かくして彼は力の意味を知る。
祝!Ⅰ章完結。
つか、もうダメダメなのは理解している。
自分でもこんなグダグダな展開になるとは・・・。
「海嘯の如く圧し寄せ!」
激突音が響き渡り、帳の足元に押し寄せた水が彼の踝までを濡らす。
「たっくん・・・。」
瑞穂の前に居たのは拓弥だ。
凛は何が起こったのか把握出来ていないかのように呆然としている。
凛が動いていないという事実。
つまり、先程の現象は拓弥が引き起こしたという事になる。
(たっくんが・・・キャスター・・・?)
瑞穂が彼の服の袖に手を伸ばそうとした瞬間、拓弥は目の前の相手に向かって一直線に走り出す。
「なんなんだよ、オマエ等!結局、力を手に入れてコレかよ・・・だから大嫌いなんだよ!」
もう全部諦めて、ヘラヘラ笑って、そして愛想良くするのもうんざりだった。
この下らない現状を見ていて、自分を抑えて生きていたのが馬鹿らしくて仕方ない。
自分がやっていた八つ当たりなどよりも、よっぽどコイツ等の方がタチが悪いじゃないかと。
「ただの一度、私の力を受け止めたから何だと言うのだ!私は優秀なキャスターなのだ!」
帳は新たな力の精製を命じる。
しかし、拓弥はそれに構わず、更に走るスピードを上げる。
「オマエだって!"オレ"と同じのただの人間だろ!」
<そう、何処まで先に行こうとも、人は正しく人間だ。>
拳を硬過ぎず、柔らか過ぎず握る。
脳裏に大好きな3人の顔が浮かんだ。
構えは教えてもらった半身。
腰と背の筋肉を柔軟に使って捻って、溜めた力は次の突き出しにきちんと受け継ぐ。
突きは真っ直ぐに鋭く身体ごと押し出すように一点、帳の顔面に向かって・・・突き通す!
まさかの肉体的攻撃に精製・解放が間に合わず、もんどり打って帳が倒れてゆく。
じんじんと帳を殴った自分の拳が痛い。
だから拓弥は理解しているのだ。
「自分が痛みを感じない戦いの力なんて、オレは絶対認めない!」
呼吸も荒く、倒れて気絶している帳を見下ろす。
次に彼を取り巻いている人間も。
キャスターがいなければ、マイトはただの人。
その逆も然り。
もはやその場にいる誰もが、戦闘意欲を失っていた。
「たっくん・・・。」
瑞穂は拓弥に駆け寄ろうと一歩踏み出した瞬間、彼はあたかもそれから逃げるように、一目散に雨音に向かって駆け出していた。
「雨音さん、大丈夫?痛い?こんなに赤くなって・・・。」
本来の肌が白いせいか、腫れた頬の赤味がくっきりと、いっそう痛々しく見える。
それでなくても女性の顔だ。
恐る恐る彼女の頬を拓弥は無意識に撫でさすっていた。
「あっ、あの!拓弥さん?!」
戸惑う雨音の声を拓弥は全然聞いていない。
きちんと抗議して拓弥の行動を止めさせたかったが、自分の頬を撫でる彼の拳が赤くなっているのを見て口を閉じた。
その様子を見ていた瑞穂は、戸惑うと同時に面白くない感情が広がる。
「天晴れ!!」 「はひ?」
突然、神社の境内に響き渡った声にようやく拓弥が止まる。
拓弥の自分を撫で擦る行為も止んだ事に雨音はほっとした。
「三須摩様・・・に、早苗さん!」
「早苗"さん"?」
「う・・・早苗お姉ちゃん。」
「よろしい。」
こんな状況でも訂正させる事を求める早苗。
「何で、こんな所に・・・?」
「拓ちゃんが自分で言ったんでしょ?三須摩様に頼まれた仕事やれって。」
「あ・・・。」
言った。
確かに言った。
「拓坊。力は恐怖すべきモノ。しかし、振るわざるをえぬ時もある。ならば振るうに恐怖より強い意味・理由を持たねばならん。」
真剣な顔で拓弥を見る三須摩。
「恐怖を乗り越えて、力を振るう意義はわかったようじゃな?」
「多少は・・・。」
しばらく雨音を、彼女の頬を見た後にそう答えた拓弥の言葉に三須摩は頷く。
まだ拳は彼に鈍い痛みを伝えている。
「それは拓坊だけが持つ理由と意味じゃ。他の誰にも通じんかも知れん。じゃが・・・。」
「力が怖い。それでもいいんじゃないの?拓ちゃんは拓ちゃんなんだしね。とりあえず、一歩前進おめでとう。」
「一歩前進て・・・。」
あっけらかんと言い放つ、いつも通りの早苗の姿に振り切り気味だった気力ゲージが音を立てて下がっていく。
「ん?それとも入学おめでとうのがいい?」
「へ?」
「だって、キャスターの力を使っちゃったじゃない?みんなの前でドハデに。しかもほら?」
早苗はちゃんと確認して見ろと言わんばかりに帳を指差す。
もんどりうったまま、ピクリとも微動だにしない。
「いやいや、見事に気絶しとるのぉ。」
ほっほっほっと笑って事実を軽く流す三須摩。
でも、事態は既に軽く流す状態じゃなかった。
未修練(という建前)のキャスターが、学園の修練をしているキャスターをブッ飛ばした。
本当は拳で殴り倒したと言っても、誰も信用してくれないだろう。
逆に力で捩じ伏せたと言っても誰も信用してくれないと思うが、前者より説得力がある。
大体、キャスターの力を使った事は事実だ。
学園に行く前の瑞穂の時のように未発達の才能の発覚と違い、完全に力を発動させたのだ。
故に・・・。
「僕も・・・学園行き?」
「そゆコト。」
「選択肢は?」
「ここにいる全員が口をつぐむ・・・と、思う?特にアタシ。」
にんまりとサディスティックな笑みを浮かべられた。
「と、瑞穂ちゃんも。」
「何で、そこで瑞穂?」
拓弥は瑞穂の名前が挙がった事が面白くない。
寧ろ、今の今まで彼女がこの場にいる事を忘れていたかったくらいだった。
「だって、幼馴染の拓ちゃんが一緒の学園に通うのよ?願ったり叶ったりじゃない?」
ね~?っと瑞穂を見る早苗に瑞穂を思いっ切り睨む拓弥。
「はぅっ。」
視線に耐え切れず、瑞穂は縮こまる・・・特に拓弥に睨まれるのが耐えられなかった。
「拓ちゃん的にも嬉しいでしょ?あ、それとも、雨音ちゃん・・・だっけ?彼女と一緒に学園に通えるって方のが嬉しい?」
「はぁ?」
拓弥の気力ゲージの下がり具合が止まる事を知らずに0に近づいていく。
「まぁ、冷静に比べたら後者かな、外見的にも。」
グサッと本人だけに聞こえる音がして瑞穂が固まる。
気力ゲージは、例のツン状態まで下がったらしい。
「えっ?!」
雨音が驚きの声を上げた。
「もー、浮気はダメよん♪」
"超面白い♪"と顔に書いてある早苗が、嬉々として拓弥の頬を突っつく。
「何、馬鹿なコト言ってるんだか・・・早苗さんは僕のお姉ちゃんでしょ、"僕の"。」
「うっわ、出た!ツンからのデレ!」
芽衣が居たら、ドス黒いオーラ全開で詰め寄ってくるのが確定の発言だ。
「だから、ナニ?ソレ?」
ほとほと呆れ果てて、反論する力も抜けてきた。
「無意識だから怖いよね~。ま、とりあえず、後の処理は~。」
「うむ。委細、こちらで引き受けよう。」
三須摩様が快く引き受ける旨を告げる。
「さっすが三須摩様。今回の研ぎサービスしちゃう♪」
「それはそれは、太っ腹じゃの。いや、しかし・・・若いというのはいいのぉ?」
(・・・もう・・・好きにして・・・。)
気力も尽き、途方に暮れた少年はずるずるとその場に蹲るのであった。
次回!(あれば)学園編!