第18話 モブサブのオークション打ち上げ!
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オークション会場を出たのは、日もすっかり暮れて、居酒屋の賑わい始めた頃だった。オークション自体は夕方になる少し前には終わっていたが、売り上げの受け取りやら何やらがあってこの時間になった。
俺とセフィアは温かいを通り越して熱くなった懐を抱えながら、とりあえず近場の店に入る。店内は迷宮帰りの傭兵やら、オークション会場で見た顔やらで煩いくらいに盛り上がっていた。個室が空いていたのは幸いだ。
「凄かったな……」
「ですね……」
適当に注文を済ませた後の第一声だ。
本当に、凄かったとしか言えない。まさか、ここまでの値が付くとは。想定していたよりゼロが一つ二つ多いくらいだ。
「ナイフが千八百二十万の、剣が、六億か……」
正確には六億と、五千八百万。胃に穴が空きそうだ。
会社としてならもっと大きな額も扱ったことがあるが、今回はほとんど個人でだからな。初のアニメ化が決まった作家とか、突然成功した個人事業主はみんなこんな気持ちだったんだろうか。
「あの、やっぱり私の取り分、もっと少なくてもいいですよ?」
「いや! そこは変えられない。変えちゃならない。口頭とはいえ契約だからな」
あと、これ以上俺の取り分が増えるとストレスでハゲそうだ。
「まあ、なんだ。喜ぶべきことではあるんだし、素直に喜んでおこう」
「そう、ですね。じゃあ、このまま祝賀会ってことにします?」
「祝賀会か……」
実際、金策って観点で見れば、大成功だ。自分でも言ったが喜ぶべきことには違いない。
「そうだな。するか、祝賀会」
なら酒もほしい。最近は飲んでいなかったから控えめにするにしても、祝い事を素面でっていうのも味気ないしな。
再度店員さんを呼んで注文を追加すれば、お酒はすぐに出てくる。こういう居酒屋の良いところだ。
「それじゃあ、改めて、オークションお疲れ様」
「はい、お疲れ様です!」
グラスを合わせて口を付ければ、焼けるような感覚が喉を通り過ぎていった。思っていたより強いが、けっこう美味い。何の酒かも分からないままに頼んだが、当たりだった。
セフィアも同じように果実酒を口に含む。一口で顔が赤くなるほど弱くはないようだな。一安心だ。
「それにしても、私の取り分だけで二億弱ですか。これならお店がもう一軒用意できますね。あっ、それならアルゴスさんの武器をうちで売れます!」
「はは、気持ちだけ受け取っておくよ」
何があるか分からんしな。
それに、まだ若い彼女が街に来ていきなり二店舗目を開くってなると、要らない嫉妬を向けられそうだ。俺の武器を売るためだけに他人から悪意を向けられて足を引っ張られるなんてことになったらいけない。
「そうですか……」
なんでそんなに落胆としているのかはしらないが、危機回避ともしもの時への備えの方が重要だと思う。彼女の夢を、俺が邪魔しちゃいけない。話を変えよう。
「しかし、本当に凄かったな。あの額を即金で支払ったっていうんだから。あの剣を買ったのも貴族か?」
「代表者の名前的に、たぶん傭兵ですね。この街トップの、という但し書きは付きますが」
なるほど、傭兵か。ミラディストップレベルとなると、そんなに稼げるんだな。ゲーム時代はなんだかんだ、職人してる方が稼げたんだが。
もしメインの体で転生してたら、確実に傭兵の道を選んでたな。そして超目立ってた。
ふぅ、危ない危ない。アルゴスを作っておいて良かった。
「ちなみにどういう連中なんだ?」
「傭兵としては考えられないくらいに品行方正な人たちで、世間からの評判も良いですよ。勇者パーティだなんて呼ばれることもあります」
勇者か。そらまた大層な。
ていうか勇者って言葉があるのか。ユグクロにそんな称号無かったと思うんだが。
俺たちプレイヤー、つまりはユグクロの主人公も、一部聖命会関係者から『聖命樹の使徒』だなんて呼ばれることがあったくらいで、勇者と呼ばれることは無かった。設定上でも、闇の力から世界を守るため、聖命の樹が外の世界から呼び寄せた存在、みたいな説明だったと思う。
「勇者っていうのは彼らのリーダーが持つ二つ名ですね。金髪碧眼の凄腕の剣士で、おとぎ話の勇者のようだからと付けられたんだそうです」
あ、そういえば、どこかの本棚を調べたときに勇者がどうたらっておとぎ話が読めた気がするな。それが元か。
しかし金髪碧眼の剣士ね。大迷宮の最高到達点もたしか、五十階層くらいだって話だった。もしかして、あいつか?
「なあ、その勇者パーティにはツバの広い帽子を被った男の攻撃魔法職はいるか?」
「ええ、いますね。といってもそんなに珍しくないとは思いますが」
「それもそうか」
こんなことならもう少しよく見ておくべきだったな。見えない位置には他の仲間もいたようだし。
「どこかで見かけられたんですか?」
「ああ。迷宮の、あれはたしか四十一階層だったな」
「四じゅ――ああ、そうでした。あれがありましたね。なるほど……。でしたら、たぶん勇者パーティで間違いありませんね。戦闘で苦戦していないなら確定と考えて大丈夫です。そのレベルは他にいないはずなので」
ほう。とすると、あれがトップか。
なるほどな。これは、思っていたよりアルゴスの夢までは険しい道のりなのかもしれない。
神話級の剣を作るための、伝説の金属。具体的な名前が一切無い、ぼんやりとした情報だが、アルゴスの夢を叶えるにはこれを頼りに素材を探さなければいけない。
幸い、その金属があることは確定している。死ぬ直前に見たアプデ情報で、アルゴスに神話級の剣を作って貰う必要があることを示唆されていたからな。
つまりは、伝説の金属とやらは、新しく追加された場所にある可能性が高い。
だから新しい階層の追加されたらしい大迷宮に来た。
自分で潜らないまでも、それこそ勇者のような傭兵がいるなら、代わりに採ってきてもらえるし、何かしらの情報は入ってくる可能性が高いと踏んだ。
だが、トップが五十階層レベルでしかないなら話は別だ。
遠すぎる。アプデ前の最高階層までですら、百階層もある。これは、ただ流れに身を任せるだけじゃ駄目なんじゃないだろうか。
のんびり目立たず暮らしたいのに、アルゴスの夢を叶えるならそういうわけにはいかないかもしれない。難しい。
「あ、料理が来ましたね。ホーンラビットの唐揚げです」
「見た目は鶏とあまり変わらないんだな。美味そうだ」
アルゴスの夢のために、どう動くべきか。
俺自身が傭兵として迷宮の潜るのは無しだ。それが一番早いが、最下層を目指すなら、街の中央にある入り口のショートカット機能が無いとキツい。三十一階層から百数十階層分を降りるのに何年かかるかも分からないしな。
そもそも能力的に辛いのもある。今の生産職のステータスとスキルでソロ攻略するとなると、運が良くても百階層当たりが限界だろう。そこから先は死を覚悟する必要がある。
「アルゴスさん? どうかしました?」
「ああ、いや。ちょっとな」
考えるなら、職人として、職人らしくどうにかする道。例えば、必要なレベルの装備を作ることで、傭兵達により先へ進んでもらう道だ。
勇者パーティにだけ任せるのは酷だろうから、もっと広く、街の傭兵の水準そのものを押し上げる必要があるとは思うが。
そういう意味じゃ、ケインたちにも期待だな。あいつらは伸びしろが大きいように思えた。
そう、だな。それでいこう。職人らしく、そして目立たず、アルゴスの夢を叶える。
だったらセフィアの協力もいるな。いくら良い武器を作ったところで、傭兵達に使ってもらえなきゃ意味がない。
「なあ、セフィア。一つ、聞いてほしいことがあるんだ。俺の夢のことだ」
「夢、ですか?」
彼女からすれば突然な話ではあるが、協力してもらうなら、話しておいた方がいいだろうから。
その時になって協力してくれるかは分からないが、してもらえるように、十分な見返りを用意しよう。誠意を見せよう。
「俺の夢は、いつか、神話級の剣を作ることだ。そのために伝説に謳われるような金属が必要なんだが、今のままじゃ、到底叶いそうもない」
「それは、金銭的にですか? それとも、傭兵の水準的にですか?」
さすが、話が早い。ここまでの話の流れで察したか。
「主には後者だな。目的の金属を得るには、今の傭兵達は弱すぎる」
「勇者パーティですら、ですか。なるほど。では、私は何をすればいいですか?」
「……いいのか?」
まだ何も言っていないのに。
どうして彼女は、こうも協力的なんだろうか。命を助けた借りならもう、十分すぎるほどに返してもらった。むしろ恩も受けている。
もちろんですと頷く彼女の内心が、分からない。
「どうしてなんて聞かないでくださいね。私がただ、アルゴスさんのために何かしたいってだけなので。色々お世話になってますしね」
彼女の浮かべる笑みには、黒いものは何も見えない。本当に、純粋に、善意で協力してくれようとしている。
仕事を押しつけようだとか、どこかで裏切って恥をかかせようだとか、利益をだまし取ろうだなんて思惑が一切無い真っ白な笑顔だ。
こんな相手、前世で死んだ頃にはまったくと言っていいほど出会わなくなっていた。眩しいくらいだ。彼女と、セフィアと巡り会えて良かった。心からそう思える。
「ありがとう、セフィア。今はまだ具体的に何かしてほしいってことは無いんだが、必要になればお願いしたい」
「ええ、任せてください!」
夢を叶えてほしい相手が増えてしまったな。
ついさっきまでは、頑張る若者の夢は応援したいっておじさんのそれでしかなかったのに、セフィアだからという理由で応援したくなってしまった。
俺も彼女のために、できる限りのことをしよう。当然、目立たない範囲で。




