表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

第5話「ヒロインの秘密」

「お前……何者だ?」


あの言葉が、まだ耳の奥で反響している。改変モブ1号の、心の中の声。まるで、透明な壁を隔てて初めて直接会話したかのような感覚だった。そして、高嶺美咲。「また会ったね」と、まるで俺の存在を当たり前のように認識しているあの笑顔。


俺の安全な傍観者ライフは、完璧に崩壊寸前だった。


「なんでだよ……なんで俺の最強スキルが、あいつらにだけ通じねーんだよ!」


俺は朝の教室で、心の中で叫んだ。もちろん、誰にも聞こえない。そのはずだ。今日も、俺は誰からも話しかけられないし、視線も感じない。しかし、一度認識されたという事実は、俺の脳裏に深く刻み込まれていた。


改変モブ1号は、相変わらず教室の隅で本を読んでいる。ちらりと視線を向ければ、奴もまた、俺の方をちらりと見る。その視線が交錯するたびに、心臓がドクン、と不穏な音を立てた。まるで、水面下で綱引きをしているような、静かな、しかし確かな緊張感。


「ちくしょう、できる限り関わらないようにするしかない……!」


俺はそう決意し、存在感ゼロのスキルをフル活用して、今日もひっそりと行動することにした。


昼休み。俺は食堂には行かず、校舎の屋上へと足を向けた。ここなら、他の生徒もあまり来ない。それに、万が一誰かに見られたとしても、屋上の縁に腰掛けて、空を眺めているだけの「背景モブ」にしか見えないだろう。


太陽の光が降り注ぐ中、俺は持参したパンをちぎって食べる。平和だ。この瞬間だけは、俺の安全な箱庭が戻ってきたような気がした。


ふと、屋上の一角に、高嶺美咲の姿が見えた。彼女は、いつもなら友達とランチを囲んでいるはずなのに、今日は一人で、柵にもたれかかっていた。その表情は、どこか物憂げで、遠くの空をじっと見つめている。


(美咲……もしかして、藤堂翔と何かあったのか?いや、それなら原作通りだし、別に俺が気にする必要は……)


そう思っていると、美咲が小さく、しかしはっきりと呟いた。


「また、別の物語から来たのか……」


俺は、耳を疑った。別の物語?まさか、そんな馬鹿な。


美咲は、虚空を見つめたまま、言葉を続ける。


「この物語は、もう少しで始まるはずなのに……邪魔をしないでほしいな」


その声には、悲しみと、諦めと、そして強い意志が混じり合っていた。まるで、誰かに語りかけているようでありながら、それは独り言。誰にも聞かれるはずのない、彼女だけの秘密を打ち明けているかのような。


(別の物語……邪魔……?何言ってんだ、このヒロイン!?)


俺の脳内は、完全にパニックに陥った。彼女は、俺と同じ「転生者」であると同時に、この「物語」の存在を認識しているのか?だとしたら、彼女は一体、何者なんだ?そして、何を「邪魔」されたくないんだ?


美咲は、再び深い溜息をついた。その横顔は、いつも見せる笑顔とは全く違う、どこか儚げな表情をしていた。


俺は、もう我慢できなかった。衝動的に、彼女に声をかけようと一歩踏み出した。


その瞬間、美咲が、まるで俺の存在に気づいたかのように、ふわりと振り返った。そして、俺の方をまっすぐに見つめ、小さく微笑んだ。


「聞こえてたでしょ?」


その言葉は、まるで初めから俺がそこにいることを知っていたかのように、自然だった。俺の存在感ゼロのスキルは、彼女には全く通用していない。確信した。


「あ、いや、その……」


俺は言葉に詰まった。バレバレだ。言い訳なんてできるはずもない。


美咲は、俺の狼狽ぶりを面白がるように、くすりと笑った。


「ここにいる人って、あなたしかいないから。話し相手になってくれて、ありがとう」


「は、はは……」


俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。まさか、ヒロインの独り言に、自分が偶然居合わせて、しかもそれがバレるとは。モブとして、こんなに目立っちゃっていいのか?


美咲は、再び空を見上げながら、ポツリと呟いた。


「この世界は、私が望んだ物語じゃない。だけど、ここには……この物語には、どうしても見届けたい結末があるの」


その瞳には、強い光が宿っていた。そして、どこか遠い場所を見ているような、そんな眼差しだった。


「見届けたい結末……って、どういう意味だ?」


俺は、恐る恐る尋ねた。彼女の言葉は、俺の知る「学園ラブコメ小説」の範疇を、はるかに超えている。


美咲は、ゆっくりと俺に視線を戻した。


「それは……まだ、言えない。でも、あなたなら、いつか分かるかもしれない。だって……あなたも、私と同じ、この世界に“流れ着いた”存在でしょう?」


その言葉は、まるで雷鳴のように俺の頭を打ち砕いた。彼女もまた、転生者。いや、「流れ着いた存在」と言った。俺とは少しニュアンスが違うのだろうか。とにかく、彼女も「こっち側」の人間だ。しかも、俺の転生まで見抜いている。


「俺が……流れ着いた?」


俺は呆然とした。どういうことだ?俺はただ、目が覚めたらこの世界にいた、としか思っていなかったのに。彼女の言葉は、俺の転生に対する認識すら揺るがすものだった。


美咲は、俺の答えを待たずに、ふわりと身を翻した。


「そろそろ、授業が始まる時間だから。またね、背景くん」


そう言って、彼女は屋上を去っていった。その背中は、まるで幻想のように、するりと視界から消えていく。


俺は、一人、屋上に残された。手の中に、何も残らないような、空虚な感覚。


「背景くん……」


俺は、美咲が最後に言った言葉を反芻した。彼女は、俺を「背景」と呼んだ。それは、俺の存在感ゼロの特性を認識しているからだろう。しかし、その呼び方には、どこか親しみが込められているような、そんな気がした。


高嶺美咲。彼女は、ただのヒロインじゃない。俺と同じ「転生者」であり、この物語の秘密を知っている。そして、俺のことも認識している。


俺の安全な傍観者ライフは、完全に終わりを告げた。この物語は、俺が思っていたよりも、ずっと複雑で、そして、俺自身もその登場人物として、否応なしに巻き込まれていくことになるのかもしれない。


空はどこまでも青く、雲一つない。しかし、俺の心の中には、新たな謎の靄が、深く、濃く立ち込めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ