第6話 モブサブのミラディス到着!
⑥
しかし工房か。諸々を考えたら個人工房がベストなんだが、そもそも何の信用もない平民がいきなり買えるもんなのか?
最悪、土地そのものか庭付きの物件を買って自作すればいいと思ってたが、よく考えたら法律的に問題がある可能性もある。
エルダスはどういう想定でこの街を勧めたのか。確認しておくべきだったな。
「アルゴスさんも宿でしたよね」
「ん、ああ。住むところが見つかるまではな」
「それじゃあこっちの方ですね。行きましょうか」
一つ頷くと、街の奥、湖のある方へ馬車が動き出す。ガタゴトと車輪が鳴らすのは大通りに敷き詰められた石のブロックだ。前を見ればゲームの頃の記憶通りに木造の家々が建ち並んでいて、ハースグロウの時とはまた違った妙な心地を覚える。
建物の土台だけ石なのは、耐久性が理由だったか。あの割と急な三角屋根に使われている瓦も、たしか同じ理由でモンスターの甲羅を使ったものだったはずだ。市壁の上から見ると綺麗な赤がずらっと並んでいて、スクショを撮りたくなったのを覚えている。
「相変わらず凄い人です。自分の足で歩くとなると大変ですね」
「だな。必要な時以外は使いたくない道だ」
セフィアも来たことがあるらしいな。まあ商人として成功した貴族なら当然か。ここにはあらゆる物が集まるって話だからな。
何せ、複数の迷宮がある土地だ。街の中央にある大迷宮の他にもいくつか小さな迷宮があるから、一攫千金を狙う商人や傭兵、さらには彼らを相手にする職人と多様な人が集まる。
人が集まればそれだけ物が必要になるし、迷宮からも色んな資源が手に入る。なんなら大迷宮のある湖も特殊な鉱石が採れたはずだ。最初のストーリーの中盤から終盤にかけてお世話になる素材だったから、嫌になるくらい拠点と湖を往復した覚えがある。
エルダスたちのことを考えたら、当時のNPCもどこかにいるんだろう。彼らにゲームの頃の記憶があるなら、工房探しも手伝ってもらえたかもしれないな。
あ、いや、そうか。セフィアに聞けばいいのか。元貴族って違いはあるが、最悪、調べるとっかかりになる情報でもあれば十分だしな。
「一つ聞いていいか?」
「なんですか?」
「この街で家を探すのに必要な手続きはあるか?」
もう少しあれこれ具体的に聞いた方がいいんだろうが、本当に何も知らないからな。常識の類いもさっぱりだし、質問攻めになるのは避けたい。
「そうですね。せいぜい住民登録くらいでしょうか。この街なら傭兵ギルドか教会に届け出れば大丈夫です」
教会っていうと、聖命会か。ゲームの頃の通りならだが、ユグクロのシンボルだった聖命の樹ユグロトを信仰してる宗教だ。
そういえばこの街は傭兵ギルドと聖命会で治めてるって設定だったか。
「もしかしてですけど、伝手は何も無いんですか?」
「ああ。急な話だったのはあるが……」
「つまり、あのマスターエルダスにそれだけ腕を信頼されてるってことですね。凄いです!」
そうなる、のか?
エルダスの場合、世俗に若干疎いだけの可能性があるのがな。基本的には鍛治一筋の人間、いやドワーフだし。
「それじゃあ、その、明日にでも私がお店探しでお世話になった方を紹介しましょうか?」
「いいのか?」
助かるが、自分の店の用意なんかもあるだろうに。
「はい! どうせ使用人、じゃなくて従業員との合流は明後日ですし」
「なら、甘えさせてもらおう」
「任せてください!」
妙に張り切ってるのは、ワイバーンの時の恩返しだとでも思ってるんだろうか?
だったらどうして、もじもじしてたのかは気になるが……。
まあ、まだ大学生くらいの歳に見えるしな。勝手なイメージ、貴族令嬢なら誘う側に回ることも少なさそうだと思えば、誘い慣れてないだけな可能性が高そうだ。
アルゴスの見た目だと歳の近い異性ってことになるから、尚更に。
「何にせよ、今日はゆっくり休みたいところだな」
「長旅でしたからね。正直、へとへとです」
幌馬車での旅となると異性を誘うよりよほど慣れてないだろうしな。
俺も体力的には問題ないが、精神的には少し疲れた。体ばかり若返っても、心がついてこない。
昔よく読んでたラノベだと心が体に引っ張られるなんて話もあったから、そのうち馴染むのだろうか?
だとしたら若気の至りのような失敗には気をつけよう。この世界はたぶん、地球よりずっと命が軽い。
それから宿までは、どんな家が良いだとか、何を作るのが得意だとか、主にはセフィアの質問に答えるような雑談をして暇を潰した。もちろん一方的に話すようなことはしていない。
人混みを抜けるのに時間がかかると思っていたが、彼女のおかげで冗長には思わなかった。
俺自身、自分で思っているよりも楽しんでいたらしい。
「それでは、また明日の朝にフロント前で」
「ああ。また明日な」
宿の階段を上がり、それぞれの部屋に向かう。渡された鍵と同じ番号の扉を開けば、ベッドと小さなテーブルに、同じく小さな椅子があるだけの簡素な部屋があった。一応絨毯も敷かれている。
「また明日、か」
言葉そのままの意味で、お疲れ様です以外の挨拶を交わしたのはいつ以来だったか。
もう思い出すのも難しいが、はっきり自覚できるくらいに穏やかな表情をしているのは、この部屋の掃除が行き届いていたからだけではないだろう。




