第5話 モブサブの耐久力!
⑤
ずいぶんスキルで気配を捉える感覚が分かってきた。
方向は、あっちで距離は……カロックの索敵圏内にももうすぐ入るか。
「右方上空にモンスターの気配! やっぱり来たぞ!」
「セフィアさん、馬車を止めてその影に! アルゴスさん、馬車内から例のポーションをお願いします!」
そろそろ来るだろうとは言ってたけど、ドンピシャだな。
ケインの指示に従い、箱いっぱいに詰まった魔法毒解毒ポーションを運び出す。
セフィアは、馬が怯えて暴れないように金縛りの魔法をかけているらしい。
打ち合わせ通り、神官のリリエのところにポーションを持って行くと、ちょうどヤツは現れた。
青く硬い鱗に覆われた巨体で、自由に空を飛ぶ竜。ワイバーンだ。
その体格は、以前ケインたちを助けたときの個体の倍はある。
おそらく親なんだろう。姿の見えなくなった子供を探して、暴れ回っているんだ。
やはりケインたちには辛い相手。
だが、事前に情報を掴んで備えていた彼らに憂いは無い。
「アルゴスさんも、ちゃんと隠れててくださいね!」
「悪いが、頼んだぞ!」
「はいっ、任されました!」
こちらを睥睨し、そして向き直ったワイバーンの成体が、空中にいるまま咆哮を上げた。
鼓膜が破けそうなほどの声量だ。
「リリエ!」
「はいっ、行きます!」
彼女の投げたポーションがワイバーンの翼を濡らす。
直後、バランスを崩して、一気に落下した。
高さの問題で土煙に隠れてはいるが、いつかと同じ展開だ。
「今だ!」
うん、まったく問題なさそうだな。
これなら俺が一計を案ずる必要もない。
「凄い。でも、どうして……」
ああそうか、セフィアは初見だな。
「どうも魔法毒の解毒ポーションはワイバーンが飛行に使う魔法に干渉するみたいでな。ああやって打ち消して叩き落とせるんだ。しかも魔力回路がおかしなことになって一時的に立ち上がることもできなくなるんだと」
的なことをNPCの研究者が言っていた。
正確には少し違って、ひるみ効果と一時的な飛行能力の低下についてしか言及されていない。
詳しくは知らないが、処理上のバグらしい。
修正が難しいからそのまま仕様ということになったと聞いた。
まあ、せいぜいストーリーの進んでいないキャラで上位職以下の職業を育てるときにしか使わない。だから運営も見逃したんだろうな。
「何の問題もなく終わりそうだな」
「そう、ですね。正直、驚きより戸惑いの方が強いです」
そりゃそうだ。ワイバーンなんて、一般人からしたら絶望そのもの。
それが、たかが最低ランクの解毒ポーションでサンドバッグになってるんだから。
ワイバーンの素材を確保するなら、俺は馭者台に移った方がいいか。
予備武器の手入れもほとんど終わってるし、セフィアとの距離さえ保てば問題ないな。
「あと少しだ、畳みかけろ!」
十五回目の落下。ワイバーンが空中に行こうとするのは本能的な行動だから仕方ないにしても、さすがに酷い光景だ。
一応予備の箱を運んだが、必要なかったか?
うん、やっぱり、これで終わりだろう。
思った以上にあっけなかった、な……?
「――っ!? 連続火球だ!」
クソっ、完全に油断してた。
ワイバーンにはこれがあった。
瀕死時の確定行動、連続火球。ブレス扱いの切り札だ。
ワイバーンのそれは、特大の火球をランダム対象に複数回吐きつけるというもの。
低位の竜は決まったタイミングでしか使ってこない分、他の行動に比べて異常に強力なんだ。
ケインとカロックは素早い身のこなしでどうにか躱し、リリエは結界を、ルカはストーンウォールの魔法でガードする。
爆ぜた火球で地面が抉れ、ガラス質に変化するが、どうにかギリギリ凌げているようだ。
幸い馬や馬車の方は攻撃対象になっていないし、何とかなるか?
抱いた期待。それがフラグになったのか、最後の一発でワイバーンは首の角度を大きく変える。
狙いは、セフィアだ。
まずい。まずいまずいまずい!
一応何かしらの職業には就いてるだろうが、基本職だろうし、レベルも大して上げてる様子がない。そんなもの、ワイバーンの火球の前には誤差だ。
当たれば確実に、セフィアは死ぬ!
「セフィア! 屈め!」
必死の思いで走る。
夢を応援しようと決めたばかりなのに、また死なれてたまるか。すぐ目の前にいるんだ。
ストレージから盾、を出す余裕はない。
くそっ、生産職の足の遅さが恨めしい。メインならもうとっくに辿り着いてるのに。
間に合えっ!
地面を思いっきり蹴る。直後、爆音が響いた。
大地が爆ぜ、馬車がいくらか吹き飛ぶ。
視界は煙で覆われていて、何も見えない。
音が、消えた。
感じるのは背中の軽い痛みばかり。
何も聞こえなくなって、何も見えなくて、やがて、その煙に、隙間ができた。
「アルゴス、さん……?」
ああ、良かった。無事だ。ちゃんと、守れた。
「怪我はないか、セフィア」
ワイバーンには背を向けたまま、酷い顔をしたセフィアへ、できる限りの笑みを向ける。
そして後悔した。
ああ、これは、目立つ、と。
ワイバーンにトドメをさした後、ケインたちは地面に頭が着く勢いで謝ってくれた。護衛対象なのに申し訳ないと。
とはいえ、実際には無傷だからな。
謝られたところで、怪我をしてないんだから許しようが無いし、そもそも問題がない。
生産職はVIT、耐久値が伸びやすいんだ。今更ワイバーンの切り札くらい、どうってことはない。
まあ、細かく説明すると余計に目立つから、元々体が頑丈なんだって誤魔化したんだけど。
それから馬車を修理した上で進むこと、数日。とうとう俺たちは、迷宮都市ミラディスに到着した。
「ふぅ、ようやく着いたな」
「街に入る列、長かったですね。さすが大都市」
時間がかかった原因は、そんな話をしてる俺とセフィアなんだがな。
傭兵ギルドという世界中に展開してる組織に身分を保証されたケインたちとは違って、俺とセフィアはハースグロウの住民であることで保証された身分しか持たない。
つまりミラディスにとって信用が低いから、住民用の門は使えず、かつ厳しい検査を受けなければならなかった。
エルダスの用意したアルゴスとしての住民カードだし、別に不満はないんだが。
「とにかく、これで私たちからの依頼は完遂、ですね」
「だな。助かったよ」
「いえ、至らない所もありましたから」
うーん、これはまだ少し引きずってるか?
悪い方向に影響しなければいいが、まあ、こいつらならむしろバネにするだろ。
「はいこれ、依頼完了の証明書類です。本当にありがとうございました」
「こちらこそ。……あの、アルゴスさん。やっぱり、考え直してくれたりは……」
なんだ、まだ諦めてなかったのか。
俺の頑丈さを見込んで盾役としてパーティに入ってほしいって話だが、答えは変わらない。
「言っただろ。俺は目立ちたくないんだ。傭兵なんて目立ちそうな仕事、しないからな」
アルゴスの夢からも遠ざかりかねないしな。
「そう、ですか……」
ああ、もう、そんな分かりやすく落ち込まないでくれ。
なんか悪い気がしてくるじゃないか。
はぁ、仕方ないな。
「傭兵にはならない。ならないが、必要なら知恵は貸してやる。あと、レベルに見合った装備も少しくらいは安く作ってやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ、本当」
「嬉しいです!」
本当に、仕方ないやつだ。
それから、先にギルドに向かうというケインたちを見送る。
俺とセフィアはまず宿だから、もう少し一緒だな。
さて、と。
ゲーム時代はエンドコンテンツでもあったミラディスの大迷宮か。
アプデで増えた鉱石もあったはずだし、色々と楽しみだ。
まずは、新しい工房兼家探しだな。




