第4話「静かな干渉戦」
昨日の出来事を思い出すたびに、心臓がトクン、と鳴った。
高嶺美咲が俺に話しかけてきた。しかも、俺の存在を認識しているかのように。「いつも、そこにいるような気がして」なんて、そんな殺し文句、モブに対するセリフじゃねーだろ!そして、改変モブ1号。あいつの「俺は、この物語を救うんだ」というメッセージ。そして、俺と美咲のやり取りを見ていた、あの挑戦的な眼差し。
俺の安全な傍観者ライフは、どうやら風前の灯火らしい。俺はただ、平和に物語の行く末を見守りたかっただけなのに!
「ちくしょう、こうなったら意地でも、この物語の筋書きは守り抜いてやる……!」
脳内で小さく拳を握りしめた。安全圏を侵すイレギュラーには、地味に、しかし確実に、抵抗するしかない。そう、これこそがモブの戦いだ。
体育の授業は、いつも通りのんびりとした雰囲気だった。今日の種目はバドミントン。ペアを組んでラリーをする練習だ。
「よし、じゃあペアは各自で組んでくれー!」
体育教師の声が響くと同時に、生徒たちはワッと動き出す。俺はいつものように、存在感ゼロを活かして壁際で佇んでいた。どうせ俺は誰にも気づかれないから、ペアは適当に余った人と組めばいい。
すると、視界の端で、改変モブ1号が動き出した。彼は、高嶺美咲がペアを探しているのを確認すると、サッと彼女の近くに移動する。そして、美咲に声をかけようとしていた男子生徒の足元に、**「偶然」**バドミントンシャトルが転がった。
「あ、すみません!」
男子生徒がシャトルを拾おうと屈んだ、その一瞬の隙。1号は、まるで計算し尽くされたかのように、美咲の前にスッと移動し、爽やかな笑顔を向けた。
「高嶺さん、もしよかったら、俺とペアになりませんか?」
(うおおおお!なんてベタな!だけど効率的!あいつ、まさかシャトルコントロールスキルでも持ってんのか!?)
俺は心の中で絶叫した。このままでは、高嶺美咲と、本来ペアになるはずの藤堂翔の間に、妙な介入が入ってしまう。原作のラブコメ展開に、いらん波紋が広がるのは阻止せねば!
俺は考えるより早く、行動していた。近くにあったもう一つのシャトルを、体育館の床を滑らせるように、**「偶然」**藤堂翔の足元に転がしたのだ。もちろん、誰にも気づかれないように。
「おっと、なんだこれ?」
藤堂は、自分の足元に転がってきたシャトルを拾い上げた。その時、彼が高嶺美咲の方を見た。そして、美咲と1号がペアになろうとしている様子が目に入ったのだろう。
「高嶺!もしよかったら、俺とペア組まないか?ちょうど相手探してたんだ!」
藤堂が、持ち前の爽やかさで美咲に声をかけた。美咲は、一瞬だけ藤堂と1号の間で視線を揺らがせたが、結局、いつもの物語の流れに沿うように、ふわりと微笑んだ。
「あ、はい!藤堂くんとご一緒させてください!」
藤堂と美咲は笑顔でペアを組んだ。よし、ひとまず改変阻止成功!
(ふっ、モブを舐めるなよ。俺は背景モブ。つまり、この舞台装置の裏側を知り尽くした、最高の黒子なんだから!)
俺は心の中でガッツポーズをした。しかし、俺の視線と、1号の視線が、一瞬だけ絡み合った気がした。彼は、小さく、しかし確実に、舌打ちをしたように見えた。
次の攻防は、文化祭の準備期間だった。
クラスでは、文化祭で演劇をすることになり、配役や作業分担の話し合いが始まっていた。もちろん、高嶺美咲と藤堂翔は、メインキャストとして重要な役を担うことになる。これが原作通りの展開だ。
しかし、またしても改変モブ1号が暗躍を始めた。彼は、話し合いの最中、さりげなく意見を挟んだり、手元の資料を「間違えて」配り直したりして、メインキャストの配置や作業場所を微妙に変えようとしていた。
例えば、藤堂翔が使うはずの小道具を、うっかり別の場所に移動させてみたり。高嶺美咲が飾り付けをする予定だった場所に、別の女子生徒を誘導してみたり。どれもこれも、二人の距離が縮まるイベントを潰そうという意図がミエミエだった。
(あの野郎……今度は役者たちの動線を操る気か!?そんなことしたら、ラブコメじゃなくてホラーになっちまうぞ!)
俺は焦った。文化祭イベントは、ラブコメにおける重要フラグの宝庫だ。ここで崩されたら、物語が変な方向に暴走してしまう。
俺は再び、モブの能力をフル活用した。
「あれ、この台本、なんかページが入れ替わってるな?」
誰かの声が聞こえた瞬間、俺はサッと手を伸ばし、配られたばかりの台本の一部を、**「偶然」**床に落とした。そして、落とした拍子に、本来のページ順に戻してさりげなく拾い上げる。誰にも気づかれずに。
また、高嶺美咲が装飾品を運んでいる時、彼女が通るはずの通路に、**「偶然」空の段ボール箱を置いてみたりした。美咲がそれを避けるために、ほんの少しだけ遠回りをする。その遠回りした先に、これまた「偶然」**藤堂翔が立っていて、「手伝おうか?」と声をかける。
「あ、藤堂くん、ありがとう!」
結果、美咲と藤堂の共同作業が増え、二人の距離は、より一層親密になった。
(ふっふっふ……モブの力、見せつけてやったぜ!)
俺は心の中で勝利の雄叫びを上げた。完璧な背景として、地味に、しかし確実に、物語の進行を修正していく。これぞ、俺にしかできない戦い方だ。
しかし、俺の行動が、改変モブ1号に気づかれ始めていることも、同時に感じていた。
何度か、俺が裏でこそこそと行動を修正した後、1号は俺の方をじっと見つめるようになった。その目は、獲物を捕らえるかのような、鋭い光を宿している。まるで、俺の存在感ゼロのベールを、その視線で剥がそうとしているかのようだ。
体育館裏で、文化祭で使う大道具の運び出し作業が行われていた時だ。俺は、誰にも気づかれずに大道具の陰に隠れ、1号の動きを監視していた。彼は、藤堂翔が運ぶはずの重い台を、わざとバランスの悪い位置に置こうとしていた。きっと、それを藤堂が倒して、高嶺美咲が助けに来る、なんてベタな展開でも狙っていたのだろう。
俺は、またしても**「偶然」**を装って、その台の重心を微妙にずらした。
その瞬間、1号が、ピタリと動きを止めた。彼は、ゆっくりと首を巡らせ、まっすぐ俺のいる方向を見た。
「お前……何者だ?」
低い声が、直接俺の耳に届いた。周囲に生徒はいない。俺は、背筋が凍り付くのを感じた。
(嘘だろ……!?俺の声が聞こえたのか!?)
いや、違う。彼は声に出したわけじゃない。俺の「存在感ゼロ」スキルは、俺が発する音や、俺の存在そのものを、周囲から認識させなくする。だから、俺の独り言は誰にも聞こえないし、俺がどれだけドタバタしようが、誰も気づかない。
だが、今、彼が発した言葉は、彼の「心の中の声」だった。俺の脳内に直接響いたのだ。
それは、まるで透明な壁を隔てて、初めて直接言葉を交わしたかのような感覚だった。
彼の瞳は、獲物を捉えた獣のようにギラついていた。もう、彼は俺の存在を、完全に「認識」している。
俺の安全な傍観者ライフは、本当に終わってしまったのかもしれない。目の前の改変モブ1号は、間違いなく俺の天敵だった。
そして、この物語は、俺が思っていたよりも、ずっと深く、複雑に絡み合っていることを、嫌というほど思い知らされた瞬間だった。