第2話 モブの帰還?
②
町には思った以上にあっさり入れた。身分証について聞かれたらどうしようかと内心びくびくしてたんだが、杞憂だったな。門衛にはむしろよく戻ってきたって喜ばれたよ。
久しぶりに、そして初めて見る現実のハースグロウの町は、記憶にあるのとあまり変わらない。
ゲームの頃より店の看板が増えていたり、知らない顔がたくさん歩いていたりするが、おおむね見慣れた町だ。
木をメインに、要所要所でレンガを使った建築。石のブロックで舗装された道路。スズランのような植物を模した灯火の明かりに、そして何より特徴的な、大鐘楼。
うん、ハースグロウだ。アルゴスの暮らしていた町だ。
「それじゃあ、僕たちは傭兵ギルドに色々と報告してこないといけないので」
「ああ、その方がいいな。こんな所にワイバーンが出たわけだし」
「アルゴスさん、改めてありがとうございました。お元気で!」
頭を下げる傭兵たちに軽く手を上げ、遠ざかっていくのを見送る。
ケイン、か。本当に気持ちの良い青年だったな。俺が大学生の頃はもう少し生意気だった気がするのに。
「さて、と。行くか」
正直、気が重い。
アルゴスとして生きていくなら、彼の職場に行かない訳にはいかない。しかし、つまりそれは、これから騙し続ける人たちに会いに行くってことだ。
彼らの人となりは当然知ってるが、騙して気が楽な人たちじゃないんだよな……。
「おっと」
「あっ、すみません!」
「いや、大丈夫だ。俺も注意してなかった」
ハーフエルフ……。身なりからして貴族の娘か?
それがなんでこんな所に?
いや、今はどうでもいいことか。
なんて考えてる間に着いてしまった。マスターエルダスの鍛冶工房だ。
入り口からこっそり顔を出すと、見知った顔たちが忙しそうに動き回っていた。
エリア的に人間が多いが、ドワーフやオーガ、珍しいところだと魚の特徴を持ったウンディナの姿もある。
いくつかは知らない顔だ。まあ、規模を考えたらこれくらい人がいないとおかしいよな。
「どう言って出て行くかな……」
この状況だと確実に目立つよな。上手くマスターエルダスにだけ会えないか?
いや、どうせ工房中に周知される。そしたら一緒か。
そもそも何ヶ月も行方不明だったヤツが戻ってきたら、目立たないはずがない。
こういう目立ち方なら無駄に忙しくなったりやっかみを受けたりはしないだろうから、甘んじて受け入れるのも……。
あ、待てよ? 仕事が終わったくらいに行くか?
それなら、人も少ないはず。
よし、それでい――
「アルゴス……?」
「あっ」
やば、見つかった。
「アルゴスじゃないか! お前っ、生きて、生きてたのか!」
「え、アルゴス?」
「アルゴスだって?」
「嘘だろ? ……嘘だろ!?」
あー、くそ。大声を上げるから工房中にバレたじゃないか。
手が離せる奴らみんな集まってきてる。めっちゃ目立ってる。
みんな笑顔で、泣きそうで……。
ああ、やっぱりアルゴスは、工房のみんなにも愛されてたんだな……。
なんか、やば、嬉しくて泣きそうだ。
「アルゴス」
「あ……。マスター、エルダス……」
そこにいたのは、厳つく髭の濃い、いかにもといった感じのドワーフだ。
「今まで何してやがった。仕事が溜まってるぞ。早く準備してこい」
このぶっきらぼうな感じ、凄くエルダスっぽいな……。
俺も最初は少し勘違いしてて反感をもった。
でも、違うんだよな。
踵を返したエルダスが一度立ち止まり、首を少しだけこちらに向ける。
「……よく帰ってきたな」
「……っ! ただいま、戻りました。マスターエルダス!」
ああ、視界が歪む。
情報として、半ば人ごととして知っている事なのに、自分のことじゃないのに、涙が溢れて止まらない。
そうだ、エルダスは、誰よりもアルゴスを大切に思ってる。
だから憂鬱なんだ。これからそのエルダスを、騙し続けなければいけないから。
くそ、こんな所でいい年した男が泣くから、目立ってるじゃないか。
アルゴスはたしか、二十四だぞ。前世よりはいくつか下だが、大卒で社会人二年目になる歳だ。
「準備、してきますっ」
本当に、恥ずかしい。
休憩室で涙の落ち着くのを待ってから、アルゴス工房セットに着替える。
さっきまでは普段着セットだったが、やはりこっちの方がしっくりくるな。
普段着セットはフィールド探索用の装備の見た目だけ変えたものだから、生産するときのステータスじゃないんだよな。
こっちの工房セットはちゃんと生産用装備が元だ。
「すみません! 遅くなりました!」
「気にすんな。それより、鎚を握るのは久しぶりか?」
「そうですね」
久しぶりどころか、現実じゃ初めてだ。
まあ、ゲーム時代の生産もかなりリアルな工程を踏んでたから、何とかなるとは思う。
簡略化されてた部分も、最上位クラスの装備を作るのには正規の手順を踏む必要があったしな。
そのせいで生産職が不足してたんだが。
「じゃあ簡単なのにしとくか。衛兵隊からの注文だ。ロングソードを打ってくれ。五本でいいぞ」
「分かりました」
ただのロングソードか。懐かしいな。最初の頃にレベ上げで作りまくった記憶がある。
アルゴスの実力だと、かなり加減して作る必要があるか。
まあ、とりあえず一本作ってみよう。
炉の温度は、大丈夫そうだな。
ここに柔軟性の高い鋼を放り込んで熱する。どこまで熱するかは重要だ。
……ここだ。
黄色くなった鋼材を叩いて伸ばし、刃を形成していく。
それからもう一度熱し、ゆっくり冷ます。
これは粒子構造を微細化するため、ってネットで見た覚えがある。
で、鍔を作って、柄頭、はいいか。量産品だからな。細かく重心を調整する必要はないだろ。
この辺の待ち時間が必要な工程はスキルで省略する。他の人もやってるから怪しまれはしない。
次は研ぎ。一番手を抜きやすいのはここだな。
でも適度な切れ味ってどのくらいだ?
分からん。
まあ、雰囲気でいいか。
よし、こんなもんだろう。
次は焼き戻しと焼き入れをして折れづらく。
最後に鍔を取り付けたら、完成だ。
「……どうなんだ、これ」
依頼品ってことはあれだよな。出来が良すぎてもダメだよな。
衛兵隊ならそこまで高品質のものは求めてないだろう。
武器鑑定は、できなくなってるか。
アイテムのステータスって数値はあくまでゲーム上で設定されたものだったってことだろうな。
人のステータスは一部の魔道具で確認できる情報って設定があったから残ってるんだろう。どこかのNPCのセリフでそんな感じの話があった。当時はフレーバーテキストで意味の無いものだと思ってたけど、現実になったからな。
とすると、ぱっと見て判断する手段が無いな。なんとなく悪くない、割といい出来な気はするが……。
「試し切りしておくか……」
何か言われたら久しぶりだからって言えばいいだろ。
たしか試験場は、あっちだったな。
他にも何人かいるけど、試し切りするだけだから目立ちはしないはず。
一回切りつけるだけだしな。
えっと、ああ、あの丸太で試せばいいんだな。ゲームでもそんな感じのオブジェクト配置だった記憶がある。使ったヤツは薪に使うから無駄がないってわけだ。
太さは、衛兵隊用なら腕二、三本分くらいのやつでいいな。
「よし」
パッシブのついでに戦士の基礎スキルもとれている。剣の扱いは、そこらの新人よりはずっと上手いはずだ。
それも加味して、いくらか雑に振るイメージで……。




