出航
「各ブロック問題ありません」
美しいフィリアの声で艦が正常に機能している事が告げられる。
「出航準備!」
グレンの合図に合わせてブリッジクルー達が忙しそうに通信機で連絡をとったり、レーダーなどの機械で作業を始める。
「クライシ准尉、バック少尉。艦の拘束解除をお願いします」
フィリアが左舷、右舷のナビゲーターに指示を出すと二人は声を揃えて「了解」と短く返答。
フィリアは通信を艦内放送に切り替える。
「総員に告げます。艦の拘束を解除しますのでショックに備えて下さい」
放送後しばらくもしない間にガクンと艦が左右に軽く揺れ安全拘束が解除される。
「エンジン始動」
再びグレンの声がブリッジに響く。
両舷ナビゲーターがキーボードでエンジン始動の指示を打ち込みモニターに数字の羅列を表示させる。
「カウントダウン開始、点火まで27秒」
クライシ准尉が点火までのカウントを読み上げる。
「隔壁開け」
グレンの指示が続く。
フィリアがヘッドセットで「ドックへ。隔壁の開放をお願いします」と指示をドックに伝えると隔壁がゆっくりと開き、大小の数えきれない星々が煌めく無限の海がブリッジ正面の窓から入ってくる。
「18、17、16、15…」
規則正しいクライシ准尉のカウントダウンがブリッジに響く。
「5、4、3、2、1、OKです」
「エンジン点火、微速前進」
「微速前進」
操舵手のランス・ガーランド准尉がグレンの指示を復唱後、ディープ・ヘルメは緩やかに前進を始める。
「熱量、推力、共に問題ありません」
「ふぅ」
何事も無くスムーズに出航しグレンは思わず溜息を漏らし艦長席に腰をおろす。
「お疲れですか?」
「いや、心配はいらんよランス。テスト無しでエンジンを吹かすのがやや怖くてな」
「それは皆同じですよ」
「だな。それじゃあ皆、月の周回軌道に乗るまで艦内外のセンサーチェックを艦の運航と平行しながら始めてくれ」
「言われなくてもやってますよ。でないと全然間に合わない」
クライシ准尉の発言は仕事に追われて忙しい皆の代弁だった。
「現場命のカイト・クライシ准尉は流石だね。しかしすまんな、本来なら出航前に全て済んでいるのに」
「毎度アナハイムのごたごたに巻き込まれちゃ俺達の仕事が出来なくなりますから、これっきりにして下さいよ」
「こらクライシ! 艦長だって奮闘してようやく出航まできたのにその口のききようは何だ!」
「いいんだよランス君」
「しかし…」
「俺達ならそれをこなせると考えてでしょ? 俺も口が過ぎました。艦長も謝らんで下さいよ」
「本当に私は部下に恵まれてるよ。それでは改めてよろしく頼むよクライシ准尉!」
冗談っぽいグレンの言葉にカイトが「了〜解!」と軽く敬礼した後、左舷の各センサーチェックを黙々とこなしだす。
「おい新入り! チェック遅い!」
「急いでやってますよ!」
「泣き付いても手伝わんからな」
相変わらずカイトは新人の扱いが荒いとグレンは感じるが、それは彼なりの指導と理解しているので暖かく見守る。
「フィリア。ドックへの回線を私に」
「ただいま」
フィリアはドックとの通信回線を艦長席の受話器に繋ぎ「どうぞ」とグレンを促す。
グレンが左手で受話器を取りドックの責任者に艦の出航準備を手伝ってくれた事への感謝の言葉を伝える。
「ディープ・ヘルメ艦長のグレン・ヴォルフ准将です。この度は貴港の協力を心より感謝します」
他に二言三言交わした後受話器を戻す。
「さてと、チェックはあとどのくらいかかるかな?」
「俺の分は周回軌道に乗る前には終わります。今のところ問題は無いです」
「そうか。ヘレンの方はどうだ?」
「………」
返事をしないヘレンに「お前だよ新入り!」とカイトがキツイ言葉で振り向かせる。
「あっ… あの… その…」
「何か異常か?」
「はっきり喋ろ!」
「航行の問題になる様な異常は無いのですが居住区のカメラに…」
ヘレンは自分のモニターに居住区の映像を表示してカイトに見せる。
「ん…?」
モニターには自室に入ろうとドアを開けているキショウ中尉にパーソン中尉が何か話ている様子が映されていた。
「ケンカ… でしょうか?」
「口説いてんじゃね?」
「まさかそんな!…」
「端的な報告をお願い出来るかな!」
新入りで的を射ないヘレンの言葉にグレンが大きな声で内容提示の催促をする。
「あっはい! 2ブロックの居住区でキショウ中尉とパーソン中尉が揉め事の様な…」
「様子わかるかフィリア?」
フィリアはヘレンが表示しているものと同じものを自分のモニターにも表示させた。
「はい、システム上ブリッジのスクリーンには投影出来ませんがこっちのモニターでも確認しました」
「ヘレン音声は?」
会話の対象がフィリアに移っていたのでグレンから再び質問されたヘレンは軽く驚きおろおろと覚束ない手で機械を操作するが「えーと! えーと!」と見ている側を不安にさせる。
「ヘレンいいわよやるから」
「すみません」
「一応カメラに指向性マイクは搭載されてますが、プライバシーの問題もあって原則使えない事になってまして」
「私の指示でも駄目か?」
「なら大丈夫ですが責任者のIDを一度スキャンしてからでないと」
フィリアの言葉を聞きグレンは立ち上がって彼女の席へ。
「わかった。なら私が直接操作しろって事だな」
「私の方が操作には長けているのでそこにIDを挿していただければ」
「ロートル扱いするな。私も事務から上がってきた軍人だぞ」
グレンはフィリアへ笑いかけ彼女と席を代わり左胸ポケットから身分証を取出して差し込み口に挿す。
するとモニターはグレンの名を表示。
この艦のシステムを初めて扱うのにグレンのタイピングは専門のフィリアやカイトと比べても圧倒的に早く、あっという間に居住区のプロテクトを解除してしまった。
「意外に簡単だな」
グレンの仕事の早さに「こわっ」とカイトは呟いたが幸グレンには聞こえなかった。
「さてと、何のお話かな?」
グレンはスピーカーのボリュームを指先でつまみ音量を上げた…