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第13話「新しい学期、新しい影」

新学期が始まった。二学期の初日だ。夏休みの余韻がまだ残る教室は、いつもより少しだけ賑やかで、窓から差し込む陽光が、机の上にキラキラと散らばっている。生徒たちは、休み中のエピソードを競うように語り合い、笑い声があちこちで弾けている。

俺は、いつものように窓際の一番後ろの席に座り、完璧な「存在感ゼロ」モードで周囲を観察していた。席表に名前がない、点呼で飛ばされる、誰も俺に話しかけない――この変わらない日常が、俺にとっては最高の安心材料だ。学園祭での改変モブ1号との攻防は、なんとか俺の勝利で終わった。あいつはあれ以来、ぱったりと姿を見せなくなったし、物語も原作通りに戻ったみたいだ。

(ふう、今日も無風だな。藤堂翔と高嶺美咲も、相変わらずキラキラしてるし。俺の安全な箱庭、完璧に復活って感じじゃん?)

心の中で小さくガッツポーズを決めた。藤堂はクラスの中心で、夏休みの旅行話を面白おかしく語っているし、美咲は隣でそれを聞いて、くすくすと笑っている。二人の間に流れる空気は、甘酸っぱくて、原作のラブコメそのものだ。俺はただ、静かにそれを眺めていればいい。この特等席から、誰にも邪魔されずに。

担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。黒板に「二学期スタート!」みたいなベタなスローガンが書かれ、軽い挨拶が続く。俺はいつものように、机に突っ伏して聞き流していた。どうせ俺の名前は呼ばれないし、誰も俺の存在に気づかないんだから。

「さて、今日は転校生を紹介するぞ。みんな、よろしくな!」

先生の言葉に、クラスがざわついた。転校生?二学期から?原作にそんなイベントあったかな。俺の記憶を掘り返してみるけど、思い浮かばない。まさか、また改変モブの類か?いや、考えすぎだろ。学園ラブコメじゃ、転校生なんて定番のスパイスみたいなもんだし。

教室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってきた。明るい茶色の髪を軽くセットして、爽やかな笑顔を浮かべている。制服はピシッと着こなし、背筋が伸びていて、なんだか人当たりの良さがにじみ出ている。クラスメイトの視線が一斉に彼に集まる。

「みんな、初めまして。俺は佐藤健太。東京から転校してきたよ。趣味はサッカーとか、マンガ読むことかな。よろしく!」

彼はそう言って、軽く頭を下げた。クラスから拍手が起き、女子生徒たちの間で「かっこいいかも」「明るそう!」みたいなヒソヒソ声が聞こえてくる。先生が彼の席を指定し、佐藤健太――通称、改変モブ2号、と俺は心の中で命名した――は、藤堂翔の隣の席に座った。

(あいつ……一見、普通の転校生っぽいけど、なんか違和感あるな。存在感が、モブにしては強すぎる。俺みたいに空気じゃないんだよな)

俺は、そっと彼を観察した。佐藤はすぐに周りの生徒たちと会話を始め、笑顔で夏休みの話題を振っている。藤堂もそれに乗っかって、「サッカー好きなんだ?俺もだよ!」なんて盛り上がってる。まるで、最初からこのクラスにいたみたいに、自然に溶け込んでいる。

でも、俺のモブの勘が、警鐘を鳴らしていた。あいつの視線が、時折、高嶺美咲の方へチラチラと向かうのが見えたんだ。美咲は窓際で友達と話してるけど、佐藤の目は、まるで彼女の行動を予測するように、微妙に先読みしてる感じ。しかも、クラス全体の空気感を、さりげなく操ってる気配がある。例えば、誰かが話題を振ろうとすると、タイミングよく別のネタを投げ込んで、会話の流れを美咲の方向へ誘導したり。

(あれはモブじゃない……。せいぜい“しゃべれる背景”ってところだな。存在感ゼロの俺とは、別次元。しかも、ヒロインAに絡もうとしてる節がある。まさか、改変モブ1号の後継者か?)

心の中で分類した。原作にいない転校生が、突然現れて主要キャラに絡むなんて、絶対に何かある。学園祭の一件で学んだことだ。物語を捻じ曲げようとするヤツは、意外と身近に潜んでる。

休み時間。俺は廊下の隅に移動して、佐藤の行動をさらに監視した。彼は美咲の友達グループに近づき、「この学校、どんなイベントあるの?」なんて自然に会話に入っていく。美咲は少し警戒しつつも、笑顔で答えてる。あいつの目が、時々、藤堂の方へも向かう。まるで、二人の関係を測ってるみたいだ。

(くそっ、こいつ、絶対に只者じゃねーよ。もし改変を狙ってるなら、早めに芽を摘んどかないと……)

俺の安全な箱庭に、再び影が忍び寄ってる気がした。学園祭の時みたいに、地味に干渉するか?でも、まだ具体的な動きがない。様子見だな。

放課後。クラスメイトが帰り支度をする中、佐藤は藤堂に声をかけていた。「今度、サッカー一緒にやろうぜ!」なんて、明るく誘ってる。藤堂もノリノリで応じてるけど、俺にはそれが、藤堂の時間を美咲から引き離すための布石に見えて仕方ない。

そして、佐藤が教室を出る時、俺の方をチラリと見た気がした。気のせいか?いや、あいつ、俺の存在を認識してる可能性がある。改変モブ1号と同じく。

俺は、深く息を吐いた。新学期の初日から、こんな波乱の予感。美咲の言葉が、脳裏に蘇る。「次は、きっともっと、面白いことが起きるから」

(面白いって……これは、面白いじゃなくて、面倒くさい予感しかしねーよ……)

でも、心のどこかで、ワクワクしてる自分もいた。俺はもう、ただの傍観者じゃない。この物語の裏側を、もっと知りたいって気持ちが、強くなってるんだ。

二学期は、まだ始まったばかり。新しい影が、静かに動き出そうとしている。俺は、存在感ゼロのまま、その影を追うことにした。安全第一、だけど、時には一歩踏み出すのも悪くないかもな。

夕陽が、教室をオレンジ色に染め上げる中、俺はゆっくりと立ち上がった。物語の次のページが、めくられようとしている音が、かすかに聞こえた気がした。


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