こうして彼は送り出される。
少し駆け足気味に・・・。
「はぁ・・・。」
食堂でブチギレた後、拓弥は午後の授業が始まってから何度目かの溜め息をついた。
我ながら、プッツンする経緯に至る迄の短絡さ加減にだ。
(まぁ・・・当事者と立会い人の以外誰もいない場所に出来ただけマシか。)
食堂でのやりとりを回想して、また溜め息をつく。
『あぁ、その代わり条件をつけますよ?』
『条件だと?』
『だって、わざわざリベンジを受けるんですから、タダってワケにはいかないと思いません?』
これを言いたかった為だけに、手合わせなどという無駄に力を使うコトをするのだ。
『僕が勝ったら、一つだけお願いを聞いてもらいますよ?大丈夫です、あんまり無茶なコトは言いませんから。』
『私が勝ったらどうするのだね?』
『んー、それじゃあ、舎弟にでもなりますよ。本当はこの学園を去るってのにしたいんですが・・・。』
流石に瑠璃会長に却下された。
滅多な理由では、この学園から退学するコトは出来ないのだ。
そのまま放課後に、瑠璃会長立会いのもと、他者を差し挟む事を無しで手合わせする事になったワケだ。
「はぁ・・・。」
「全く、短気は損気やで?」
拓弥の光景を眺めていた飛鳥が、呆れた声で溜め息を遮る。
「う~ん・・・これでも目立たないようにやってるつもりなんだけれどなぁ。」
「充分に目立っちゃってるって。」
更に追い討ちで呆れた声をかける花鈴。
「わかってはいるんだけれど、その、短気云々ってトコ、飛鳥には言われたくないなぁ。飛鳥、短気でしょ?」
「う・・・うっさいわい!」
「あはは、大正解。」
大爆笑する飛鳥以外の二人。
「ま、自業自得だから、しょうがないや。」
ぐぅの音も出ないというのは、この事だ。
「そうやな。コレに懲りたら、自分以外の事で腹立てるのヤメや。得にならんで。」
「あぁ・・・。」
怒った原因の半分以上を見抜かれていた恥ずかしさに、思わず俯く。
寧ろ、そっちの方が拓弥にとっては恥ずかしいというか、大問題だ。
「え?ナニナニ?」
「いや、な、そこは武士の情けにしといたるわ。」
オマエ武士でも何でもないだろ、つか、日本人でもないだろ。と張り倒したくなるのをぐっと堪える。
「別にそこはいいんだよ、そこは怒る所なんだから、うん。」
そこまではきっと間違ってない。
間違ってないハズだと自分に言い聞かせる。
「いっそ、バックレちゃ・・・ダメだ、会長がいるんだっけ・・・あぁ、でも会長どうでもいいしなぁ、僕。」
「今、サラリと酷い事言った自覚あっか?」
拓弥は、敵味方、赤の他人の区別がはっきりくっきり分かれ過ぎている。
わかり易いと言えば、わかり易いが、ある意味そこが怖いと飛鳥は、顔をヒクつかせる。
(今のトコ、味方側で良かった・・・と、言えるんか?)
果てしなく謎である。
「あぁ・・・うぅ・・・う~ん・・・やっぱり、正々堂々玉砕してくるかなぁ・・・。」
結局、放課後になってもずっとこの調子で唸り続けていた。
当事者の拓弥はともかく、飛鳥と花鈴がリアクションに困るのは、当然だった。
「とりあえず、行ってくるわ・・・二人共、また明日ね。生きてたら。」
「縁起悪い事、言うなや。」
「えー?私ついていこうと思ってたのに~。」
「ヲイヲイ。」
当事者ではないが、拓弥が怒っていた理由の一端は自分達にあると知っている飛鳥は、そっとしておくべきだと思っていた。
助けを求められたらのならば、割り込んで有耶無耶にするのはやぶさかではないが。
しかし、自分の相方のこの能天気な言い方には、脱力した。
「ごめんね、花鈴。何であれ、僕が力で誰かを傷つけるかも知れないのを二人には見られたくないんだ・・・。」
見せ付ける為の力ではない。
そう思っている拓弥にとって、これは愚かな行為であり、愚の骨頂とも言える。
だから見られたくないし、二人に嫌われるのは、何故だか嫌だった。
(この二人は・・・居心地がいいんだ・・・。)
ほとほとぬるま湯を見つけて浸かるのが好きだな自分。とやや自嘲気味になる。
(僕は、温泉につかってうっとりしてる猿か?)
相変わらずの発想の貧困さである。
「まぁ・・・えぇわ。ワイはこのKYな娘ッコを抑えて説教しとくさかい。」
何もかもわかったと言わんばかりの飛鳥は、速攻で花鈴の首に腕を回し、軽いチョークスリーパー状態で拓弥に手を振る。
「ちょ、ちょっと何ソレ!何時私がKYなコト言ったのよ!」
「その発言自体がアウトー、残念でした。」
くぃっと腕に力を込める飛鳥。
「ほら、はよ、いってこーい。骨は拾ってやるさかいー。」
にへらっと微笑んだ飛鳥の頭に軽いチョップをカマしてから、拓弥は教室から出る。
「あ。」
教室の扉を出た目の前には、瑞穂がいた。
よりにもよって、このタイミングでである。
(KYがもう一人・・・。)
飛鳥は、拓弥の不幸さ加減に苦笑する。
予想外の出来事だったのだろう、口をパクパクする瑞穂に同じように苦笑する拓弥。
「・・・じゃ、またな。」
帳にボコボコにされるかも知れないと一瞬だけ思った拓弥は、なんとなく彼女にそう呟いて教室を去って行った。
「・・・何が知らない人や、あのアホ。」
飛鳥の呟いた声は、拓弥に届くコトは無かった。