第9話 モブサブの事故物件?
⑨
最後の物件は、繁華街から馬車で十分以上離れた場所にあった。徒歩なら三十分くらいだ。
それだけ離れるとやはり、かなり人通りが少なくなる。大きな街だから全くなくなるなんてことは無いにしても、都会の人間がイメージするような田舎の駅周辺程度だ。
「本当に、本当に! ここは勧めませんからね?」
「分かってますよ。この件であとでクレームを入れたり、悪評を流したりなんてことはしませんから」
えっと、聖命会で誓う言葉はたしか……。
「もし嘘なら、死んでも聖命の樹には帰りません」
「……まあ、そこまで仰るなら大丈夫でしょう」
合ってたか。
聖命会だと、死者の魂は聖命の樹に帰り、そして再び生まれなおすと信じられてるってストーリーで言っていた。アンデッドは聖命の樹に帰られず死にきれなかった存在って話だ。
だから今の言葉は、神に誓ってだとかと同じようなニュアンスの強い誓いになるらしい。
これを知らないと難易度が割とはっきり上がる分岐があったんだよな。オンラインゲームなのに。
さすがに後で修正されたけど、当時はそれで炎上してたのを覚えてる。懐かしい。
「敷地はこの石垣の内側全部です」
「……セフィア、どう思う?」
「広すぎて怖いです。あの値段なら、この十分の一でもいいですよ」
だよなぁ……。
何かしら事情があって安くなってるにしても、せいぜいコンビニサイズ、それこそこの商人の店くらいの建物を建てるのが精一杯って程度を想像してた。
でも実際はこれだ。ちょっとした公園が作れるくらいには広い。それに、屋敷一歩手前くらいの大きな建物もある。妙にボロボロで幽霊屋敷じみてはいるが、十分立派だ。
「アルゴスさん、やっぱり止めた方がいいんじゃ……」
「……いや、もう少し見てみよう」
実を言えば、この場所にはちょっとした心当たりがある。
ゲーム時代と全く同じとは限らないから、まだ確信は持てないんだが、もし思ってるとおりなら凄まじい掘り出し物物件だ。
「案内をお願いしても?」
「はぁ。分かりました。これも仕事です。腹をくくります!」
そこまでか。少し申し訳ないな。
まだ少しビクビクしてる商人に連れられて石垣の内側に入る。途端、空気が重くなって若干呼吸がしづらくなった。商人は何も感じていないようだが、セフィアの顔色が少し悪くなったように見える。
建物は、思ったよりも大きいな。土地が広すぎるせいで錯覚を起こしていたらしい。
こうなると、別の問題が出てくるか。
「目立ちそうだな……」
「まあ、ここを買えば色んな意味で目立つと思いますよ。どうします? やっぱり見学やめます?」
そんなにここの案内が嫌なのか。声音がどこか嬉しそうだ。
「いや、このままお願いします」
「そうですか。分かりました……」
商人ならもう少し隠した方がいいんじゃないだろうか。それとも本気で嫌だからわざとアピールしてるのか?
「入り口はこちらです。鍵はかかってないので、そのままどうぞ」
「不用心ですね」
「こんな所、誰も入りませんよ。浮浪者の類いですら」
やっぱり凄く目立ちそうだ。
だが、妬まれたりやたら仕事を増やされたりするわけじゃないし、最初だけだろうから辛うじて妥協できはする。本当に、辛うじてだが。
玄関から一歩入ってみると、埃っぽい空気に鼻がむずむずした。もう長いこと手入れをされていないようで、ぱっと見ただけでも痛んでいるのが分かる。
ただ、広さも十分でなかなかに使い勝手の良さそうな玄関だ。他も似たような感じだとすると、住みやすい家だと思うんだが。
「建物は二階建てで、一階にリビングとキッチン、ダイニングと、お風呂、それから空き部屋が二つあります。二階は個室が五部屋あるので、広々と使えるかと。トイレは一階二階の両方にあります」
……まさか玄関で全て説明されるとは。これまでは順番に見せながら丁寧に説明してくれたんだが、よほど入りたくないらしい。
「えっと、一つ一つ案内してくださることは……」
「危険なので勧めません」
ふむ。
ああ、なるほど。これは酷い。思った以上だ。
「セフィア、この柱を見てみろ。凄まじく痛んでる。いつ倒壊してもおかしくないぞ」
「えっ!? ……本当ですね」
痛んでいるのが表面ばかりならどうとでもなったが、大事な柱すら中までボロボロだ。
風化、というよりは腐食か? 妙な薬でもかけられたようにグズグズになっている。
「これは、まるまる建て直さないとダメだな……」
「無駄だと思いますよ。建て直しても、すぐこうなってしまうのです。この建物だって、ひと月前に建てたばかりなんですから」
なるほどな。それであの値段か。
「何が原因なんでしょう?」
セフィアの考えてるとおり、原因さえ分かれば対処できるかもしれない。でも、破格の値段で売ってることが答えだろうな。
「分かりません。一説には、神に逆らった者が住んでいた故に土地ごと呪われた、なんてものもあります」
若干怯えてるところを見ると、完全な与太話だとは思っていないらしいな。それは商人としても手放したくなる。
しかし手放せたとして、そんな物件を売りつけられたと騒がれたら信用問題だ。勧めてないと繰り返すのも仕方ない。
「一応裏手には工房もあるのですが、似たようなものです。この家よりは少しばかりマシなので、入っても問題ないとは思われますが……、行きますか?」
「いえ、必要ありません」
それより、確認しないといけないことがある。
「ところで、やたら早く建物が駄目になるのが石垣で囲われてる範囲、ということで良いですか?」
「はい。まさにその通りです」
やはりそうか。敷地がやたら広いから、そうなんだろうとは思っていたが。
なんにせよ、これで九割がた確信をもてた。ここは思っていた通りの場所だ。
さて、ならどうするか。
立地としては、最高だ。静かで、工房を作れるだけの土地があり、セフィアの店からも裏道を通れば徒歩五分ほど。回り道の必要な馬車でも、変わらないくらいの時間で移動できる。
値段も安い。予算内で同じ物件がいくつも買えるくらいには。
ただ、目立つ。確実に悪目立ちする。
変人か、バカか。なんにせよ、呪われた近づかない方がいい相手と思われる可能性がある。
それで困るのは買い物だ。まあこれは、最悪少し遠出すればいい。
一番の問題は何事もなくしばらく暮らした後だ。こんな広いところに住むとなると、成功者と見られてやっかみを受ける可能性がある。
これらを天秤にかけると、目立つというデメリットが勝つ。勝ってしまう。
もしここにするなら、それ以上のメリットが必要だ。
「アルゴスさん、ここは正直、止めた方が良いと思います」
セフィアが理知的な紫色の目に憂いを浮かべて見つめてくる。商人も同意するように、何度も首を縦に振っていた。
たしかに、二人からすれば、ここは選ばないのが賢いんだろう。
間違っていない。間違っていないが、それは普通ならの話だ。
「決めました。ここを買います」
「うんうん、それがい――ええっ!? 正気ですか? 売り手の私が言うのもなんですが、後悔しても知りませんよ?」
「はい、大丈夫です」
なんて言ったって、俺にはゲーム時代の知識がある。職人サブとして技術もある。
それに、アルゴスの夢を叶えるために、ここにはこれ以上ない最高の条件が揃っている。これ以上があるとすれば、もっと先のバージョンで行く世界だ。
なら、一時的に目立つことも許容しよう。
俺自身の逃避よりも、アルゴスの夢の成就が大事だから。




