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第2話「観察者の優位性」

翌日。朝の教室は、相変わらずキラキラとした青春のオーラに包まれていた。藤堂翔と高嶺美咲が、窓辺で何やら楽しそうに話しているのが見える。うんうん、実に健全。この物語の主軸は今日も平和そのものって感じだ。


俺は、自分の席――いや、もはや存在しないも同然の空気椅子に座り、教科書を開くフリをしながら、昨日の出来事を反芻していた。俺、転生しちゃったんだよな。しかも、学園ラブコメの世界の背景モブとして。名札もない、点呼も飛ばされる、完全なる「透明人間」。


「……つまり、俺、最強じゃん?」


脳内で独りごちた。これって、めちゃくちゃ都合がいい能力じゃないか?だって、誰にも気づかれずに、この物語のあらゆる「裏側」を覗き見できるんだぜ?ヒロインの秘めたる恋心も、生徒会長の隠れた趣味も、ヤンキーの意外な素顔も。全部、俺だけの特等席から丸見えってことだ。


ゲームで例えるなら、自分は操作キャラじゃないけど、全マップ、全キャラの裏設定、全イベントフラグが常に表示されてるデバッグモードって感じか?しかもノーリスク。これはもう、ある意味で「観察者の優位性」ってやつだ。


昼休み。教室の喧騒は最高潮に達し、あちこちで笑い声が弾けている。俺は、持参したツナマヨおにぎりを片手に、廊下の端に立つ。今日のターゲットは、すれ違うメインキャラクターたちの会話だ。


まず、生徒会の会計をしているメガネ男子が通りかかった。普段は真面目一本槍で、冗談の一つも言わないタイプ。だが、彼の背後から、女子生徒の声が聞こえた。


「ねえ、○○くんってさ、実は結構可愛いもの好きらしいよ?」


「えー、マジで?あの硬派な会計委員が?」


「うんうん、この前、購買で限定のクマさんキーホルダー欲しそうに見てたんだって!」


「やっば、超ギャップ萌えじゃん!」


メガネ男子は、聞こえないフリをして足早に去っていったけど、耳が真っ赤になってるのが俺には見えた。ふっ、お前も人間だったか。これはいい情報だ。いつか、彼が高嶺美咲に恋をして、そのギャップがバレて修羅場になるところを想像すると、ニヤニヤが止まらない。いや、物語には直接関係ないけどな!


次に、廊下の向こうから、まさに絵に描いたような不良風の男子生徒が歩いてきた。ジャージは着崩し、髪は金髪、耳にはピアス。いかにも「この学校の危険人物」って感じだ。しかし、彼の隣を歩く、華奢な女子生徒が何かを落とした瞬間、ヤンキーはサッとそれを拾い上げ、優しい手つきで差し出した。


「おっと、危ねぇな。これ、お前のじゃねぇのか?」


「あ、ありがとうございます!」


女子生徒が恐縮しながら受け取ると、ヤンキーは「おう」とだけ言って、何事もなかったかのように去っていく。その背中には、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。


うおおお、まさかの優しさ炸裂!あのヤンキー、実は面倒見がいいって設定、やっぱりあったんだな。本編では描かれない、こういうサブキャラの人間臭い部分に触れると、胸が熱くなる。これもまた、安全な場所から見守る俺だけの特権だ。


読者視点では、この教室で展開されているのは、まさに王道学園ラブコメそのものだろう。高嶺美咲と藤堂翔の、甘酸っぱい出会いと恋の予感。時にすれ違い、時に助け合い、ゆっくりと二人の距離が縮まっていく。しかし、その裏側では、俺という存在が、まるで隠しカメラの映像のように、すべての人間関係や心理の機微を実況している二層構造になっている。


「このまま観察者でいれば、物語がどんなに複雑になっても、俺に死ぬリスクは一切ない」


そう確信した瞬間、俺の心は揺るぎない平穏に包まれた。最高の安全地帯。これ以上の場所はどこにもない。俺はただ、静かに物語の行く末を見守ればいい。そう、思っていたんだ。


放課後。いつも通り、教室に残る生徒はまばらになった。俺は、今日も一日、完璧なモブとして存在した自分を褒めながら、まったりと時間を潰していた。


その時、教室の隅、窓際の一番後ろの席に座る男子生徒に、ふと目が留まった。彼は、昨日も見た、見慣れない顔の生徒だった。


「あれ……まだいたのか?」


名簿に名前はない。今日の席替えでも、彼の存在を示すものは何一つなかった。なのに、彼はそこにいる。まるで、最初からそこにいるのが当たり前のように、自然に。


しかも、彼は藤堂翔や高嶺美咲といったメインキャラクターたちと、ごく自然に会話を交わしているではないか。まるでクラスメイトの一員として、何の違和感もなく溶け込んでいる。


「藤堂、今日の数学の宿題、ちょっと教えてくれないか?」


「ああ、いいぜ!俺もまだ完璧じゃないけど、一緒に考えようぜ!」


「ありがとう。助かるよ、藤堂」


男子生徒はにこやかに笑い、藤堂翔もそれに朗らかに応じる。おいおいおい、普通に会話成立してるじゃねーか!俺なんか、昨日一日で誰からも話しかけられなかったぞ!


彼は、時折、俺の方にちらりと視線を寄こす。その視線は、まるで俺の存在を「知っている」かのように感じられた。いや、そんなはずはない。俺は「存在感ゼロ」のモブだ。誰にも認識されないのが、俺の最強スキルなんだから。


でも、彼が放つ、あの微かな「違和感」。それは、俺の安全な箱庭に、もう一度、波紋を起こしている。


そして、不意に気づいた。彼の机の隅に、チョークで走り書きされた文字があることに。それは、まるで誰にも見られないことを前提にした、個人的なメッセージのように見えた。


『俺は、この物語を救うんだ』


俺は思わず、その落書きに脳内でツッコミを入れた。


(は?なにそれ、中二病かよ。物語なんて、別に救う必要ねーだろ。安全に傍観してりゃいいんだよ、安全に)


そう思っていると、高嶺美咲が、帰り支度をしながら俺の方をチラリと見た。そして、小さく微笑んで、口元だけで「また会ったね」と呟いたように見えた。


俺は凍り付いた。まさか。あの時、確かに俺を見たのか?


いや、きっと、気のせいだ。俺はモブ。透明人間。誰にも認識されない、背景モブなんだから。


それでも、心臓の奥底で、かすかな、けれど確かなざわめきが広がっていくのを感じた。俺の安全な箱庭が、少しずつ、少しずつ、揺らぎ始めている。


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