蔵の前
それから彼は、私の両親と彼の両親を説得していたが、私の両親に「跡取りはどうするのか」と聞かれると、「不妊治療ということにして、私に体外受精をさせるつもりだ」と言っていた。
――冗談じゃない。なぜ、そんな話になるのか。
私や両親、彼の両親を持ち前の話術で「しきたりなんて時代錯誤だ」と言って説き伏せると、彼は本家の屋敷の離れに彼女と住み始めた。
初めは屋敷に住むことを渋っていた彼女も、しぶしぶ納得したのか、彼らは楽しそうに生活をしていた。本家には、使用人以外、両家の花嫁と花婿しか住んではいけないという掟になっていたので、大学を卒業すると、私は使用人達と彼ら二人で生活をすることになった。
親戚一同は、この事を問題視していたが、以前に妾を離れに住まわせた例もあったらしく、結局は様子を見ようという話になり、現在の形に落ち着いた。
彼が病院へ行って精子提供をすると、今度は私が産婦人科へ行って手続きをした。本当は、不妊治療の末に最後の手段として行われるものなのだが、跡取りは産まなくてはならないので仕方がないという話になり、両家が知り合いの医者に頼み込んで子供を作ることになったのだ。
はじめから恋愛とか、期待していた訳じゃない。でも、誰かと幸せな未来を選択できたかもしれないと思うと、こんなことでよかったのだろうかとも思う。
お腹が大きくなるにつれて、私は体外受精で出来た子供が、幸せな家庭に産まれてくることが出来ないことに、切なくなっていた。
──せめて、お腹の中にいる子供が呪われないように祈るしかないと思った。
妊娠しても、つわりもなく、その日も屋敷の庭で掃除をしていた。使用人の人たちに止められたが、いい運動になるからと、私は庭の掃除されていなさそうな場所を、ひたすら掃いていた。
庭にある蔵の前を掃いていると、中から光が漏れている事に気がついた。
「すみません、蔵の鍵って何処にあるか知りませんか?」
近くにいた使用人に尋ねると、蔵は明治時代に開かなくなってしまったという。
「開いても、カビ臭いだけで何もないと思いますよ。お身体に触りますので、どうか安静になさってください」
使用人は、私が体外受精で妊娠したことを知っているのだろうか――いつも、腫れ物に触るように接してくる彼らに、いつもは感じない嫌悪感を感じていた。
「蔵の中に誰かいるみたいなのです。鍵を持ってきてください!!」
「しょ、承知致しました」
私が大声で言うと、使用人は走って屋敷へ戻り、蔵の鍵を持ってくると、私へ差し出した。
「下がっていてください」
「ですが……」
「お願いします」