こうして彼は揺らされる。
「拓弥!起きろ、メシの時間やで!」
拓弥の身体をわっさわっさ揺らす飛鳥。
「手ごわいやっちゃな、おらー、起きれー!」
更にわっさわっさ。
「飛鳥、乱暴だよー。」
身体全体が揺らされまくっているというのに拓弥は、一向に起きる気配がない。
「起きないコイツが悪いねん。」
「まぁまぁ、たーくん、朝だよー、おっきしよー?」
まるで子供にでも言うような口調で、耳元で花鈴が優しく囁く。
「・・・早苗お姉ちゃん、今日学校サボるからだいじょ・・・ぶぅ・・・。」
もそもそとするが、再び動かなくなり止まる。
「誰やねん・・・てか、サボるから大丈夫ってヲイ。」
全く知らない名前が挙がって、溜め息をつきつつも突っ込む。
何やら、突っ込みは必ず入れないといけないという脅迫観念でもあるのかと思われるくらいだ。
「起きないと、布団はいじゃうぞ。」
「芽衣さん、ヤメて・・・。」
また全く知らない名前。
「また女の名前や。しかも、お姉ちゃんじゃないやんけ。」
コイツは一体何者だと、言わんばかりに飛鳥が拓弥を睨む。
「はよせんと食う時間が・・・。」
既に教室には人がほとんどいなくなっている。
皆、食堂か購買に行ってしまったからだ。
「置いてくでー。」
駆け足準備中と言わんばかりで、その場駆け足を始める飛鳥。
「可哀想でしょー、第一、ご飯食べるトコの場所知らないかも知れないでしょ?」
「あぁ、そうやった。流石にそれは鬼やな。」
花鈴に言われて、律儀にも拓弥を置いていく事から、叩き起こすべく方針転換。
何だかんだ言って、イイヤツなのかも知れない。
「一発、ゲンコかまして起こすか?」
「本当、乱暴。」
かと言って、二人で喧々諤々しているだけで時間は過ぎていく。
暴力的な衝撃はなるべく与えたくない二人なのだが・・・。
「たーくん?お昼だよ?早く起きて食べてくれないと泣いちゃうよ?」
「?」「?」
二人で途方にくれていた矢先に違う声が、かけられる。
教室の入り口から声をかけながら、拓弥の席に近づいて来る少女。
瑞穂だ。
「起きないと、全部食べちゃうんだから。」
-ガタンッ-
「うぉっ?!」
机を叩きつけるような大きな音をさせて、唐突に立ち上がった拓弥にいちいちリアクションする飛鳥。
目標の一発で起こす事が成功したのはいいのだが、そこから拓弥が固まる。
誰とも声を出さないまま十数秒。
「腹減った。」
「ようやくかぃっ!」
本当に律儀な男、エセ関西人飛鳥。
「花鈴、お昼食べに行こう。」
唐突に思いついたかのように花鈴の手を取る拓弥。
「あっ。」
「早くしないと、お腹が空き過ぎて僕、全く動けなくなる。」
瑞穂に目も合わせずにぐいぐいと花鈴の手を引く。
早くこの場から去りたいと主張するかのように。
「わっ、わっ、たーくん、そんな引っ張らないで、ちゃんと行くからー。積極的過ぎー。」
よく事態を理解しないままの花鈴と、教室から移動しようとする拓弥を眺める瑞穂と飛鳥。
「って、ワイを置いていくなドアホー!」
思わず見送りそうになって、二人の後を追おうとするのだが、ふと二人を見送るもう一人の存在を見る。
(確か・・・ランク入りの・・・。)
飛鳥の記憶の中に、見覚えのある顔だった。
勿論、顔見知りではなく、飛鳥が一方的に知っているだけなのだが。
「飛鳥ー、はやくぅー。」
「お、おぅ!」
寂しそうにこちらを見ている瑞穂の視線を背に受けながら、飛鳥は二人の後を追う。
ぽつんと、一人残された瑞穂は、泣きたい気持ちで一杯だった。
もし、ここが学園の校舎内でなくて、周りに誰一人いないのならば、泣いていたかも知れない。
「また・・・目も合わせてくれなかった・・・。」
その声だけが、瑞穂の胸にリフレインされていった。
正直、瑞穂は本当に女性から嫌われるタイプだと思う・・・。