口を塞ぐ
「良くない噂って、呪いのこと?」
「ええ。ここだけの話ですが、使用人達は東郷幸仁が、呪い殺されたのだと思っています」
「まさか──殺されたにしても、何か理由があるはずだわ。科学で証明できないものが無いとは言い切れないけど、それでも呪いというのは、私は話が飛躍しすぎていると思うの」
「奥様は素晴らしいですね。何があっても、毅然としていらっしゃる」
「止めて。冷静でいられるのは、私と東郷さんが夫婦関係に無かったからよ」
私がそう言った瞬間、抱えていた赤ちゃんがぐずり始めた。
「よし、よし……」
「私が抱きましょう。奥様は、鍵を」
「ええ」
私が鍵を閉めていると、赤ちゃんは斉藤さんの腕の中で眠っていた。
「あら。そっちの腕の中の方が、居心地がいいみたいね」
「腕が太いので、安定感があったのでしょう。良ければ、部屋までお送りします」
斉藤さんは、私のボディーガードも兼ねているらしく、洋服の上からでも分かるくらい、筋肉が盛り上がっているのが見えた。
「ありがとう。そう言えば、蔵の中で東郷さんの上着を見つけたわ」
東郷家は昔から裏社会とつながりがあると聞いていた。東郷家は否定していたが、金銭トラブルに巻き込まれた可能性もあるのではないかと、私は思っていた。
「そうでしたか──それは、私のお古かもしれません」
「お古?」
「いや、言い方が悪かった。東郷様は着なくなった衣服を、よく私にくださったのです。稽古着用にと──断ることも出来ませんでしたし、あまり使われていない蔵に隠しておこうと思ったのです」
「そうだったの。私は、てっきり東郷さんが蔵で殺されたのかと思ったわ」
「奥様……」
私は自分でそう言ってから、もしそうだとしたら、犯人は屋敷の人間である可能性が高いと思い始めていた。
「別に、変な意味じゃ無いのよ。ただ、今でも東郷さんが見つから──」
私が使用人が殺したみたいに言ってしまって、弁明しようとしていると、ベッドに赤ちゃんを寝かしつけていた斉藤さんが、入り口へ戻って来て私の唇を塞いでいた。
「斉藤さん、冗談はよしてください」
「冗談ではありません。私は本家にいるときから奥様を慕っておりました。これ以上、不幸になるのは見ていられません。どうか私を受け入れてください。今より幸せにしてみせます」
「でも呪いが──」
「では、一緒に呪われましょう。貴方と一緒に呪われるのなら本望だ。地の果てまで、お供いたします」
「ええ?!」
私は自分の何処にそんな魅力があるのだろうと思ってしまった。それと同時に、騙されているのではないかとも思う。
「斉藤さん、私は──」
「結婚できなくても構いません」
「そうじゃなくて、私の何処がいいの?」
「全てです」
「財産目当てってこと?」
「違います」
「待って。赤ちゃんが起きちゃうわ」
「では口づけだけ──」
そう言った彼は口づけをすると、私をベッドへ押し倒した。
「斉藤さん」
私が彼の名を呼ぶと、彼は人懐っこい笑顔で笑った。久しぶりに笑った彼の笑顔に安心しながらも、以前にはなかった八重歯が、彼の口から覗いていることに気がついた。
(斉藤さんって、出っ歯だったかしら?)
「ごめんなさい。我慢できません。お叱りは後で受けますから……」
そう言った彼は微笑むと、再び私の唇に口づけをしながら、私の唇を食んだのだった。