死にたくないから全力で攻略対象を嫌がらせして悪役令嬢フラグ全部回避します!…のはずが、王子がどんどん距離を詰めてくる件
「……はっ!?」
目が覚めた瞬間、私は本能で理解した。これは夢じゃない。
豪華な天蓋付きベッド、金糸の刺繍が施されたカーテン、壁には貴族の紋章。
そして鏡に映る、艶やかな金髪と碧眼の美少女。
「マジか……アリサ・フォン・ルヴァルって、あのアリサ!?」
前世で死ぬほどプレイした乙女ゲーム『恋する王国のプリンセス☆ハート』。
その中でも屈指の悪役令嬢、アリサ・フォン・ルヴァル。
婚約者であるレオ・アステリア王子を独占しようと画策し、ヒロインをいじめ抜き、最終的には全ルートで処刑か国外追放される、完璧な噛ませ犬キャラだ。
「いや、待って待って。今何月? えーっと、確か春の舞踏会が……」
机の上のカレンダーで日付を確認する。
まだ学園編の序盤だ。舞踏会まであと三日。
「やばい…超やばい。このままいったら確実に死ぬ」
原作では舞踏会でヒロインに嫌がらせをして、レオに見限られるのが破滅フラグの始まりだった。
「よし、決めた。絶対に死なない。そのためには――」
私は拳を握りしめた。
「レオ王子を徹底的に困らせて、私への興味を失わせる!」
舞踏会当日。
私は完璧に準備を整えていた。
「アリサ様、本当にそのドレスで?」
侍女のメイベルが心配そうに聞いてくる。
「ええ、これでいいの」
私が選んだのは、派手すぎず地味すぎない、上品な青いドレス。
原作のアリサなら、ヒロインより目立とうと真っ赤なドレスを着るところだが、そんなことはしない。
目立たず、レオとの接触を最小限にする。それが生存戦略だ。
会場に到着すると、すでに大勢の貴族たちが談笑していた。
その中心にいるのが、彼――レオ・アステリア王子。
金の髪、紫紺の瞳、整った顔立ち。まさに王子様だ。
「アリサ、来ていたのか」
レオが私を見つけて近づいてくる。
やばい、接触は避けたいのに。
「レオ様。ごきげんよう」
できるだけ事務的に挨拶する。
「その……今日は一段と美しいな」
「ありがとうございます。では失礼します」
「え、ちょっと待って」
私はさっさと別の貴族グループに移動した。
レオが困惑した顔をしているのが見える。よし、第一段階成功。
しかし、甘かった。
「アリサ様、最初のダンスは私と踊っていただけますか?」
追いかけてきたレオが、周囲の注目が集まる中で手を差し出してきた。
断れない状況を作りやがった!
「……光栄ですわ」
仕方なく手を取る。ダンスフロアの中央へ。
音楽が始まり、ワルツが流れる。
「アリサ、今日は様子がおかしいな」
レオが小声で囁く。
「そんなことありませんわ。いつも通りですわよ」
「いや、普段なら私にべったりくっついてくるのに」
うっ。確かに原作のアリサはそうだった。
「レオ様への愛が重すぎて、逆に距離を置こうと思いまして」
咄嗟の言い訳。
「……本当に?」
レオの紫紺の瞳が私を見つめる。なんか…鋭い。
この王子、原作より頭が切れる。
「ええ、本当ですわ。むしろレオ様こそ、私以外の方と楽しまれたらいかがですか?」
「それは……」
「ほら、あちらの令嬢方があなたを待っていますわよ」
私はわざとらしく他の令嬢たちを指さす。
ダンスが終わると、私はすぐにレオから離れた。
完璧だ。これで彼への興味も失せるだろう。
翌日から、王立学園での本格的な作戦を開始した。
「おはようございます、レオ様」
「あ、ああ、おはよう」
廊下で会っても、軽く挨拶して通り過ぎる。
原作なら延々と話しかけ続けるシーンだ。
「アリサ、ちょっと待って」
「申し訳ございません。急いでおりますので」
すたすたと歩き去る。後ろからレオの困惑した声が聞こえる。
授業中も、レオの隣の席なのに一切話しかけない。
休み時間も図書館に籠もる。
さらに、極めつけの作戦を実行した。
「レオ様、これを」
昼休み、私はレオに小さな箱を渡した。
「これは?」
「お弁当ですわ。婚約者として、たまには手料理を」
レオの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう! アリサがこんなことをしてくれるなんて」
ふふふ、甘いな。
その日の午後、レオは保健室に運び込まれた。
「激辛料理で悶絶……?」
「ええ、そうみたいですね」
私は友人の令嬢たちに事情を説明する。
「お弁当に入れたハバネロソースの量を間違えてしまって。レオ様の好みを調べ損ねましたわ」
実際には完璧に計算した量だ。
死なない程度に、でも確実に苦しむ量。
「アリサ様、それは事故ですわよね?」
「もちろんですわ。でも、私の料理の腕が足りなかったのは事実。レオ様には本当に申し訳なく……」
涙まで流してみせる。周囲は同情的だ。
しかし。
「アリサ」
夕方、保健室から出てきたレオが私を呼び止めた。
「レオ様! 大丈夫ですの!?」
「ああ、もう平気だ。それより――」
レオは微笑んだ。
「君の作った料理、初めて食べたよ。激辛だったけど、ちゃんと出汁は美味しかった」
「え……」
「次はもう少し辛さを控えめにしてくれると嬉しいな」
(何で怒らないの!? 普通怒るでしょ!?)
「そ、それは……」
「君が私のために料理を作ってくれた。それだけで嬉しいんだ」
レオの笑顔が眩しすぎる。
まずい。これは想定外だ…。
「ダメだ……全然効果がない」
部屋で一人、私は頭を抱えた。
あれから一週間。私はありとあらゆる嫌がらせをした。
レオの授業のノートを「うっかり」破いた。
彼は笑って「一緒に復習しよう」と言った。
レオの剣術の試合に「応援に」行って、わざと対戦相手を応援した。
彼は「君が楽しんでくれるならそれでいい」と言った。
レオの誕生日に「間違えて」一年前の日付でプレゼントを渡した。
彼は「気持ちが大事だから」と受け取った。
「どうなってんのこの王子!? 聖人すぎるでしょ!?」
このままでは破滅フラグが回避できない。もっと決定的な何かが必要だ。
そして、私は最終手段に出ることにした。
「レオ様、お話があります」
学園の中庭で、二人きりになったところで切り出す。
「何だい?」
「婚約を解消していただきたいのです」
レオの表情が固まる。
「……それはどういうことだ?」
「私たちは政略結婚で結ばれただけ。愛情などありません。レオ様ももっと自由に恋をなさるべきですわ」
「アリサ……」
「ですから、どうか――」
「嘘だ」
レオが私の言葉を遮った。
「君の言っていることは全部嘘だ」
「な、何を――」
「この一週間、君は明らかに不自然だった。わざと私を困らせようとしている」
(見抜かれていた!?)
「なぜそんなことをするのか、理由を教えてくれ」
レオの真剣な眼差し。逃げられない。
「それは……」
言えない。転生したなんて。
ゲームの世界だなんて。死にたくないだなんて。
「私は……ただ……」
言葉に詰まる。すると、レオが優しく微笑んだ。
「アリサ、君は何か恐れているんだろう?」
「え……」
「君の行動は、まるで私との関係を壊そうとしているようだ。でも、なぜそんなことをする必要がある?」
レオが一歩近づく。
「もしかして、誰かに脅されているのか? それとも、何か事情が?」
優しい声。心配してくれている。
ああ、ダメだ。わかっているのに胸が熱い。
「レオ様……」
気づけば、涙が溢れていた。
「私、怖いんです。このままだと、私は……」
「アリサ」
レオが私の肩を抱いた。
「大丈夫だ。何があっても、私が君を守る」
「でも……」
「君が何を恐れているのか、今は分からない。でも、一つだけ確かなことがある」
レオが私の目を見つめる。
「私は君を信じている。そして、君の味方だ」
その夜、私は決意した。
全てを話すことはできない。でも、少しだけ本当のことを。
翌日、再び中庭でレオと二人きりになった。
「レオ様、実は……私、予知夢を見たんです」
「予知夢?」
「ええ。このままだと、私は将来、大きな過ちを犯して破滅する、と」
まあ、嘘は言っていない。
「だから、それを避けるために、あなたとの関係を壊そうとしました。
私がレオ様に執着することが、破滅の原因だと思ったから」
レオは少し考えてから言った。
「なるほど、だからあんな行動を」
「ごめんなさい。変なことをして」
「いや、謝ることはない」
レオが笑う。
「でも、一つ言わせてくれ。未来は変えられる」
「え?」
「君が予知夢を見て、それを避けようと行動している時点で、もう未来は変わっている。だから、怖がる必要はない」
その言葉に、私ははっとした。
そうだ。私は原作通りの行動をしていない。
つまり、もう原作とは違う未来を歩んでいるのだ。
「それに」
レオが続ける。
「君が破滅するような未来なんて、私が絶対に許さない」
「レオ様……」
「一緒に、新しい未来を作ろう。アリサ」
差し出された手。私はそれを握った。
「……はい」
それから数ヶ月。
私の生活は一変した。
まず、原作のヒロインが入学してきた。可憐な少女、エミリア。
原作なら私は彼女を徹底的にいじめるのだが――
「エミリア様、こちらのお茶会にいらっしゃいませんか?」
「え、本当ですか!? アリサ様!」
なぜか…逆に親友になった。
「アリサ様って、噂と全然違いますね。すごく優しくて」
「そ、そうかしら」
レオも驚いていた。
「アリサ、君は本当に変わったな」
「前の私は、色々と間違っていたから」
学園での評判も変わった。
以前は「高慢な令嬢」と呼ばれていたが、今は「慈愛深い令嬢」と呼ばれるようになった。
そして、レオとの関係も。
「アリサ、今日の舞踏会、一緒に行かないか?」
「ええ、喜んで」
もう逃げない。前を向いて、彼と一緒に歩く。
舞踏会の夜。私とレオはダンスフロアで踊った。
「なあ、アリサ」
「何ですか?」
「君の見た予知夢の破滅って、もう避けられたのかな?」
「さあ、どうでしょう」
私は微笑む。
「でも、もう怖くはありませんわ」
「どうして?」
「だって、レオ様が一緒にいてくださるから」
レオが優しく笑った。
「ああ、ずっと一緒だ」
音楽が終わり、拍手が沸き起こる。
私たちは手を繋いだまま、周囲に一礼した。
転生して、乙女ゲームの悪役令嬢になった私。
死にたくない一心で、攻略対象を困らせようとした。
でも、結果的に彼と本当の信頼関係を築くことができた。
これは、ゲームの攻略でもなく、死亡フラグの回避でもなく。
ただ、私とレオの、新しい物語の始まり。
「ねえ、レオ様」
「ん?」
「次のお弁当は、辛くしませんから」
「……あれはやっぱりわざとだったのか」
「ふふ、さあどうでしょう」
私たちは笑い合った。
もう、怖いものなんてない。
死にたくない悪役令嬢は、今日も全力で、生きることにした。
【完】




