かくして彼は勤労に励む。
「全くなんなんだよ。」
学校では教師に叱られ、下校時には知らない人に詰め寄られ。
「なんなんだよ・・・。」
半ば八つ当たり気味に逆ギレしたのは悪かったと思うが、何でこんな事になったかと思い直す。
だが、一向に自分が至らなかった点が思いつかない。
最初は自分の意見を主張しただけだ。
次はきちんと聞かれた事を答えただけなのに。
もう考える労力も使いたくない気分になってきていた・・・。
「ちわー。」
思考を放棄しつつ、バイト先に足を踏み入れる。
彼、月臣 拓弥の説明をしよう。
年齢は15歳。
受験生のハズの中学3年生だ。
親は平凡なサラリーマンで、海外赴任している。
万年新婚夫婦という言葉がぴったりな二人は、揃って行ってしまった。
拓弥だけが日本に残った理由は、受験生だから。
という事になっている。
なっているというのは、その頃色々あって何の気力も湧かなかった。
それが理由だ。
今は、ダラダラと独り暮らしを謳歌している。
謳歌しているといっても食事やら何やらは、このバイト先で全て済ませてしまっているので、特に支障はない。
「おぅ、坊。来て早々悪いけれど、表に来た荷物を蔵に入れてくれねぇか?」
「あいよー。」
拓弥のバイト先は、老舗の金物屋だ。
金物と言っても、元々は刀剣を鍛える刀鍛冶で今現在もそれを行っている。
仕事の内容は幅広く、刀から包丁まで。
研ぎも拵え造りの職人もいるので、本当に仕事の幅は広い。
先程、彼に声をかけたのは"叩きのおやじ"と拓弥は呼んでいる男だ。
その通称の通り、担当は刀鍛冶だ。
「正直、何も考えずに体動かす方がいいよな。」
体力は減るが、精神的な疲労よりは全然いい。
何より目に見えて何かが変わっている所が良い。
非常に生産的だ。
「しかし・・・不思議だ。」
拓弥は自分が運んでいる麻袋の中身を眺める。
彼が運んでいるのは、刀鍛冶の炉の燃料となるものと刀の素材だ。
「こんなちっこい塊が幾つかで、あんな鋭い刀になるなんて・・・。」
背筋が震える。
(・・・ダメダメ。)
どうも拓弥は、物事を深く考えるのは向いてないらしい。
考え込むタチなのは自覚しているが、それを始めると精神的に良い方向に進まない。
ショートして逆ギレする事も多々ある。
学校からの出来事を考えればわかるだろう。
さっさと言われた仕事をこなす事にした。
幸いに量はそんなに多くはない。
一つ一つがハンドメイドで時間と労力を使う。
一度にそんな大量に仕入れる必要はないからだ。
「終わったよー。」
「ほんじゃ、店番を・・・坊?」
頭に手ぬぐいを巻いた上半身裸の筋肉質の男が、薄茶色の目で拓弥をまじまじと見る。
筋肉質といっても筋肉がついているのは鎖骨付近から先が重点的だが。
これが叩きのおやじこと源さんだ。
皆、こう呼んでるので拓弥は彼の本名どころかフルネームも知らない。
薄情と言ってはいけない。
刀鍛冶は本名じゃなく刀工としての名があり、そっちの呼び名の方が通用するし、その名を日常の生活で使うのが常識だからだ。
「坊、また変なストレス溜め込んでるなぁ?深呼吸してみ?」
指摘通りなので、言われた通りに深呼吸。
「はい、吐いて~吸って~止めて~。叫ぶ!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
工房内に拓弥の絶叫が響き渡る。
鍛冶をする工房は日がな鋼を打つ音や声が聞こえるので、大声出しても特に問題はない。
ご近所さんには悪いが、この店の方が今のご近所さんより遥か昔からあるのだから半分諦めてもらってる。
「ふぅ・・・。」
「ま、坊は難しい年頃だからな。」
腕を組んだまま、うんうんと頷く源さん。
「すんません。」
「坊は、何でも真面目に考え過ぎるしなぁ。一度思い込めば真っ直ぐなんだが・・・。」
「それって、バカって意味じゃ・・・?」
「馬鹿っていうのが、全て悪いわけじゃあんめぇ?」
顎を撫で擦りながら、な?と同意を求めてくる。
全く以って、その通りだ。
「店番してきます・・・。」
叫んだだけじゃ全部が全部吹き飛ぶワケじゃないが、それでもこのバイト先は居心地がいい。
学校や誰もいない部屋とは全然違う。
彼女のいない場所とも。