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いつか君の名を喚んで ~題名のない物語シリーズ~  作者: はつい
第Ⅰ章:かくして彼は立ち上がる。
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かくして彼は嫌悪する。

 腰まである茶色のポニーテール。

髪の色と同じ色合いの猫目の少女がそこにはいた。


「お嬢?何時、誰がお嬢って呼んでいいって言った?」


 猫目がキラリと光る。


「早苗・・・お姉ちゃん。」


 精神的に完全に屈した状態だ。


「宜しい。拓ちゃんはビビリだから、そういうの嫌いなのよね~。」


 そう言うとひょいと袱紗に包まれた包丁を摘みあげる。


「三須摩様、これなら明日中には研ぎ上がりますので。」


 にっこりと営業スマイル。

この女性が、研ぎ専門の職人の早苗だ。


「おぉ、そうかいそうか。相分かった。早苗嬢ちゃんや、あんまり拓坊を責めんでやっとくれ。」


 さっきのは自分が悪いと、そういう主張なのだ。

全く以て人が出来た人間というのは素晴らしい。


「大丈夫よ。拓ちゃんのコトは三須摩様よりアタシのがよく理解しているから。」


 にっこりと笑う。

笑顔が猫目のせいか、凶悪な気がして拓弥は背筋が震えた。

まるで自分が獲物になったかのような感覚。

用件を済ませた三須摩を何とか拓弥は引き止めようと思ったが、それは自分の我が儘なのでぐっと堪えた。


「で、拓ちゃん?」


 三須摩が去って行くのを見てから、早苗はどっかりと拓弥にぶつからんばかりの勢いで彼の隣に座って脚を組む。

Tシャツにデニムのミニスカート姿。

ミニスカートの中からは黒いスパッツと共に細長い脚が生えている。


「まだ力がそんなに怖い?」


 早苗の腕が拓弥の肩を周り、彼を引き寄せる。

顔がくっつかんばかりの勢いだ。


「怖いよ・・・。」


 早苗が長身なせいか、すっぽり包まれたような錯覚になる。

お陰で彼女の豊満な胸と甘い匂いが拓弥の鼻をくすぐっていく。


「早苗お姉ちゃんと出会っても、ここでの仕事を見ていても怖いよ。」


 このバイトに世話になるきっかけを作ったのが、目の前にいる彼女だった。

 ある夏の日の夕暮れ。

ぶらぶらと散歩して公園を通った時、ふと変な事を思ったのがきっかけだった。

独り暮らしが始まったばかりと、唐突に起こった別れで気が滅入っていたのもある。



『別に家に帰る必要ないんじゃないか?』



 帰っても誰もいないし、学校も夏休みだ。

夏の夜も寒くはない。

キャンプ宜しく、公園で寝るという試みを慣行したのだ。

未だにどうしてそういう結論を実践しようと思ったのかは謎。

星が綺麗だなぁ・・・とお気楽気分の反面、酷く憂鬱な心持ちでいた時に早苗に声をかけられた。

そんなこんなで今に至っている。

つまり【拾われた。】そういう事だ。


「力なんて持っていてもロクな事なんて無い。あってどうするの?使うの?使って誰かを傷つけて何があるの?」


 ロクな使い道しかない力なら尚更だ。


「まだ怒ってるの?」


 早苗がゆっくりと拓弥の頭を撫でる。


「怒ってなんかいないよ・・・何を選ぶかなんて人それぞれだから。」


 拓弥は自分の頭を撫でる早苗の手を優しく払いのける。

困ったような表情を早苗はするが、拓弥だって頭を撫でられながら慰められる理由なんてない。


「選択肢があって、アイツがそれを選んだのは間違いじゃないし、僕に邪魔する権利も止める権利もない。」


『誰かを守れる力なら素敵じゃない。』


 そう言って自分と別れた少女の台詞を思い出す。


「力なんて振るう人間の心次第ってのもわかるよ。でも、僕は力っていう無軌道の存在が怖い。」


 心が力に指向性を与えてるモノならば、指向性を与えられる前の純粋な力、その本質への恐怖。


「人は誰でも範囲が決まってるのよ。守れる範囲、壊せる範囲。」


 この問答だって何度も何度もやっている。

拓弥だって理解している。

でも、何度も何度もこのやり取りをしないと拓弥の精神は不安定になってしまう。

それを理解しているから拓弥は大人しく聞いている。

それを理解しているから早苗は話を続けている。


「それが紙切れだったり、人だったり・・・世界だったり。」


「わかってる。でもさ、わざわざ使えるようにならなくたっていいじゃないか・・・。」


 力があるらしい。

それだけでいいじゃないか。

わざわざ力を使いこなせるようにならなくても。

力を選ばなくても。


「それでも彼女は"マイト"の道を選んだんでしょう?」


「だから選んだ事はもういいんだよ。でもさ、わざわざあんな鳥籠のような所へ行かなくても・・・。」


「んふふ~♪」


 唐突に早苗が楽しそうに笑みをこぼす。

早苗は理解している。

彼女を無理に"アイツ"と呼ぶ少年。

彼は別に"マイトの道を選んだ"少女を怒っているのではない。

"自分を選ばなかった"少女に悲しみを覚えているのだという事を。


「何さ?」


「うりゃっ。」


 唐突に拓弥は早苗に押し倒され、思い切り抱きしめられた。

顎辺りに当たる柔らかさが、気持ち良いのか悪いのかわからない。


「じゃ、アタシが拓ちゃんを選んでアゲル♪」


「わっぷ、冗談ヤメテ。すり寄るな!うわっ何処触ってんの!ちょっ!!」


「良いでわないか、良いでわないか~♪」


「なんなんだよー!!」


 今日は本当についてない。

ちょっぴり泣きそうな月臣 拓弥 15歳。

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