第23話 モブサブの警戒態勢!
㉓
それから数日、毎日人の少なくなる時間帯には顔を出すようにしていたが、幸い事件は起こされていない。
「在庫と売り上げ、一致してました」
「補充と掃除も終わったぞ」
「ありがとうございます。助かります」
今日も無事に閉店作業を終える。警戒ついでに手伝っていたから、すっかりやることを覚えてしまった。
しかし、この量を二人で確認するのは大変だな。そのうち従業員を雇うとは思うから、今だけだろうが。
「明日は定休日だったな」
「はい。……あ、たまには一緒に夕食に行きませんか?」
ふむ。まあ、いいか。
帰ってもまだ何も準備してないし。
「そうだな。行くか」
「やった! ……んんっ。何か食べたいものはありますか?」
どうしてそんなに喜んでるかは知らないが、食べたいものか。思い浮かばないな……。
この街は湖や周囲の森、迷宮から様々なものが手に入る関係上、美味しいものが多い。ミラディスだからこれ、という決め方をするのは難しい。
しかし前置きなしになんでも良いは逆に困らせかねないしな。
「お勧めの店はあるか? 俺もまだこの辺りの店を開拓できていなくてな。あれば紹介してほしいんだ」
「なるほど……。でしたら、先日お客さんに勧められたお店に行ってみましょうか。私たちも基本的に外食しないので、良い機会です」
ほう。会話の機会になるし、リピーター獲得にも繋がりそうだ。そこにしよう。
案内されたのは、アルデアから十分ほど歩いた店だった。中は、喫茶店っぽい。だからだろうか。妙な既視感がある。
「十年以上続く名店らしいです。名物はパスタという異国料理だそうですよ」
「ほう。……あ」
何気なくメニューを開いて、思い出した。ここ、あれだ。フレが作った店だ。最初期だけハウジングエリアじゃなくて既存の町中の建物を買い取る形だったんだよな。懐かしい。
さすがに家の数が足りなくなって、ハウジングエリアが作られたんだが。その時にこの店も強制お引っ越しさせられてた記憶がある。
「じゃあ俺は、ボロネーゼで」
「私はペペロンチーノというのを。ロエは何にします?」
「では、カルボナーラで」
うん、なんか異世界に来た感じのしないラインナップだ。元がゲームだから当たり前といえば当たり前だが。
とりあえず、先に来た飲み物で乾杯。状況が状況だから酒は飲まない。
「滑り出しは順調、ってところだな。今日もずいぶん賑わってた」
「はい。最高の想定より三割も大きな利益が出てます」
「当然です。お嬢様ですから」
ロザリエはなんというか、セフィア全肯定って感じだな。苦笑いを禁じ得ない。まあ、セフィアなら増長するようなことはないだろうから良いんだが。
「この調子が続くようなら、新しく従業員を雇わないと辛いんじゃないか?」
「問題ありません」
「まだ大丈夫ですが、今後を考えたら欲しいですね。事業の拡大も考えたいですし」
「問題ありますね。人員募集の準備を進めておきます」
……ロザリエってもしかして、けっこう面白いタイプか? 手の平がくるくるしてるぞ。セフィア関係に限るだろうが。
お嬢様の利益最優先、だけど独占欲もありって気配を感じた。俺が許されてるのは、利益になってるからだろうな。
むしろロザリエが暴走することの方が心配かもしれない。まあ、主人が上手く手綱を握るか。
「初日の襲撃以来なにもありませんし、本当に順調です。怖いくらいに」
「良いことだ。まだ油断はできないがな」
「そうですね。お店そのものもそうですし、件の人たちも様子見をしてるだけかもしれません。ただ、萎縮してしまってはあちらの思うつぼですから」
それはそうだ。脅しに屈したらより大きな要求をされるのは当然と言っても過言じゃない。分かっているなら、大丈夫だろう。彼女は精神的にも強い。何せ、一度ほとんど全てを失った上でもう一度成り上がろうとしているくらいなんだから。
そういえば、彼女の家族はどうしているのだろうか? 父親が家を没落させた以外に話に出た覚えがない。エルフと人間に大きな寿命の差が無い世界ではあるが、彼女の年齢ならまだお祖父さんも生きていてもおかしくないだろうし。
機会があれば聞いてみるか。
それよりも、だ。
「で、あちらさんの正体は掴めたのか?」
「はい」
セフィアはそこで一拍おいて、ちょうど来た料理を受け取る。見た目は、よく知ってるのと同じ各種パスタ。なかなかに美味しそうだ。
「ロエ」
「あの傭兵たちの依頼人はここから徒歩十五分ほどの所で店を構える商人でした。名をバグダ。アルデアと似た、バンデッドという雑貨屋を営んでいるようですが、繁盛はしていません。ただ、大商会の一つと繋がりがあるようです」
ここから十五分となると、セフィアの店とは十分棲み分けできる距離だな。それでも強行手段にでるほど経営が危ういのか。いったいどんな繋がりなのやら。
しかしバンデッドな。どっかで聞いたような……。
「口ぶりからして、アルデアがオープンする前からそんな感じなんだろ? 逆恨みってことか?」
「でしょう。聞いた限りでは、それなりに他責思考の強い人間のようです」
なるほどな。何をするにしても成功しづらいタイプだ。
そうすると下手に刺激したくないな。潰すなら徹底的にやらなきゃならない。
とはいえ、この調子でセフィアが成功すれば必然的に刺激してしまう。やはり分かりやすい用心棒が必要かもしれないな。ロザリエも十分すぎるほどに、それこそケインたち以上に強いが、見た目は嫋やかな普通の女性だ。迫力に欠ける。
そういう意味じゃ俺も不適格。仮に目立つことを許容したとしても、明らかに強そうではないからな。
一応無関係の人間を使ったり様子見をしたりする程度には利害を考えられるみたいだから、セフィアに手を出さない方が得する状況を作るのも有効か。
ただなぁ、あまり俺が口を出しすぎるのも良くない。長い目で見るなら、彼女が主体で動いた方が良い。
この場限りの解決で良いならともかく、同じような危険は今後常に付き纏うんだから。
「どう対応するにせよ、こちらから手出しすることはできないな」
「残念ながら同意です。合法的に対処するなら待ちの姿勢を保つしかないかと」
「はい。ロエに証拠集めを続けてもらいつつ、打てる手は打つつも――なんだか外が騒がしいですね」
たしかに。窓から通りを覗けば、妙に必死な形相の人々が右へ左へ走っている。衛兵も誘導を行ってるようだな。向かわせてる先は、アルデアとは反対方向か。
胸騒ぎがするな……。
「急いで食べた方がいいかもしれない」
「同感です」
少し行儀は悪いがおそらく緊急事態だ。頬張るようにして一気に完食する。代金は閉め作業を手伝った分だとセフィアに支払われてしまった。
普段なら年下に奢られるのはと問答の一つもするところだが、今ばかりは礼を言って外に出る。それから多くが逃げてくる方向へ目を向けた。
「空が、明るい……?」
「というか赤いな。あれは、火事か?」
セフィアの呟きに返しながら、胸騒ぎが大きくなったことを自覚する。いや、これはもう確信だ。
「あの方角は、もしかして……」
表情を険しくしてセフィアが走り出す。 おそらく同じ予感を覚えて、俺もその小さな背中を追った。




