かくして彼はKOされる。
キリがいいところが掴めなくて、長くなってしまいました。
「何だ?今日は厄日なのか?」
結局、窒息寸前になるまで拓弥は早苗から解放される事はなかった。
最後には互いに汗だくになって揉み合ってる始末。
床に大の字でぐったりとした拓弥を見下ろした早苗は、猫でなく女豹だ。
充分に拓弥で遊んだのを満足したのか、さっさと風呂を浴びに行ってしまった。
「それでも恩があるから逆らえないんだよな・・・。」
独りぼっちになって、完全に気力ゲージ0どころかマイナスだった拓弥を拾ってもらった。
感謝しているし、恩があるとも思っている。
何より、ここで働くのは楽しい。
源さんは、武道の型を教えてくれたし。
勿論、刀造りの工程も余す所なく見せてくれた。
武道だって嫌悪する力ではないかと思うが、それを察した源さんは型を重点的に教えてくれたのだ。
早苗さんも色々な事を教えてくれた。
力とは何かという事を主に。
純粋な力、それを使う人間の想い。
さっきの押し問答だって、それの一部だ。
精神的に軽くなったのも事実。
ただ、たまに何というか思春期の少年が赤面するような事も教えてくれる。
所謂、猥談だ。
しかし普段はあんなでも、研ぎをしている姿は美しく真剣だ。
彼女の真摯な情熱は、拓弥には持てないモノで凄いと素直に思ってる。
「もっとマトモな人格だったらな・・・。」
「それは、私の事を言っているのか?」
大の字でぐったりしていた拓弥に上から声がかけられる。
「ん?」
「私の事なのかと聞いておるのだ。」
目の前にミントグリーンのストライプが見える。
ミントグリーン?
「いっ?!いや違います、違います。」
慌てて体を起こし、ミントグリーン天国から視野を変える。
藍色の瞳と同色のショートカットの女性。
「何を慌てておる。怪しいな。」
「慌ててなんかいません。芽衣さんが珍しく工房から出てきたから驚いただけです。」
芽衣と呼ばれた女性はノースリーブのトップスを白と黒2枚重ねてで着ていて、スカートは黒の短めのパニエだ。
お陰でうっかりミントグリーン天国を拝んでしまった。
「私だって気分転換にオマエと戯れたいと思う時もある。」
尊大な態度を取るこの女性が、最後の職人。
拵え職人の芽衣だ。
刀の鍔から持ち手の拵えまでを一手に担う。
「僕と戯れる以外の気分転換はないんですか?はた迷惑な。」
もう既に早苗にぐちゃぐちゃにされて、気力ゲージは0だ。
体力ゲージだって、あれば赤色で点滅している事だろう。
面倒な事には絶対に関わりたくない。
「ふむ。」
切れ長の目を細めて、思案にくれる芽衣。
「行動範囲内で、一番効率的な方法はないな。」
真面目に考えてはくれたようである。
「効率的ねぇ・・・。」
胡散臭さ満点という目で芽衣を見る。
「何だ?その目は?オマエはどうして何時も私に冷たいんだ?」
「冷たい?何を言ってるんですか?」
拍子抜けした。
そして出てきた単語にがっかりした。
拓弥は自分の事を意外と社交的だと思っているのだ。
今朝の道を尋ねた少女といい、早苗の時といい、三須摩様の時といい、初対面の人間でもきちんと受け答えが出来る。
決して、人に対して冷たいという事だけはないと。
「そうであろう?早苗とはあんな仲良うくっついておるのに、どうして私との会話は刺々しいのだ?」
(はて?)
頭の中で高速再生をしてみる。
主に今迄の芽衣との会話を。
(普通に会話出来てるよな?)
きちんと受け答えはしているし、口喧嘩のような言い争いもした事はない。
「そんな事はないです。考え過ぎです。」
断言した。
断言したのに何故か芽衣は、顔を俯かせ自分の唇を噛む。
「いや、刺々しい。他人行儀過ぎるぞ。」
「ないですって。大体、そもそもが他人ですよ?僕等。」
ピタリと芽衣が止まる・・・そして次に肩を震わせ始める。
「何故だ!何だ!この差は!私と早苗とどう違うというのだ!」
唐突な大噴火。
「どうと言われても・・・。」
「先に出会ったからか?!しかし源ジジとは仲良うしておるではないか?!どうしてオマエは何時も、何時も、何時も!」
拓弥には何がいけなかったかわからない。
普通に受け答えして、かつ相手を怒らせないように丁寧語で話していたハズなのに。
「あれか?!私の教え方が悪いのか?!もっと手取り足取り懇切丁寧に教えればいいと言うのか?!そうしたら情が出ると?!」
ずんずんと迫ってくる芽衣。
じりじりと後退する拓弥。
「いや、その。」
芽衣も拓弥に色々な事を教えてくれる。
源や早苗と違って、その内容は実に効率的にわかりやすく十二分に懇切丁寧だと思う。
正直、刀製作なんて科学と感覚という矛盾した世界だ。
刃を力とするならば、力を形として明確に伝え認識させる為に行うのが拵えの作業。
拵えというのは、受け継ぐ者達同士の仲立ちなのだと。
裸の剣をきちんと役目を果たすように受け継ぎ仕上げる。
そして使い手に合うように受け継がせる。
造り手と使い手を繋ぐ。
とても素晴らしい作業なのというのも拓弥は理解している。
更に造る物は外見の美しさ、洗練さが求められる。
それは、造り手のささやかな贈り物であり、使う者の高潔さ・魂を表すのだと。
「今もそうだ!何故そうも逃げるのだ!そんなに私が嫌いか?嫌いなのか?そうなんだな?!」
(芽衣さんが迫ってきて怖いからです・・・。)
とは、口に出して言えない臆病な拓弥。
「き、嫌いではないですよ、えぇ。」
流石にそれはない。
寧ろ、この店にいる人間は職人としては全て尊敬しているのだ。
「そのおざなりな言い方・・やはり嫌いなのだな!どうすればよい!どうすればもっと打ち解けると言うのだ!」
もはや、拓弥の言葉の意図などスルーで、完全に自分の解釈だ。
被害妄想に近い。
拓弥は自分に考えろ、考えるんだ!と必死に脳みそをフル回転させていた。
「あ!ほ、ほら。芽衣さんは工房に籠もる事が多いから、出入りが多い早苗さんよりは会う回数が少ないし・・・。」
実際、研ぎの早苗は包丁とかの出張研ぎもしているので、嘘ではない。
「む。むぅ・・・。」
怒濤の追撃が止む。
芽衣が何やら考え込む形で。
「つまり。内容と数に劣ると・・・。」
「早苗さんとは会うとお風呂に入るまで話してますから。」
実際は玩具にされまくって、コケにされまくっているのだが。
「何?!」
芽衣は初耳と言わんばかりにくわっと目を見開いて驚く。
「?」
「そうか。確かにそういうのも大事と聞く。」
「はぃ?」
「よし、良いだろう。風呂に入るぞ。オマエと一緒にな。来い。」
「うぇっ?!」
今の流れで何でそんな展開に?!と拓弥は混乱しまくった。
「古人の例に私も基づくとしようではないか。曰く『裸の付き合い。』というものだな。」
どうやら"早苗が風呂に入る時まで"というのを"早苗と一緒に風呂に入るまで"と勝手な解釈をしたらしい。
曲解も甚だしいのだが・・・。
「互いの背を流すのも師弟としては悪うない。」
早苗との悶着で体力ゲージ赤点滅でも気力ゲージ0の拓弥では、超必殺技連発すら出来ない。
なすがままに首根っこを掴まれズルズルと引き摺られる拓弥であった。
これで話を進める為の人物は残り3人となります。