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第7話

第七話

 俺は今、仕事中にUTubeを見ている。別にサボっているわけではない。ていうか俺が仕事をサボったことなんて一回もない、……おそらく。

 天野に頼まれたんや。ナノマシン関係の事件になるだろうから見ておいて、ってな。事件は一昨日の昼、突然起こった。俳優の明石春輝、近頃大人気の芸能人なわけやけど、そいつが誘拐された。なんでそれを知れたかというと、誘拐した犯人がUTubeにライブ配信したんや、人質の様子を。それで、誘拐には要求が付きものやんな。今回の事件にももちろんあるねんけど、それがこれまた奇妙な要求で、人質に対する好きゲージを溜めろ、もし満タンまで溜められへんかったら、人質にくくりつけた爆弾を爆破するぞ、っていうもんらしい。ライブ配信画面も、暗い部屋の真ん中に、猿ぐつわをはめられた人質が上半身に爆弾をくくりつけられた状態で座ってて、手前の机にその好きゲージとやらを溜めるメーターと、残り時間を示すタイマーが置かれてる、って状態や。

 今はもうあと二時間ぐらい時点やけど、この好きゲージを溜めるメーターが全然溜まってない。五分の一ぐらいしか溜まってない。どうやらライブのコメント欄に好きを表現したコメントを打ち込めばゲージは溜まっていくらしいねんけど、ノルマが多過ぎるのか、みんなが全然好きじゃないのか、コメントの多さの割に全然溜まってないんや。俺? 俺は特にコメントは何もしてないよ。だって別にこの俳優のこと好きじゃないし。

「おはようございま~す。あ、先輩サボって動画見てますね?」

 遠藤が来よったわ。来て早々アクセル全開やな。

「サボってへんわ。俺は今仕事でUTubeを見てるんや」

「そんな仕事あったら私もやりたいですよ。いや、やっぱり嫌だ、働きたくない」

 遠藤がカバンを机に置いて、俺の方に近寄って来た。なんや、俺を殺す気か?

「何見てるんですか? あ~、俳優の明石春輝が誘拐されたやつですか。今めっちゃ話題になってますよね。これを見ることがどう仕事なんですか?」

「天野に頼まれたんや。ナノマシン関係の事件になるだろうから見ておいてって」

「なるほど、それは見ないとですね。じゃあそっちの大画面テレビに映して見ましょうよ。そのために置いたんですよね?」

「そうやな、そうしよか」

 あらかじめ部屋の左側の本棚をどかして設置しておいたテレビにライブ画面を映した。それで、俺らは見やすいように応接用の椅子の同じ側に座った。

「自分はコメントしたりしてへんの?」

「私はしてないですね。別に好きじゃないので」

 遠藤には今時の女子要素はほとんどない。それでも別に、流行に逆張りしているわけではないらしくて、ちょっとかじってみて合わないから吐き出してるんやって。獣みたいやんな。

「なんや冷たいな~。今大ブレイクしてる俳優やで。大物芸能人やで」

「それとこれとは話が別ですよ~。先輩はしてないんですか? コメント」

「してないよ」

「してないんじゃないですか。なんかコメント以外で、私たちにできることってないんでしょうか」

「ないな。生体GPSでも居場所わからんぐらいやから、さすがにどうしようもない」

「防犯カメラには何か映ってなかったんですか?」

「なかったらしい。ナノマシン臭いやろ?」

「確かにそうですね。あの机に置いてるゲームガールみたいな機械は何か試した痕跡ですか?」

「あー、そうそう。さっきナノマシン使って、縁を頼りに居場所を特定できるか試してみてんけど、縁が薄過ぎて無理やった」

「縁を頼りにですか~。確かに、あのイケメン俳優の明石春輝と先輩に、何か関係があるとは思えないです」

「それどういう意味?」

「いえ、別に。それより、この好きゲージを溜めるメーター、どういう原理で好きゲージを溜めてるんでしょう。ていうかそもそも好きゲージって何ですか?」

「いや、そんなん俺に聞かれても。最初はコメント数とか視聴者数とかなんかなって思ったけど、ナノマシンが関わってるんやとしたら、ほんまに好きを溜めてるんかもしれへんな」

「なるほど。だとしたら、相当な量の好きを欲しているか、みんな全然好きじゃないかのどちらかですね」

「そうなるな」

「犯人は好きを溜めて、何がしたいんでしょう」

「何にせよ、謎は深まるばかりや」

 さすがにほとんど動きのない映像をずっと見続けるわけにもいかんかったから、各々軽めの仕事をしながら時々確認するようにして、しばらくそんな感じで過ごしてるうち、お昼ごはんの時間になったから、冷蔵庫から炊き込みご飯と味噌汁と焼鮭を取り出し、レンジで温めて食べ始めた。

 二人ともがご飯を食べ終えた頃、

「あと五分ですね」

「そうやな。ゲージ全然溜まってないわ」

「人質もぐったりしたままです。これは、もう……」

 メーターとコメント欄を見ていると、時間はあっという間に過ぎ、残り十秒になった。

「9、8、7、6、5、4、3、2、1、0。うわっ!」

 誘拐犯の言ってたことはほんまやった。タイマーがゼロになると、一瞬しかわからんかったけど、確かに爆弾が爆発していた。

「……爆発、しましたね」

「そうやな。画面も真っ暗になってもうた」

「人質はどうなってしまったんでしょうか」

               *

 タイムリミットから数分も経たん間に通報があって、被害者は見つかった。爆発があったのは、東京区内のとある空き地やった。近隣住民の話によると、爆発の直前までは何もなかったらしい。でも実際に爆発は起きて、そこには爆発した跡と、被害者の骨だけが残った。逆に言えば、それ以外は何も見つからんかった。爆弾の破片も、タイマーとかメーターの部品も、そもそも屋内っぽかったのにそれらしい建材も、被害者の肉片も、何も見つからんかった。逆に被害者の骨は全部揃ってたし、傷一つなかった。爆発したっていうよりは、骨だけ残して消滅したって表現の方が近いのかもしれへん。

 当然、俺ら超常事件対策課の担当になった。早速翌日、被害者が所属していた事務所に向かった。事務所は爆発した現場から歩いて十分ぐらいの距離にあって、モノトーンの外壁に所々効果的にガラスを配置してる、スタイリッシュな建物やった。こんな私でも入っていいんかなって思わせるようなお高くとまった感じやけど、それでも俺は堂々と入ります。

 中もカフェみたいなオシャレな内装や。ずっと居たら疲れへんのかな。そんなことはさておき、受付に事情を話して、被害者のマネージャーと事務所の偉い人と面会することになった。

「お忙しいタイミングにすいません。手短に済ませますので」

「お願いします。こっちも報道機関への対応で忙しいので」

 マネージャーでもこの感じか。まあマネージャーっていう仕事は、いろんな方面に謙らないとあかん仕事やから、せめて一般人にはちょっと高飛車にならないとやってられへんのかもな。

「まあまあ、そう焦らず、せっかく刑事さんと関わる機会なんだから、お互いにとってプラスになるような時間になるようにしようよ」

「確かにそうですね、これは失礼しました」

「ところで刑事さん、刑事さんたちって警察の中でも特殊な事件を担当してるんだよね?」

「……はい、そうですね」

「せっかくこういう機会に恵まれたんだからさあ、カメラ回させてもらってもいいかな?」

「えっと、それは……」

 自分の事務所の一員が死んだっていうのにそれすら金儲けに利用するとはな。それぐらい貪欲じゃないとその地位まで登り詰めることはできひんのか。またしても天野の予感的中や。腹立つなあ。

「別に大丈夫ですよ。うちも広報活動の一環になるんで助かります」

「ほんとかい? 助かるよ〜。それじゃあ早速カメラ呼んでくるから」

 事務所の偉い人は立ち上がり、そそくさと出て行こうとした。

「それなら私が」

「いいからいいから。それじゃあちょっと待っててください」

 すぐにカメラマンとか音声のスタッフとか数人が入ってきた。初めから準備してたんかもしれへん。

「ということで、これから撮影始めますんで、じゃあ後のことは頼んだから」

 そう言うと、事務所の偉い人は姿を消した。番組のプロデューサ―らしき人が色々と指示を出して、撮影が始まった。

「それじゃあ始めます。3、2、……」

「えっと、じゃあまず、亡くなった明石春輝さんがどういう方だったか、教えていただけますか?」

「はい。明石さんは、表でも裏でも優しい方でした。カメラが回っている所だけじゃなくて、現場のスタッフとか、ファンの方々にも真摯に対応していました」

 これカメラ回ってたら本当のこと言うかわからんな。ナノマシンで確認しとくか。イヤホン型にして、と。(さっきの言葉が嘘かほんまか教えてくれ)。……ほんまなんや。

「人格的にも優れた方だったんですね。では明石さんの、仕事に対する姿勢は、どうだったんでしょうか」

「そうですね。とてもプロ意識の高い方だったと思います。台本はいつも完璧に覚えてきていたし、他の役者さんの演技を見ながらメモを取ったりして、わからないところは休憩時間に直接聞いたりして」

「はいカットー! ちょっと画が地味だわ。刑事さんたち超常的な事件を扱ってるんだよね? だったらなんか特殊なこととかやったりしないの?」

 出たわ。これはもう洗礼やな。映えが大事な業界やから仕方ないか。

「実はもうやってるんですよ。この耳に付けてるイヤホンみたいなやつ、携帯型の嘘発見器なんです。ほら、やっぱりカメラ回ってると、ねえ?」

「いいねえそういうの。じゃあ今のところ嘘はあった?」

「いや、今のところはないですね」

「あー良かったー。今のとこ撮れてるよね? よし、はいじゃあ続けて」

「……では、今回の事件に、何か心当たりなどはあったりしますか?」

「心当たりは、ないですね。人から恨まれるような方じゃないので。あ、でも、やっぱり人気があるので、嫉妬している人とか、熱狂的なファンが一定数いることには違いないです」

「なるほど。不可抗力ですね。ありがとうございます」

 マネージャーからの聴取を終え、すぐ近くの事故現場に向かった。撮影隊を引き連れて……。

 立ち入り禁止のホログラムテープをくぐる直前からまたカメラが回り始めた。

「ここが現場か」

 ちょっと待って、俳優気取りみたいでめっちゃ恥ずかしいねんけど。

「……そうですね。本当に、何も残ってません」

「爆発が起きた直後はここに被害者の骨があったわけやな」

「……ええ。骨だけは残っていた……」

「とりあえず空間把握装置だけ使っとくか。……事件に関係のありそうなもんは全くないな」

「今は何をされたんですか?」

 カメラマンが話しかけてきおったわ。お気に召したということかな。

「今のは空間把握装置って言って、特定の範囲内に自分が欲するものがあるかどうかわかる機械を使ったんですよ」

「なるほど、それで、何もなかったと」

「そうですね。なんにもありませんでした」

「……」

 遠藤があんまり元気ないな。なんか顰蹙(ひんしゅく)を買ってる気がする。

「自分はこの現場に何を思う?」

「……ここで人が亡くなったんだなって」

「そうやな。何とも言えへん重みみたいなもんを感じるよな」

「……はい」

「この感触を忘れたらあかんで。つい刑事は、この仕事に慣れてきたら、事件を解決することだけしか見えへんようになって、人間が亡くなってるっていう事実を見落としてしまいがちや。やけどそうなってしまったら、傷付く人を一人でも減らすっていう根本的な目的から外れて、謎解きのために人の命を弄ぶ集団になってしまう。そんな本末転倒はもう許されへん。今を生きる人は、みんな傷付いてギリギリの状態やから」

 なんかカメラの前だけ良い格好したみたいになってない? 余計株落としたりしてないかな?

 俺の不安はさておき、次は被害者の家に向かった。被害者の家は、現場から車で二十分くらいの距離にあるタワーマンションの二階にあった。超人気芸能人やからタワーマンションの上の方に住んでそうっていう予想を裏切る形やから、案外バレにくくていいんかもしれんな。

 管理人に頼んでマンション内に入り、階段で二階に上がった。カメラは背景をぼかすことを条件に入らせてもらえたから、大勢で後ろをついてきてる。

 入って早々、大理石っぽい床に、質の良さそうな木でできた下駄箱にお出迎えされた。タワーマンションにおける高級感の相場はわからへんけど、凄い方やとは思う。

 初めて高級ホテルに泊まりに来た人みたいな気持ちでトイレと洗面所の扉を開け、動じてない風を装ってドアを閉めて、一番大きい部屋に入った。単純に部屋の大きさには驚かされたけど、それよりも目を引いたのが、部屋の雰囲気を度外視してまで設置された、カーテンレールの上に掛けられた習字の額やった。そこには、『全ての物事は、その人の心によって成り立つ』って書かれていた。

「どういう気持ちでこれを掛けていたんでしょうね」

「今年の書き初め上手く行ったわ〜、とか」

「書き初めにこんな普遍的なこと書かないでしょ」

「真面目な話をするならば、実のところそんなに幸せじゃなかったんかもしれん。現実が悲惨やったから、なんとか心を信じて耐えてたとか」

「ぱっと見だけなら全てを手にしたように見えますけどね」

「人間にほんまに必要なのって、人の温かみやったりするからな。社会的な頂点におる人って、もはやその地位しか見てもらわれへんから、人に囲まれてはいるけど案外孤独に苛まれる場合が多くて、彼もそれで絶望してた可能性は大いにあるな」

「その上、地上にある幸せは全て手に入れてしまっているんですもんね。逃げ場もないと……」

 俺らは、手分けして広い部屋を見て回ろうと思ったけど、部屋が広いだけで置いてる家具の数は普通の部屋とそんなに変わらんし、物自体もそんなに置いてないしで、結局別々に全部の部屋を見て回る結果になった。

 この部屋の彼は、真面目に生きてたんやと思う。女遊びとか夜遊びに使うような道具は見つからんかったし、金の無駄遣いみたいなインテリアも一個もないし、生活必需品を無駄に何個も買ったりとかもなかった。

 二人とも部屋を見終わったら、リビングの机に集まった。

「物も部屋も大事に使ってたみたいやな」

「そうですね。高慢な生き方から漏れるいやらしさみたいなものも感じられませんでした」

「偉いよな。なんなら傲慢に振る舞っても許される立場におるのにそうはせえへんかったわけやから」

「数々の誘惑があったはずなのに、何が明石さんを人間に踏み止まらせていたんでしょう」

「この書き初め?」

「頑なですね。書き初めに(書き初め)って書くタイプですか」

「そんな猫に(ねこ)って名付けるみたいなことさすがにせえへんわ」

「そんなことより、この部屋、なんだか空虚さを感じます」

「それは、持ち主がもうこの世にはおらんからちゃうか?」

「それもあると思うんですけど、部屋自体にそもそも生きてる感じがしないです」

「高級感のある雰囲気が浮世離れした感覚を生むんかもしれへんな。この部屋で人が生活してるイメージができひんっていう」

「そうかもしれません。この部屋にいても、あんまり落ち着かなかっただろうな」

「そうやな〜。……。ほんなら最後にこれ、見ときますか」

 俺らは机の上にあった携帯に目線を落とした。

「明石さんは誘拐された時、携帯を持っていなかった。ということは、誘拐されたのは家の中の可能性が高い?」

「誘拐の一部始終はこの世界のどこの防犯カメラにも映ってなかったみたいやから、そうかもしれへんな」

 誘拐犯がいるならばやけど。

「そうですね。誘拐犯が何らかの方法で姿を消すことができたとしても、外で誘拐したなら、明石さんが突然消える瞬間がどこかの防犯カメラに映っているはずです」

「やな。ほんならもしかしたら消える直前までの行動がわかるかもしれへんから、携帯の中身見てみよか」

「はい。じゃあ画面に映っていた映像を逆再生しましょうか」

 遠藤は持ってきてた投影式内視機を被害者のスマートフォンの上に置いた。それで、二つあるボタンのうち右側のボタンを押した。すると、機械のレンズ部分からホログラムが出てきて、スマートフォンの最後に映し出された画面から逆再生が始まった。

「家族の写真から始まりましたね。最後に見ておきたかったんでしょうか。誘拐されるのがわかっていたみたいですね」

「そうかもなあ。その前はSNSか。ファンとのお別れのつもりなんやったら、いよいよ怪しいな」

「何も投稿しないまま終わりましたね。何か意味深な投稿をしたりするのかと思いました」

「心を重んじる人が、匂わせ投稿で気を引いて孤独を紛らわせられるはずはないわな」

「確かに。あ、それより前は長い時間スマートフォンを起動していなかったみたいですね」

「じゃあほんまにお別れのつもりで見てたんかもな〜。ちょっと左のボタン押して。日記とか書いてたら見ときたい」

「わかりました。……日記、のアプリは、なくて、……カレンダーに書き込んだりとかも、な、さそう、ですね」

「そうか。ほんならメモアプリ見てみて。その時々の心境とかメモしてるかもしれへん。俺はそうしてる」

「あ、そうなんですね。メモアプリの中は、あ、(自分の気持ち)っていうタイトルのメモがいくつもありますね」

「どれどれ」

 メモの中には、(誰も人間を正しく見てはいない。メディアと各々の理想が造り上げた幻影を見ているのだ)とか、(一方的に生命力を吸い取られているような気分だ)とか、(人間が人間を正しく見れるようになるにはどうすればいいのだろうか)とか、孤独な心情の吐露や、思索によって生まれた啓発心が堅めの文体で記されていた。

「苦悩の跡を感じますね」

「そうやな。なんか偉大な哲学者とかもそうやけど、苦悩と向き合い続けた人間の言葉って詩的になっていくねんな」

「心を揺さぶられるものがありますよね。それに、人々の閉じられた目を啓こうという想いが芽生えているのも同じ気がします」

「苦悩の奥に普遍的なものを見たんやろうな。人間という存在自体が根源的に苦しみを抱いているってことに」

「そのことに気付いたのに絶望して諦めたりせず、人を救おうっていう志を持ったところからも、この方が優しい方だったことがわかりますね」

「苦悩を乗り越える鍵もそこにあるからな~。なんかネットで見てた印象と違うな。そんなには見てなかったけど」

「そうですね。もっとふわふわした感じなのかと思ってました。そんなには知らないですけど。ただ内と外とのギャップが大きいと、それだけ苦しみも大きくなりますよね」

「そうやな~。頭おかしくなりそうになりながら仕事してたんちゃうかな~」

「となると、狂言誘拐の方が自然な感じがしてきましたね」

「そうかもしれへんな」

 メディア的にはこの流れはどうなんやろうな。自作自演かよ、って炎上するんちゃうかな。って思ったけど、まあどうせ都合の良いように編集するやろうってことで、そのまま被害者の家を後にして、倉庫室Bキッチンバージョンに帰ってきた。さすがに撮影陣とは一旦別行動で、午後からまたついてくるってことになった。

 別に喧嘩してるからでも、気まずいからってわけでもないのに、昼飯を準備してる間中、ずっと無言が続いた。なんでレタス洗ったりベーコンエッグ作ったり、それでサンドイッチ作る過程で一言も会話が起きひんねん。なんで自然と役割分担できてしまうねん。

「いただきます」

「……いただきま〜す」

 サンドイッチってこんなに黙々と食べるもんやったっけ? そろそろ聞くか。サンドイッチが半分なったら聞こ。

「……」

「……」

 やっぱりもう半分になったらにしよ。

「……」

「……」

 やっぱりそのまた半分に。

「……」

「……」

 やっぱりそのまたまた半分に、ってあかん、一口で到達するから時間稼ぎにならへん。アキレスと亀もどきや。食べたら聞こ。

「……」

「……今日あんまり元気ないけど、どうしたんすか?」

「……いえ、別に何も」

「いやそれなんかある時のセリフやん」

「普通に何もなくて、単純に初めてのことがあってちょっと疲れてるだけです」

 お前はほんまに疲れた時には疲れた顔するか、無理してボケるやろ。こんな簡単にバレる嘘つくってことは、気づいて欲しい想いがあるんちゃうん。俺からぶっちゃけて話しやすい空気作るか。

「もしかして、俺のこと見損ないました?」

「別に、そういうわけじゃないですけど」

「けど?」

「……ただ、先輩って案外世の中を立ち回るの上手なんだな、って」

「決してそんなことはないけども〜、なんでそう思ったん?」

「それは……。相手が偉い人間だからって、今まで話題にも上らなかった広報活動とか言って安請け合いするし、なんかところどころでパフォーマンスみたいなことするし」

 鋭いわ〜。どこで研いできたんや。

「なるほど。それで、なんでそれに対して気に食わんと感じてるんや?」

「別に気に食わないわけじゃないですけど、命の重みを〜とか言いながら人の死を広報活動に利用してるから……」

 しっかり気に食わないんじゃないですか。でもわかったわ、なんでこの俺が珍しく嫌われてないかってビクビクしてたか。嫌われたくないと思うのは、こいつが真っ直ぐで良い奴やからや。まあ本人に言ったら嫌われるやろうから言わへんけど。

「ああ〜、そういうことね。それには深〜い訳があるんや」

「なんですか? 深い訳って」

「それはやな、被害者には何か多くの人に伝えたいことがあるって思ったからや。このままやったら人気絶頂期にただ不可解な死を遂げた不幸な有名人で終わってまうやろ? ナノマシンを使える優しい人間の死を無意味に終わらすわけにはいかへんのや」

「……わかりました。今回はそういうことにしておいてあげます」

 どっちが先輩なのかはさておき、次の集まりまでにライブ映像をもう一度ざっと確認しとくことにした。

 ライブ映像は空間ごと録画されてたみたいやから、三次元モニターを持ってきて早送りで再生した。

「犯人、一瞬で出て行きましたね」

「そうやな。さっき天野から教えてもらってんけど、この一連の事件が起きてる間、生体GPSが消えてた人を確認したら、被害者だけやったらしい」

「それはつまり、この犯人は今も姿を消している?」

「もっと現実的な回答があるで。それはこの犯人が人間じゃないって説や」

「ああ、わかりました。ナノマシンで犯人のふりをさせてたってことですね。となると、被害者と犯人が同一人物の誘拐事件ということになります」

「俳優が所有者やからな。ナノマシンを人っぽく操るのは容易いことやろう。お、目覚めたやん。大体六時間時点か」

「動揺しているみたいですけど、これは演技ってことですよね?」

「そうなるな。リアルタイムで見てた時は全然わからんかったわ。さすが俳優や」

「これ何時間も演技し続けてるってことですよね。すごい執念です」

「ほんまに命懸けやな。この間トイレにも行ってないってことやろ。俺とかトイレ行かれへんって思ったらトイレ行きたくなるタイプやから、絶対無理やわ」

「私もです。あ、終わりましたね」

「映像からわかるのは、相当な覚悟で望んでるってことやな。ちょっとコメント欄も見てみよか」

「はい。最初の方は状況が掴めてなくて、動揺とか疑いのコメントが多いですね」

「やな。それで、事務所が誘拐を事実やと認めた頃から概要欄の内容を信じ始めたっぽいな」

「ええ。好きゲージを溜めるために明石さんへの想いを伝える人が増え始めました。ゲージはびっくりするぐらい溜まってないですけど」

「そこが重要なところなんやろうな。想いを伝えても好きゲージが溜まらない。想いの中に被害者への愛は入ってない……」

「コメントの内容も、読んでみれば容姿とか実績とか能力とか、外側のことばかりです。後は、楽しませてくれるから好き、とか」

「メディアと各々の理想が造り上げた幻影を見ているのだ……。これがこの事件の全てかもしれへんな」

「そうですね。ナノマシンを絡めて捉えるなら、その人の人間的な部分を愛していないことが、言語化することによって明らかになる、的の外れた好意を、言葉を介してナノマシンが具現化した……、ということになるでしょうか」

「的を射た言語化、やるやん。いつも俺の嫌なとこ突いてくるの上手いもんな」

 その時に見せた遠藤の笑顔に、俺は安堵と恐怖を覚えた。

 その後、急いで準備して被害者の母親と待ち合わせしてたホテルに車を走らせた。

 場所は、区内の高級ホテルの一階にあるカフェスペースで、先に着いて準備してた撮影陣に導かれて、俺らは窓際の方に座った。

 母親はその数分後、約束の時間通りにやってきた。そろそろ温かい紅茶が美味しくなる季節がやってきますね、みたいな世間話でお茶を濁しつつ、注文した紅茶が届いてから本題に入った。

「急遽であるにもかかわらず、捜査と撮影の協力、ありがとうございます」

「いいえ。息子から手紙でこうなるだろうと先に伝えられていたものですから」

「そうだったんですか。では今回の事件について、どこまでご存知なんですか?」

「全てではないですけどある程度は。事が起こる数日前に手紙が届いて、これから僕が誘拐されたというニュースが出るだろう、でもそれは自作自演で、最終的に僕は命を落とすことになる、これは全て僕の意志だから止めないでほしい、と」

「そうでしたか。あまりに突拍子もない手紙ですが、どうして信じることにしたんですか?」

「はっきりとした筆跡と言葉遣いから、この子は本気なんだと感じたんです。それに、あの子にはいつも、命よりも志を大事にしろと教えてきたものですから」

「志は、どんなものでもいいんですか?」

「ええ。ただし、それが必ず人を救うことになり、かつその決断に自分が心の底から納得できている場合に限りますが」

 信念の強い母親やな。この親にしてあの子あり、ってことか。

「なるほど。では、手紙にもそのようなことが書かれていたんですね」

「そうです。人々の目を、人間にピントが合うようにしたい、そのためにこの命を使いたい、と」

「それが、今回の事件の動機ということですか。事件後のことについては、何と書かれていましたか?」

「ご存知の通りです。刑事が撮影班と共にやって来るだろうと」

「予想通りというわけですね。次に息子さんについてですが、お母様から見て、息子さんはどういった方でしたか?」

「昔から純粋で慈悲深い子でした。また善き人にも囲まれ、そのまま真っ直ぐに育っていきました」

「中学生の頃から芸能界にいたそうですが、その上での悩みなどは、話されていましたか?」

「あの子は基本的に一人で抱え込もうとするタイプだったんですが、時々抑えきれずに溢れ出ることがあって」

「それはどういった悩みでしたか?」

「どうしようもなく苦しくて寂しいと」

 母親と別れて車に戻った。母親の顔には最初から最後まで、後悔の二字は見つからんかった。

「強い親子だったんですね」

「そうやな。メディアが見せようとしてた姿とかけ離れた姿やったな」

「人を人以上に見せようとするメディアの力が、明石さんにとっては逆に小さく見せることになってしまった感じがします」

「大衆もそれを望み、それに満足してるからな。今回の事件はそこに原因があるってことで間違いなさそうや。よし、じゃあ事務所に戻るか。こんな仕事風景を撮影される生活、明日に持ち越すのは嫌やわ」

「そうですね。じゃあせっかくカメラに映る最後の機会なんだから、一丁派手にカーチェイスみたいなことでもしますか!」

「やめとき、明日から仕事無くなってまう」

 事務所に戻り、朝と同じ部屋で事務所の偉い人に事件の全容を話した。遠藤が。

「まず、全ての原因は人気商売というものが人間を大きく見せようとするところにありました。明石さんは、人を大きく見せたがるメディア側と、それを見たがる大衆との板挟みの中で孤独に苦しんでいました。彼はそれを大きな問題であると捉え、今回の事件を企てました。彼は誰にも気付かれないように犯人役を集め、言葉から好意を抽出する機械と、爆破によって骨だけを残す爆弾を取り寄せました。そして狂言誘拐を実行した。そこからは配信で起きた通りです。彼を救おうと大衆は必死に好きゲージを溜めようとしましたが、それはメディアが作り出した偽りの彼に過ぎず、結局ゲージはほとんど溜まらず、彼は爆死した。その命をもって人々の目を人間に向けさせるために」

「……それで、明石くんは結局のところ、初めから死ぬつもりで事件を起こしたってこと?」

「そういうことになります」

「見てる人を啓発するために?」

「ええ」

「……。いいねえ〜! 感動的じゃない!」

               *

 不完全燃焼のまま、遠藤と警察省に帰ってきた。そのままそこで解散して、遠藤はそのまま帰っていきおったわ。それをしっかり確認してから、俺は倉庫室Bに向かった。そして、部屋の中身を霊安室モードにして、扉を開けた。

 部屋の中は、青白い光に冷気が漂ってて中央に一つだけ棺がある、正直言ってあんまり一人では入りたくない空間が広がってる。

 俺は誰もおらんのに強がりながら棺の前まで歩き、それを開けた。

「いつも通りやな。もうちょっと待っててください。俺が解決しますから」

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