第31話 モブサブのバーベキュー!
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「炭いいぞ。いつでも焼ける」
庭の特製巨大グリルの中で赤熱した木炭から顔を上げて、キッチンの方に目を向ける。降り注ぐ日差しが少し眩しい。
「こちらはもう少しです!」
キッチンの勝手口からセフィアの声が飛んできた。かなりの量だからな。
手伝おうかとも思ったが、もう少しというなら取り皿やらのセッティングを済ませよう。そろそろあいつらも来るはずだ。
なんて考えてたら、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。今日の主役の到着だ。
絶好のバーベキュー日和。玄関に向かいながら空を見上げれば、雲のほとんど無い真っ青な空が広がっていた。
ストレージから引っ張り出した大きなテーブルを囲むのは、俺とセフィア、それからケイン達の四人だ。ロザリエは残念ながら仕事。例の騒動の影響も落ち着いてきたとはいえ、まだまだ新人二人で回すのは難しいらしい。
すぐ横で熱気を立ち上らせるグリルの横にはこれでもかってくらいの量の肉や野菜が並べられていて、若くなったら胃袋を誘惑している。余ったら、夕飯行きだな。
「それじゃあまあ、とりあえず乾杯しとくか」
手に持つのは当然ビールだ。まだ昼間だが、休みだし、バーベキューだし、いいだろう。
他の面々も各々好きな酒が入ったグラスを手に持って俺を見る。まあ、家主だよな、音頭をとるのは。
ここは簡単にでいいだろう。
「あー、今日はアルデアの危機に尽力してくれたケイン達に、礼がしたくてこんな場を設けた。肉も野菜も、それから酒もたっぷり用意したから、存分に楽しんでいってくれ。乾杯!」
「乾杯!」
グラスが甲高い音を立てた。ぐいっと流し込んだビールが喉を通り過ぎて、ホップだかなんだかの香りが鼻に抜ける。美味い。やっぱり一杯目はビールだな。
「ふぅ。改めて、今日はお招きありがとうございます」
「こっちこそ、あのときは色々助かった。本当はもっとすぐにこういう会ができたら良かったんだが……。遅くなって悪いな」
割と真面目に謝れば、ケインは琥珀色の目を慌てたように見開いて首を振る。赤い短髪の彼は相変わらずの好青年らしい。
しかし実際、ケインたちに礼をし忘れてたのも事実だ。少し前にアルデアの新人の歓迎会を開いたのがきっかけで、ようやく気が付いたくらいで。
最後の捕り物以外にも素材集めやら何やら色々協力してもらってたのにな。
「あれは依頼としてちゃんと報酬を貰ってますし、本当に気にしてません」
「そうか? ならいいんだが」
あまり言っても逆に困らせるか。この辺にしておいた方が良さそうだな。
「それより、あれはもう焼いて大丈夫か?」
空気を読んだのか、カロックが話を変えてくれる。渋顔イケメンの黒い目が見ているのは、別のテーブルに溢れる食材達だ。
「そうだな。じゃんじゃん焼くか」
「お肉いきましょお肉! あれ、全部すっごく良いお肉ですよぉ!」
「リリエあなた、野菜もちゃんと食べなさいよね」
実際良い肉だが、ああも素直だと苦笑いしてしまうな。リリエの方が年上だったと思うんだが、あれじゃあルカの方が姉みたいだ。
銀髪ショートに明るい黄緑色の瞳のリリエと、肩より少し下くらいの青髪に水色の瞳のルカじゃ、まるで似てないのにな。
「肉も時間もたっぷりあるんだ。慌てなくてもいいんだぞ」
「はーい」
「ふふふ。私も焼くの手伝いますね」
セフィアの目が妙に優しいと思ったら、そうか、彼女から見ても年下になるのか。
なんだかんだ、ミラディスに来るまで以外でしっかり話す機会も無かったようだし、仲良くなってくれたらいいな。友人らしい友人も必要だろうし。
「このグリル、大きくていいわね。十人くらいで使っても平気そう」
「だね。さすがに宿暮らしじゃ置けないけど」
「分かってるわよ。それよりケイン、そっちの野菜の皿取ってくれない?」
それにしてもあの二人、前々から思ってはいたが、妙に仲良さそうだな。恋人同士、てわけじゃなさそうだが。本当に恋人同士の二人に聞いてみるか?
「なあカロック、あの二人、どういう関係なんだ?」
「ん? ああ、そうだよな。アルゴスさんも気になるよな」
「ふふふ、あの二人はですねぇ、なんと! 同じ村出身の幼なじみなんです!」
ほー。押しのけられてタレを零しそうになってるカロックは置いておいて、幼なじみか。
なるほど納得した。友達以上恋人未満な感じが気になってたんだ。
しかし、それにしても、だ。
「それだけか?」
「鋭いな。俺とリリエが見る限りだが、ルカはケインのこと好きだと思う」
「ケイン君も自覚してないだけで、満更じゃないと思うんですよねぇ」
やはりか。ケインは分からなかったが、ルカはケインと話す時だけいつも以上に感情が表でコロコロしてるように見えたんだよな。
しかしそうか。そういう関係か。ふむ。
「アルゴスさん、なんでにやっとしてるんですか……?」
おっと、無意識だったな。ケイン達に見られなくて良かった。
「実はだな――」
「ふむ! それは興味深いですね!」
凄いな。ここまで目をキラキラさせてるセフィアは久しぶりだ。こういう目はアメジストの瞳とでも形容した方がいいかもしれない。
「まあ、時間の問題だろうから俺たちからどうこうってことはしてないんだけどな」
「私としてはぁ、もう少し背中を押してあげても良いと思うんですけどねぇ」
俺はカロック派だな。見守りたい。
しかし、なんかこう、若者の甘酸っぱい恋愛っていいな。昔はこんなこと思わなかったと思うんだが、三十を過ぎたからだろうか。
いや、アルゴスとしてはまだ二十四なんだが。そのお陰で霜降り肉でも胸焼けせずに美味しく食べられるし。
「そろそろ良い感じですよ……て、何の話してたんです?」
「ああいや、大した話じゃないんだ」
「どうしてセフィアさんがアルゴスさんの家にいるかって話をしてたんだ」
ナイスだカロック。ルカならまだしも、ケインにはさすがに言えない。
「それ実は僕も気になってたんだ。聞いてもいいですか?」
「ああ、かまわん。ほら、例の事件でアルデアが燃えただろ? セフィアと、あと従業員のロザリエは元々店の二階に住んでたから、緊急避難で部屋を貸してたんだ」
「その後新しい従業員を雇ったときに今の店舗の上に住んでもらうことになったので、無理を言ってそのまま住まわせてもらってるんです」
たしかに、端から見たらなんで居るんだろうかって感じだよな。今回の会に呼ばれたってだけなら兎も角、明らかに住んでるしな。
うん、俺もそう思う。すっかり慣れたが、恋人同士でもなんでも無いのに一緒に住んでるのは不思議だ。
というか、近所の人はどう思ってるんだろうか。今更ながら心配になってきた……。
年齢的には今の体なら大丈夫だが、愛人だのどうだの思われたらどうする? その目立ち方は歓迎できないぞ。
……考えるのを止めよう。それより肉だな。
「この辺はもういいよな」
「そうですね。あ、これも良い感じです。アルゴスさんどうぞ」
「おお、悪い。……ケイン、焼くの上手いな?」
焼き具合が完璧だ。前に俺が同じのを焼いたときよりずっと美味い。
しっかり火が通ってるのに軟らかくて、良い塩梅に香ばしさもある。
「昔から肉を焼くのだけは上手なのよね。野菜は焦しがちなのに」
「あはは……。どうしてですかね?」
偶にいるよな。特定の食材だけ妙に扱いが上手いヤツ。そのタイプか。
「あ、カロックさん、野菜は入れなくていいんですよぉ!?」
「いいから食べろ。肉ばかりじゃ体を壊すぞ」
「私のこと心配してくれてるんですかぁ? うぇへへ、じゃあ食べますぅ」
あっちはあっちでなんかイチャイチャしてるな。ケインとルカは慣れた様子だが、俺たちは若干いたたまれない。何か話題を振るか。
「それで、最近はどうだ? 大迷宮にはもう入ったのか?」
「はい。と言ってもまだ三階層を覗いただけなんですけどね」
とすると、まだ職業二つ目くらいか。今日は武装してないから分からないが、メインウェポンも変わってるんだろう。
いつかの放火犯どもが上位職に行ってたことを考えると転職しながら強くなるのは常識っぽいし、もうしばらくしたら職業で相談されることもあるかもしれないな。
「以前の依頼のおかげで最近出回ってる武器も買えましたし、このまま強くなりたいですね。目指せ上位職です」
「だな。頑張れ」
最近出回ってるってあれか、俺が打ったヤツか。なかなかの値段になってたが、よく買えたな。転職してもパーティ内なら武器の使い回しはできるにしても、自分に合ってるかは別だろうに。
もしかしたら、最終的になりたい方向性は決まってるのかもしれない。
……いや、違うな。そもそも命がかかってるんだ。ゲームの頃とは違う。装備でケチって死んだら元も子もない。
「そうだ、アルゴスさん。上位職もいくつかなった方がいいんですかね?」
「ん? 当たり前だろ。上位職にも共通スキルはあるし、マスタークラスになろうと思ったら必須だぞ」
「え?」
……ん? 俺、なんか変なこと言ったか?
全員、セフィアまでこちらに目を向けてきている。
疑問の答えはケインが教えてくれた。
「マスタークラスって、おとぎ話じゃないんですか……?」
「おとぎ話?」
まさか、この世界じゃマスタークラスになったやつがいないのか?
いや、零はないだろ。せいぜい表に出てきていないってだけだ。たぶん。
それにしたって、上位職になれてるやつはいるんだから、基本職と同じように複数極めて最上位への転職条件を満たせるやつもいるだろう。試練はあるとしても、転職するときにグレー表示で出てくるようにはなるし。
「アルゴスさんが言うなら、本当にあるのだと思います。私たちの知らないことをたくさん知ってますから」
セフィアが思い浮かべてるのは隠し通路のことだろうか。
「ですね……。ワイバーン対策もアルゴスさんに教えてもらったことです。でも、だとしたら、勇者も……」
「勇者?」
勇者って言ったら、あの金髪キラキライケメンだよな。オークションで俺の剣を買ったミラディストップの傭兵。どうしてそいつが?
「ブレイブテュールも上位職なのに何度も転職してるって噂があるんです」
ブレイブテュールは話の流れからして勇者パーティのパーティ名だろう。識別用にそういうのがあるっていうのはバグダを捉えるのに依頼を出したとき知った。ケイン達はヴァーリアナというらしい。
「なるほどな。それは勇者パーティが頭一つ抜けるわけだ。そうでなくてもあいつら、戦うの上手かったしな」
「彼らが戦うところを見たことがあるのかぁ?」
「あ、いや、たまたまな」
大迷宮に潜ったときに、とは言えない。
「とすると、最近六十八階層の素材ばかり持ち帰ってるのもありそうだな」
「六十八……。レベリング階層だな。サーベルレオンか?」
あ、やば。
「……まあ、アルゴスさんなら色々知ってそうね」
「そう、だね。驚き疲れちゃいそうだよ」
セフィアの苦笑いが何気に刺さる。
いや、うっかり口を滑らせた俺が悪いんだが。酒のせいか?
「それにしてもサーベルレオンですか。たしかに最近たくさん市場に流れてますね。値崩れを起こしかけてるくらいです」
「ならばアルゴスさんの言うようにレベリングの可能性が高いな。先の階層の準備をしてるのか?」
「それかぁ、もっと別の何かに備えてるか、ですねぇ」
何か、な。ゲーム時代のイベントでそれっぽいのには心当たりは無い。
あるとしたら迷宮からモンスターが溢れるスタンピードだが、ミラディスには無かった。やっぱり迷宮攻略のためなんじゃないだろうか。
なんて気楽に肉を頬張っていたら、セフィアの表情に影が差した。続けて浮かべられたのは妙に真剣というか、不安げなものだ。
「……実は、悪魔族を見たっていう噂がありまして」
特に表情を変えたのは、同じ村出身だという二人だった。




