな事言う人ではありません」
言いようは軽かったがキッパリと言い切ったキショウ中尉の発言は場に流れてた空気や時間を止めるに充分な威力だった。
「…馬鹿ね冗談よ、仕事の話」
キショウ中尉の覇気に気圧されたハンナは白状するが、相変わらず中尉は何か嫌な空気を放つ。
「准将の命令らしいな」
まるでハンナをフォローする様になったがキショウ中尉に話し掛けてみた。
すると彼女の表情が少し和らいだ。
「はい」
「ご苦労様」
「仕事ですから」と彼女は返答して自分の機体のコクピットへ身体を飛翔させた。
「凄く怖かったんだけど…」
「アホな事言うからですよ。そういうからかいはもう止めた方が良いですよ」
「彼女あんたの何よ?」
「新しい部下です」
「それだけ?」
「昨日初めて会ったばかりですよ。何も無いです」
「それだけじゃない気がする…」
いい年したハンナが怯えながら話すのが可笑しかった。
「ハンナさん、私の機体いじりました?」
ド派手なオレンジ色の機体からキショウ中尉の声が流れた。
幸い先程の覇気を帯びた声ではなかったがそれを聞いてハンナが肩を震わす。
「えっ! あっ! センサーチェックで火入れっぱだった!」
「作業はどこまで?」
「もう終わってるわ」
「ありがとうございます」
何でもない普通の業務連絡だが、キショウ中尉の声に怯えながらハンナが返答するので思わず笑いそうになった。
「何よその顔!」
「別に」
「なんかむかつく」
ハンナの八つ当たりにはやや困ったがおかげでキショウ中尉がまだまだ子供だということはわかった。
「作業中の格納庫内の者に告げます、MS出撃の為120秒後に庫内の空気を抜きますのでノーマルスーツの着用と、作業員でない方は待機ルームへの移動お願いします」
フィリアの艦内アナウンスが流れ、まだ作業中だった数人のメカマン達が切り良い所で作業を止めエアロックへ移動を始める。
だが予定に無い指示に対して皆が小声でちらほらと愚痴をこぼしていた。
「全く怠慢だな」とアーノルドも愚痴をこぼしながら俺の機体から降りてくる。
「窒息する前に行くぞ」
先へ行こうとするアーノルドの服の袖をハンナが掴んで引き止める。
彼女はアーノルドの顔を見ずに俯いていたが表情は何か言いたげな印象だ。
「………」
「なんだよ?」
「…あんたさっきの話全部聞いて何も言わないわけ」
「あの坊主か? それとも娘の方?」
「両方よ馬鹿!」
「…はぁ」
アーノルドがハンナに返した声は深い呆れた溜息であった。
「ロビンの事は俺にもそれなりの考えがある。もう一つの件はいくら俺を妬かせたくても相手がマークじゃ無意味だ」
「…はい?」
彼の言葉の意味が解らず我ながら阿保みたいな声が出た。
「さっさと着替えて仕事に戻るぞ」
「…!」
ハンナは駄々をこねる子供の様に拗ね、俺達を残して先にエアロックへ向かう。
「何です?」
「俺が仕事ばかりで寂しいんだよ。昔はお互い様だったのに最近急にな… 行くぞ」
なんだか二人ともらしくない。
俺はアーノルドがいつもとなんら変わらない風体を装っているのをつぶさに感じながら二人でエアロックに向かう。
エアロックの中は更に両隣へ分厚いドアが設けられており、そこでメカマンとMSパイロットは双方の更衣室に分かれる構造だ。
そこでアーノルドと別れパイロットの更衣室に入るが中は空っぽで俺の他にパイロットは居ない。
俺は一人寂しく無人の更衣室の中央まで進み自分のロッカーから黒地にライトグリーンのラインが入ったパイロットスーツとヘルメットを取り出しそれを身に着ける。
パイロットのノーマルスーツは繊細な動きを必要とするので一般の物と異なり装備が短略されていて宇宙服としてはなんとも頼りない印象だが、AED等の生命維持装置はしっかり装備されている。
また同様にメカマンのスーツも一般向けとやや異なる。
それはメカマンが一般兵より比較的危険地や危険物の取り扱いが多いので肩、胸、肘、膝等のシールドが厚く作られているからである。
よって重さも1割増しで着こなす事自体が容易でない。
パイロットスーツは逆に一般向けより1割近く軽い。
間もなくして更衣室内のモニターが自動で起動し、画面にグレンの姿が浮かび上がった。
「まず皆に予定外の出撃をさせる事を詫びる。これから余興を兼ねての模擬戦闘をキショウ中尉とパーソン中尉にやってもらう事になった」
いつも通りのグレンの口調。
謝ってばかりだがこれが中々縦社会に生きてきた軍人からすると好印象らしい。
思うに皆今まで高慢な上司達にこき使われてきたからうんざりしていたのだろう。
「状況設定としては隕石群に潜伏する戦艦に一機のMSが戦列を離れて切り込み攻撃を仕掛ける。艦の方はMS一機を出撃させてそれを阻止するという想定だ」
01隊が襲われた状況を踏まえたわけか。
「そこで戦艦に攻撃を仕掛ける役をパーソン中尉に、戦艦の護衛をキショウ中尉に、戦艦役はもちろん本艦“ディープ・ヘルメ”だ。タイムリミットは15分、その間にパーソン機を撃墜すればキショウ中尉の勝ち。ディープ・ヘルメの撃沈、あるいはキショウ機が撃墜の場合パーソン中尉の勝ち。そしてタイムリミット15分を越えた場合もパーソン側の戦列が本艦を射程に捉えるのでパーソン中尉の勝ちだ。いいか?」
酷い状況だな。
この状況を普通に考えたら護衛側の勝率は25%以下。
だがこれでようやくロビンと五分五分でやれるってものか。
「マーク。こっちでもう始まってるから早く来い」
不意に背後の扉を開け俺に声をかけてきたのは整備副長のロークだった。
俺は促されて向かいの更衣室に向かう。
中に入るとパイロットの更衣室とは打って変わって散らかった室内だったが、とても賑やかで居心地は良い。
だが何故か更衣室の中央に置かれたベンチの真ん中には握りしめた様な皺くちゃの札の山が積まれている。
「絶対ボウズが勝つな!」
「いやいや女の底力を甘くみない事ね!」
「あの想定じゃいくらなんでも不利過ぎるだろ姐さん!」
どうやらすでに賭けが始まっているらしく皆熱苦しいほど盛り上がっている。
「お前はどうする?」
右隣から声がしたので見ると着替えを終えたアーノルドが腕組みをして無煙パイプを口にくわえながらロッカーによりかかって立っていた。
アーノルドは冷静な表情で盛り上がっているメカマン達を眺めている。
「どっちに賭けるか?」
「いや、結果なんぞ目に見えてるから参加するかしないかってレベルだよ」
「遠慮します」
「右に同じ」
周りは10だ100だと札をベンチに押し付ける奴ばかりで面白いが、それに一切参加せずに眺める俺達二人もまた異様な味を漂わせていて面白いかもな。
「ならあんたらの予想教えてくれよ」
「それじゃあお前から金取るぞローク」
小声で俺達から予想を聞き出そうとしたロークをアーノルドが言葉で突っぱねた。
にしてもこういう時のメカニックマンはいつもこうだ。
飽きないのか?
「姐さんは自分の機体だからだろ?」
「あの機体を乗りこなす娘よ!? 勝って当たり前じゃない!」
「それもそうだ! 俺はお嬢ちゃんに20!!」
そんなん結果が出なきゃただの意地の張り合いじゃないか。
本気でうるさい。
「いつも通りに見えるか?」
隣のアーノルドが聞き逃しそうな小さな声で俺に聞く。
「ハンナさんですか?」
「あいついつもと同じ様に見せてると思わないか?」
「…まぁ」
「…そうか」
やはり二人とも変だ。
賑やかな声と風景を眺めているとまた更衣室の扉が開いた。
「やっぱり盛り上がってるな、俺は小僧に50だ」
「ディー、やっと来たか!」
中に入ってきた黒地に青いラインの入ったパイロットスーツを着た男はMS隊副隊長のディー・ビィーツ大尉。
昔に俺へMSの指導をしてくれた大先輩だ…