第22話 モブサブの強盗撃退!
㉒
奢りに恐縮するケインたちに別れを告げ、少し早足にアルデアを目指す。ケインたちには俺の家の場所を教えておいたから、何かあれば尋ねてくるだろう。
空はすっかり暗くなっているが、街灯の照らす通りにはまだまだ人が多い。妙な焦燥感に従うこともできず、来た道を戻る。
乗合馬車でも探した方が早かっただろうか。いや、使い方もどこに停まるかも分からないんだから、余計に遅くなってしまう可能性があるな。
明日から定期的に利用して覚えようと考えながら、ようやく目立つようになった人の隙間に駆け足気味に滑り込んだ。
大きめの押戸を開きチリンとドアベルを鳴らしたのは、店内の時計が閉店の時間を指すころだった。
中にはまだ数人の客が残っている。事件らしい何かは、起きていなさそうだ。良かった。
息を整えながらレジ対応をしている二人の様子を眺める。従業員さんは、やはり純粋な人間らしい。他の種族の特徴は見られない。
長い黒髪に青い瞳で、セフィアより明らかに発育が良い。年齢は、従業員さんの方が少し上だろうか。アルゴスと同じくらいに見える。
セフィアとお揃いの制服を着ているせいもあって、なんだか姉妹みたいだ。
笑顔は完璧。だが、営業で養った観察眼からすると、作った笑みなのは分かる。
おっと、女性をまじまじ見過ぎだな。一瞬視線を向けて嗜められてしまった。その瞬間だけ見せた無表情が彼女の素なんだろうか。
まだもう少しかかりそうだし、店内を見ていようか。そうだ、鞄を探すんだった。
追い出し作業の邪魔にならないよう、スキルを駆使し極力気配を消して鞄コーナーを眺める。ターゲットの性別はあまり限定していないようで、可愛らしい鞄から男子が好きそうなデザイン、実用性重視の地味なものまで複数種類が揃えられていた。
この辺りは、貴族時代のコネも活用したんだろうか。本当に品揃えが豊富だ。
気配は消したまま実用性重視のものを吟味していると、チリンとドアベルが鳴った。客の出た音ではない。
「すみません、今日はもう閉店なんです」
レジ対応を終えたばかりのセフィアが、たった今入ってきた二人組に声をかける。傭兵らしい男たちだ。その顔は赤らんでいて、酒を飲んできたことが分かった。
「あ? 俺たちにゃなんも売れねぇっつうのか?」
聞き覚えのある声だ。
「い、いえ、そうではなくて。もちろんお売りします。ただ今日はもう閉店時間なので、明日またいらしてください」
「うるせぇっ!」
「きゃっ⁉︎」
なっ、あいつ、陳列用のテーブルを蹴飛ばしやがった。幸い台は壊れていないようだが、上の商品が音を立てて散らばる。
「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるんだぜ? へへっ」
「ひっ……」
嘘だろ?
ここで剣を抜くとか、何考えてるんだ。
セフィアを守るように従業員さんが前に出る。残っていた客たちも怯えて店の奥の方へ逃げ込んだ。どうやら戦える人は客にはいないらしい。
どうする? 見た感じ、俺なら二人とも十分抑え込めそうだ。だが、目立つ。
戦うことを生業とした傭兵をただの鍛治師が二対一で抑え込むとか、どう考えても、目立つ。
それは良くない。しかしこのままではセフィアたちに被害が及んでしまう。
気配を消したまま殴るか? いや、殴った瞬間隠蔽スキルが解ける。ダメだ。
なら、どうする?
せめて拘束するだけでもできたら……。
あ、そういえばアレがあったな。
ストレージから目的のものを二つ取り出し、傭兵たちに向けて投げつける。気配のない状態でした完全な不意打ちだ。あいつらに反応できるはずはない。
「うわっ、なんだこれっ⁉︎」
「くそっ、粘ついて取れねぇっ!」
ふっ、四十階層台に出るケイブタランチュラが壁を歩き回ったり獲物を拘束したりするのに使う糸だ。迷宮のボスにも有効なんだから、お前ら程度じゃ外せないよ。
これであとは衛兵を呼んでくれば……。
「えっ」
思わず声が出てしまった。
従業員さんが無言で加速したかと思うと、一瞬で傭兵たちに肉薄して蹴りを叩き込んでいた。
うわ、一人の顎を蹴り上げてそのままもう一人の頭に踵落としか。どっちもめちゃくちゃ痛そうだな。二人とも白目を剥いて気絶してる。
ていうか今の動き、スキルだよな?
ただの従業員というか、使用人じゃなかったのか……。
「お騒がせしました。彼らはこのまま衛兵に引き渡しますので、皆様はお気をつけてお帰りください」
「……あ、はい」
うん、客も呆気にとられてる。セフィアだけパチパチ拍手してるのがシュールだ。
ていうか綺麗なお辞儀だな……ていうのは現実逃避か?
客が皆帰り、傭兵たちの引き渡しも終わった後、改めて二人に挨拶する。
「災難だったな」
「はい……」
同時にため息を一つ吐く二人を労う。従業員さんは綺麗なお辞儀を返してくれた。
「アルゴスさん、助かりました」
「まあ、俺がいなくてもどうにかなってたみたいだけどな」
凄まじい動きを見せた黒髪お姉さんな従業員さんに目を向ければ、彼女は首を横に振って否定する。
「そうなればもう少し店に被害が出ていたと思われます。お嬢様やお客様も怪我させていたかもしれません」
その辺は、どうだろうな。これ以上何か言っても押し問答だから礼を受け取っておくが。
「改めて紹介しますね。彼女はロザリエ。幼いころから私の侍女をしてくれています」
「よろしくお願いします、アルゴス様。お嬢様からはロエと呼ばれております。どうぞお好きなようにお呼びください。敬語や敬称も不要です。」
様づけは違和感があるな。まあいい。
好きなように呼べと言われても、いきなり愛称は難しい。さん付けも主人を呼び捨てにしている以上しない方がいいのだろう。ならそのまま呼ばせてもらおう。
「ああ、よろしく頼む、ロザリエ」
満足げに頷くセフィアからして、正解だったみたいだな。ロザリエの方は無表情のままだが、不機嫌な様子は見られない。
「それにしても、まさか初日からあんな人たちが来るとは思いませんでした。この辺りは比較的治安が良いはずなんですが」
「そのことなんだが、気になることがある」
傭兵ギルドで聞いた会話だ。声も、たぶん同じだった。
そのことを伝えると、セフィアは考え込むように俯いて、ロザリエからは剣呑なオーラが漏れ始める。
「なるほど……。ロザリエ」
「はい。調べておきます」
妙な寒気がしたんだが、気のせいだよな?
うん、そういうことにしておこう。触らぬ神になんとやらだ。
「まあ、しばらくは様子見するしかありませんね」
「だな。俺もちょくちょく顔を出すようにするよ」
「ありがとうございます」
そうだ、後でケイブタランチュラの糸を使いやすいように加工して渡すか。一瞬でも動きを止められたら、あとはロザリエがどうにかするだろ。




