第10話 モブサブの家づくり!
⑩
その場で契約書へのサインを済ませ、即金で支払を済ませたら、晴れてホームレス卒業だ。
契約書を出してもらうまでどころか、契約を終えた後も言い募る商人を宥めるのには苦労した。セフィアは俺が言うのならとあっさり納得してくれたんだが。
まあ、なんにせよだ。
「持ち家、か……」
前世ではついぞ持てなかった一軒家だ。なんというか、感慨深い。
あの頃は恋人ができて、お金も貯まって、いざ結婚するとなったら建てたいって夢見てた。けっきょく夢のまま、夢みたいな世界に来てしまったわけだが。
忙しすぎて恋愛なんかしてる暇も無かったし、あのまま日本で社畜してたら、たぶんアパート暮らしのまま一生を終えてたんだろうな。
いや、アパート暮らしのまま一生を終えたからここにいるんだったか。
感慨に耽るのはこれくらいにして、すべきことをしよう。
空を見れば、よく晴れた空のほとんど真上に近いあたりに陽の光が見える、
「まだ昼過ぎか……」
今から住居を建てるのはさすがに難しい。やるにしても、壊すだけだ。スキルがあって生身でモンスターと戦う世界だから、それくらいで目立ちはしないし。
今他にやるとしたら、工房だな。さっきはけっきょく見に行かなかったし、場合によっては補強するだけで使えるかもしれない。
裏に回ってみると、それらしい小屋が一つあった。コンビニサイズだ。
「……この中が一番濃いな」
息苦しさの原因で、おそらく建物を朽ちさせるもの。その正体は、高濃度の魔力だ。
この世界のどこにでも存在している空気みたいなものだが、濃度が上がれば、それこそ酸素のように毒に変わる。
迷宮なんかは深い階層ほど濃くなるから、耐性の低い低レベルの内に無理矢理潜ると、魔力中毒という状態異常になってステータスが下がり、最終的には強制リスポーンになっていた。
その魔力が、敷地内だけ、ここらの地上ではあり得ないほどに濃い。特に工房の中は段違いだ。
さっき見学に行かなくて正解だったな。セフィアは確実に体調を崩していた。ここまでになると、商人も怪しい。
幸い一般人でも死ぬことはない程度の濃度だから、頭痛や吐き気を催すだけだとは思う。けど、魔法適正が低い人間は変化に気がつけず、急に症状が出るらしいからな。よけいに悪い噂が立つところだった。
そうすると契約するのにもっと苦戦しただろうし、いっそう目立つ要因になりかねない。噂ってのは怖いからな。
セフィアが早々に顔色を悪くしたのは、エルフの血が入ってる分、魔法適正が高いからだろう。
その辺の違いが出る理由は、魔法系最上位の職業クエストを受けてた人なら知ってるかもしれない。
「建材は、普通の石材か。耐えられなくて当然だな」
俺が知ってるのはせいぜい、魔力耐性と潜れる迷宮の限界階層の関係、それから素材との関係だとか、生産に関わるあたりだけだ。
それで言えばただの木材なんて最悪で、すぐに変質してしまう。こういう石材は、木材よりはマシくらいだ。
だから魔法職用の杖は特別な木を使うんだが、それでも安物は消耗品だからな。そう思ったら、一ヶ月はまだ保った方かもしれない。
「たしか、ストレージに……。あった、魔力濃度計」
このキャラでも迷宮に潜っておいて良かった。最初に迷宮に潜るときにもらうアイテムだから、そうでなければ雰囲気で判断するしかなくなるところだった。
この濃度だと、だいたい三十階層くらいか? 上位職にはなっていないと辛い数値だ。本当に、工房を見学しなくて良かった。
何にせよ、工房も建て直しだな。これじゃあ作業の途中に崩落する。
あとは探し物さえ見つかれば……。
「うん?」
あれは穴、だな。下は、それなりに大きな空洞。
ロープを垂らして下りてみると、人工的な石造りの小部屋と、下に続く階段があった。階段の先に行くほど魔力濃度は濃くなっているようで、うっすら青白い光も見える。
反対側には上り階段が続いていたが、土で埋まっていて出られない。
どうやら、探し物を見つけたらしい。
ここは高濃度の魔力の発生源であり、この土地の購入を決めた理由。大迷宮へ続く隠し通路だ。
あるとは思っていたが、完全には確信できなかったからな。本当に良かった。
この通路の有無で、今後の動き方が大きく変わる。
一応下も確認しにいけば、記憶の通り、迷宮に続くゲートが青白い光を放っていた。虹色の膜に覆われているから先は見えないけど、魔力はしっかり通しているようだ。
ゲーム時代は木のうろが入り口になってたんだが、何かの拍子で塞がったらしい。で、代わりにこの工房が繋がった。
たぶん、基礎工事のときだろうな。
とにかく、これで確認しないといけないものは全部だ。これで色々と計画できる。
そうだな、やはり時間の掛かる住居は後回しにして、先に工房を作ろう。こっちの方が単純な作りで済む。
何にせよ今ある建物は邪魔だし、全部壊すか。
壊すだけなら打撃系の武器が手っ取り早いが、かなり大きな音が鳴ってしまうな。
そんなことして目立ちたくないし、何か良い方法は……。
「ある、な。いけるか分からないが、試してみるか」
ストレージから取り出すのは、何の変哲もない鋼の剣だ。たぶん、フレンドのサブキャラに作った低レベル装備の失敗作。
そいつを構え、まずは工房に向かう。
「ふっ!」
手応えは、十分。しかし朽ちた工房は変わらずそこに建っていて、変化は見られない。
いや、上手くいってるな。よく見れば、さっきまで無かったはずの継ぎ目が縦横にはしっていた。
エルダスの工房でやらかした経験が生きたな。こんなボロボロの建物なら、サブのスキルでも問題なく細切りにできる。
あとはこれをまとめてストレージにしまえば撤去完了だ。アイテムとしては、石の瓦礫でひとまとめになるらしい。
この調子で家の方もいくか。こっちはサイズがあるから、なかなかに骨が折れそうだ。
さっきよりももう少し力を込めるか。
「ハァッ!」
あ、まずい!
そう思った次の瞬間、ガラガラと大きな音が鳴って、瓦礫の雨が降る。力を入れすぎて地面まで切り裂いてしまったんだ。
足下が崩れたせいでバランスが崩れ、倒壊した。大失敗だ。
慌てて瓦礫をストレージに詰め込むが、かなり大きな音がしたんだ。とうぜん人が集まってくる。
「おーい、あんた大丈夫か!?」
「あー、すみません。大丈夫です! 急に崩れてきて!」
「ここは仕方ねぇよ! さっき商人さんから話聞いてたろ?」
あのおじさん、見てたのか。まあ、不審者と思われないなら話が早くていいか。
「実はここ、買ったんです! すみません、お騒がせしました!」
「正気か兄ちゃん!? いや、まあ、気を付けろよ!」
なんかいい人そうだな。見た目厳ついけど。
エプロン付けてるし、近くでお店でもやってるのかもな。
さて、と。建物の撤去はこれでいいな。すっかり更地だ。
じゃあどう作るか考えるか。
「まず考えないといけないのは、この穴をどうするか、だな」
これだけの魔力だ。どうせなら利用したい。いずれ迷宮にも潜りたいから、ロープなんかなしに人が通れるような構造を用意する必要もある。
しかしこのままだと周囲への影響が大きいから、できれば工房の中だけで魔力が留まるようにしたい。
そうすると、工房と隠し通路を直接繋げるのがいいか。で、工房の入り口は二重扉にする。騒音対策にもなるし丁度良い。
「イメージができてきたな。簡単な図面に起こしてみるか。紙と、机もたしかストレージにあったな」
前世の俺には大した知識はない。けど、今なら生産職としてこのサブキャラが培った知識がある。どういう仕組みなのか、自分が経験したこととして思い出せるんだ。
鍛冶のときみたいに現実で調べてはないのに、不思議な感覚だ。いや、鍛冶の方も、剣のできがなんとなく分かったな。感覚的すぎて信じきれなかったからあんな事故を起こしてしまったわけだが。
「よしこんな感じだな」
工房は前とほとんど同じ位置に建てる。一階は倉庫にして、作業場は地下だ。空気孔には結界の魔道具を設置して、魔力漏れを防げばいいだろう。
構造としてはこんなもので十分。
問題なのは、何の素材で作るかだ。
木材や石材はもちろん、金属でも下手なものは使えない。モンスター素材ですら、健在に適したものはこの濃度に何十年と晒すのが難しいものばかりだ。
もちろんそのままであの魔力に耐えられえる素材も持ってはいる。しかし圧倒的に量が足りない。倉庫が使えたなら大量に持ってたんだが、残念ながらそれらしい施設がなかった。
つまり手持ちの素材だけでどうにかしなければならないわけだが……。
無いなら、作ればいい。
高濃度の魔力で諸々が駄目になるのは、素材が魔力と反応して変質するからだ。要は、鉄が酸素に触れて錆びるのと同じ。
なら、魔力よりも結びつきやすい何かか、魔力そのものとあらかじめ反応させた素材を使えば良い。
今回なら、魔力と反応させて作る素材がいいだろうな。
一番楽なのは鉄に魔力を反応させた魔鉄なんだが、そこまで下位の素材は逆に持っていない。それに、熱伝導率が高すぎて工房の建材には不適切だろう。
候補はいくつか思い浮かぶが……。
「そうか、地下室を作るときの土があるな」
土の処理も同時にできるし、それで作るか。
そうと決まればまずは地下室作りだな。
穴掘りは、大工のスキルですぐだ。
「『ピットホール』」
本来は基礎を作るのに浅く広く掘り下げるスキルだが、魔法系上位職のワイズで覚える共通スキル、精密魔力操作を組み合わせると、かなり細かく範囲を指定できる。
くわえて、パッシブスキルで増やした魔力を使えば――
「よし、大枠はこんなもんだな」
ものの一分で車十台分くらいの四角い穴が空いた。土はストレージの中に入ってる。
この土を使って、工房に使う建材を作る。
手持ちの板材と木材を適当に並べて枠を作り、そこにさっき出た土を出す。
で、魔力の結晶である魔石を砕いて混ぜ、錬金術師のスキルで反応を促進。同時に鍛冶師のスキルで熱しながら、圧力をかけて押し固める。
ストップの合図は、ブロックが淡く青白い光を放ったタイミングだ。
出来上がった白っぽいブロックを指で軽く叩いてみる。思ったより軽い音だが、なかなか頑丈そうだ。
一度試しにストレージに入れてみると、耐魔ブロックという名前が表示された。
「ふぅ、成功だ」
若干うろ覚えだったから、上手くできて良かった。大工で作るのは杖やハウジング用の家具がメインで、建材なんかめったに作らないからな。
あとは同じ作業をせっせと繰り返せば、あっという間にブロックの山ができあがった。
「……少し作りすぎたな」
何個有るんだこれは。見上げてると首が痛くなる。
途中から楽しくなってきたのがいけなかった。
まあ、余れば地上部分とか、住居の基礎に使えば良いか。見た目は周りの家に合わせるつもりだし、ある意味丁度良い。
そうだ。どうせ工房の方は住居に隠れて見えないんだし、多少好きに作ってもいいかもな。
どんなのがいいだろうか。模様のデザイン、なんてものは正直センスに自身がないし、シンプルなのしか無理だろうが……。
まあ、工房部分を作ってから考えるか。錬金術スキルと手持ちの素材を使えば、色を変えるくらいはすぐだしな。




