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第5話

第五話

 目が覚めると、隣にいたはずのマチルダがいなくなっていた。まあよくあることや。案外さっぱりした性格なんやろな。俺は恥ずかしながら、マチルダのそういうところに寂しいと感じてる。そんなこと言ったら面倒くさがられるやろうから言わへんけど、……ていうか言っても聞こえへんと思う。だってぬいぐるみやもん。ただ寝相が悪くてベッドから落ちただけやし。起きて早々俺は何を言ってるんや。

 朝は得意やないねん。明るくて爽やかで、俺とは対極やからや。まるで、焼けるような灼熱の砂漠に放り出された魚のようになってしまう。泳げない、本領が発揮できない、息ができない、生きられない。

 ということでもう一寝入りしま〜す。

「それで遅刻したというわけか」

「いや遅刻してないって。10時58分にお前ん家着いてたやん」

「集合時間の五分前が集合時間だろ」

「それやったら集合時間の五分前の集合時間の五分前の集合時間の五分前の集合時間の五分前の集合時間の五分前の集合時間の五分前……。止めてや」

 俺は小説家の張本の家に来ていた。こいつとはいつから知り合ったのかわからへん。覚えてないんじゃなくて知らないというのが適切や。出会いは不可解やけど、今は完全に友人というカテゴリーの中に溶け込んでる。

 いつも通り何茶かわからん茶を出してきた。これも俺が舌バカっていうわけじゃなくて、ソムリエが試しても分からんと思う、多分。

「今回はどんな事件になりそうなんだ?」

「まだわからんけど、言葉に対する感じ方の違いとか、言葉の定義が人それぞれ違うこととかが原因なんちゃうかな」

「具体的には?」

「感じ方の違いっていうのは、簡単に言ったら、褒め言葉のつもりが機嫌損ねてしまった、みたいなやつやな。それで定義っていうのは、(優しさ)で言えば、人が本当に幸せになるための行為のことをそう呼んだり、甘やかすこととか、下手したら暴力のことをそう呼んだりすることもあって、人によって時と場合によって定義が変わるっていう」

「それぞれの言葉に対する認識というものは、思っている以上に人によって異なるものだからな。人々が分かり合えない原因もそこにあるんだろう。ナノマシンの事件になってもおかしくないかもしれないな。いい見立てじゃないか、お前にしては」

「一言余計の王様やな」

 俺はこいつのことを何も知らない。こいつの私生活について、趣味とか好みとか生活習慣とか。それやのに思想とか考え方はよく知ってる。普通は逆やんな。うん知ってる。

「お前の方はどうなんや? 殺し屋稼業の方は」

「そんなことやってるわけないだろうが。小説の題材にしてやろうか」

「そのツッコミは専用武器が過ぎるわ」

 こいつの笑いの感性は、孤独の中で培われたんやろうなって感じるわ。

「私は相変わらずだよ」

「相変わらずっていうのは、読書にもかかわらずドーパミンの横溢のみを求める愚か者共相手に、真意を理解されないとわかった上で魂をすり減らして人間の精神の輝きを訴え続けてるってことか?」

「まあそこまで斜に構えているわけではないが、客観的に見ればそうなるのかもしれないな」

「大衆っていうのは動物の群れと何ら変わらへんもんな。ほんま人気商売は大変やな」

「このままじゃ間違いなく文明が崩壊するからな。なんとしても目覚めさせなければならないんだ」

 日の元にあまり出ない小説家らしい色白の肌に、うつ病の人らしい影の多い顔とひょろっとした体。その割に目だけはいつも焦点が合っている。それは常に最高の目的と目を合わせ続けてるからなんやろう。

「お前の小説全部憶測でしかないやろっていう批判問題は解決したんか?」

「やっぱりそこは妥協することができないな。そもそも物質的なものに証拠たり得る確かなものは一つとしてないと思えてならない。それに私が扱っているのは精神だからなおさらだ。精神と肉体の有り様が完全に一致することはない」

「それを小説の中に書いたりはせえへんの?」

「今回の小説には書いているよ。もし書いてもわからないとしたら、どうしようもないがな」

「心に盲目な時代やからな〜。届くといいけど」

 それから少し話した後、張本の家を後にして倉庫室Bに向かった。着いてすぐにカレーの残りを食べた。この前作ったやつと違うで。そのさらに前のやつやからな。この部屋のものは、異空間にある時だけ時間が止まってるから、出来立てとそんなに変わらへん。

 食べ終わって洗い物をしてるうちに遠藤がやってきた。こいつは一見人懐っこい感じがするが、不可抗力でない限り食事を共にしようとはせえへん。

「あ、お疲れ様で〜す。今日はキッチンの間取りなんですね」

「ついさっきまで昼ごはん食べとったからな」

「今日はこれから井上和美さんの自宅へ行くんですよね?」

「そうそう。司法解剖でこっちの案件やと分かった事件や」

「体は無傷だったのに心臓だけが真っ二つになってたんですよね。それなのに、顔はそれほど苦しんだような表情じゃなかったとか」

「そうやな。それと被害者の顔見て一つ思ったんは、精神的な深みがありそうな顔やってことやな」

「それは、ナノマシンの使い手に相応しいということですか?」

「そういうことや。今回は、いや、今回も、被害者がナノマシンのオーナーの可能性が高いってことやな」

 それからすぐに支度をして被害者の家に向かった。被害者は両親と二階建ての一軒家に住んでいて、少なくとも最近建てられた家ってわけではなさそうな雰囲気が、柱とか壁とか家具から感じられた。

 いつも通り話すのは遠藤に任せた。別にサボってるわけじゃない。若手の育成的なあれや。

 このお母さんはすぐ口に出るタイプやわ。一回頭で考えてから喋るタイプではない。

「可能であれば当時の状況を教えていただけますか?」

「わかりました。ほんとに突然ふらっと倒れて私もびっくりしてるんですけど、あんまり頭の中で整理がついてなくて。私と話してる時のことで、ちょうど私が机のここに座ってて、あの子があなたのとこに座ってて。ほんとに特別な話をしてたわけではないんです。そしたら突然横に……」

「そうでしたか。お話というのは、具体的にはどのようなお話をされたんですか?」

「そうですねえ。ほんとに中身のある話じゃなくて。あんまりはっきりと覚えてるわけじゃないんですけど、あなたこれからやっていけるの?っていうような、いつもの会話だったと思います」

「これからやっていけるの、というのは……」

「あの子、去年うつ病で仕事を辞めてまして。治療は続けてたんですけど、なかなか良くならなくて。あの子まだ二十代ですから、今は私たちとか、三つ上のお兄ちゃんがいるんですけど、いる内はまだなんとかなってるけどって」

「お兄さんは今どちらに?」

「今は関西で働いてて、たまにしか帰ってこないんですけど」

「そうなんですか。それで、うつ病だったんですか」

「はい~。社会人になるまではそんなこともなかったんですけど、就職してから、社会人の雰囲気?になかなか馴染めなかったみたいで」

「娘さんはどのような方だったんでしょうか」

「う~ん、あまり気が強い方ではなかったかな~。だから社会人の、プライベートと仕事で関係を、割り切るような雰囲気?についていけなかったみたいで」

 心に嘘をつかれへんタイプやったんかな。そもそもうつ病っていうのは心に嘘をつけなくなる病であるとも言えるし、元々なりやすい気質やったんかも。

「今度は逆に、娘さんの長所はどんなところだったか教えていただけますか?」

「長所ですか……。そうですね……。う~ん……。まあ、人を傷付けるような子じゃなかったかな~」

 人の長所をあんまり見ようとせえへんのはこの国に住む人の特徴やな。人からどう見られるかしか気にしてないと、我が子の長所は見えへんわ。それで褒められて育ってなかったとしたら自信を持ちにくいから、余計にうつになりやすかったんかもしれん。まあ褒められて肥大化した自信なんかろくでもないけど。

「最近の娘さんに、何か変わったことはありませんでしたか?」

「変わったことですか~。そんなになかったと思います。ちょっとずつ顔色は良くなってきてたと思ってたんですけど。なんでなんですかね……」

「……。娘さんのお部屋を拝見してもよろしいでしょうか」

「あ、はい。どうぞ」

 母親に案内されて、二階にある被害者の部屋に入った。机の上も床も、お世辞にも綺麗とは言えないぐらい散らかってた。服とか小物とか本とか、あとプラスチックのゴミとか、無秩序という秩序に則って配置されていた。うつで部屋のことまで気が回らんかったんやろう。うつになると自分の内側に意識の大半が持っていかれるからな。俺ん家の掃除もどうしよ……。

「ベッドの上だけ綺麗ですね。聖域だったんでしょうか」

 そこに気がつくんか。自分も経験してないとわかりにくいと思うねんけどな。遠藤、お前は一体どんな人生を歩んできたんや。

「そうかもしれへんな。布団の上だけが唯一の居場所やったんやろう」

「机の上にノートがありますね。彼女のことが何かわかるかもしれません」

 本の下敷きになっていたノートを引き抜き、中身を見た。中には、おそらく本のメモ書きと思われるものが何ページにもわたって書かれていた。

「『どこまでも弱く、移ろいやすく、醜いのも人間の心。しかし、どこまでも強く、揺るがず、崇高になれるのもまた人間の心なのです』。本の言葉から勇気をもらっていたんでしょうか」

「そうみたいやな。必死にもがいて生きてたってことや。……、でもこの本、かなりのページ千切られてない?」

「そうですね。四分の一ぐらいは破られていると思います」

「繋ぎ目から空間把握装置で探してみよか。お願い」

「はい。……、見つかりませんね。もう処分されているかと」

「心に留まったのをメモしてたのに、そんなことするかな」

「相当心変わりしたか、誰かに読まれては困ることが書かれていたか?」

 廊下に立ってる母親に聞かれへんように小声で話した。

「ナノマシンのオーナーが被害者自身やとして、もしかしたら例の大いなる目的のためにやったんかもな」

「おそらくそうでしょうね。では、井上和美さんの私的な動機から見てみましょうか」

 しばらくの間、二人で部屋の中を、部屋の乱雑さをさらに悪化させない程度に探した。服の色と系統がシンプルで、家具とか小物入れとかの柄も素材を活かしたようなものが多くて、この部屋の人が内なる衝動をあまり現実に漏らさない、忍耐強い人やってことがわかった。それと、ものが散らかってるとはいえ食べ物が飛び散ってたり、出しっぱなしやったりしてるわけじゃなかったら、自制心と客観的視点は残ってたとも言えそうや。

 それから、母親に礼を言って家を出た。いつも通り、車に乗るまでは無言で歩いた。

「心臓が真っ二つに分かれるって、一体どういう命令を出せばそんなことになるんでしょうか」

「まあ直接(自分の心臓を真っ二つにしろ)って言ってもそうはならへんな。そうしたいって心から思うことはできひんから。精神疾患ある人は希死念慮とか自殺願望を持ちやすいって言うけど、それはあくまでも苦しみから解放されたいっていう表現の一つに過ぎひんんくて、心の底の想いとしては生きたまま苦しみから解放されたいっていう感じになるから、自分を殺すことはできひんわ」

「そうですよね。てことは、また何か言葉の性質を利用したんでしょうか」

「そうやろな。被害者は、言葉のどんな性質に気付いたのか」

「今一つ思ったのは、うつ病の人は色々と敏感になると言いますから、言葉の棘みたいなものにも敏感になっていたんじゃないかってことです」

 鋭い。まるで薔薇の棘のようや。ジョセフィーヌから貰った薔薇を思い出すわ。刺さったとこ二時間ぐらい血止まらんかったっけ。

「なるほどな。それで、なんで最終的に心臓が真っ二つになったんや?」

「そこですよね。なにか、言葉が与え得る傷みたいなことじゃないでしょうか。その傷は言葉を発する人と受け取る人で威力が異なる、とか」

 普遍的で抽象なまま思考できてるな。高い視座をお持ちのようや。どこまで高いんやろ。

「基本的に、命は何かを表現するために使われるものや。それは今までの死者たちからもわかると思うけど、今回の死者は何を伝えようとしてたんやろうな。」

「それを知るためには、もう少し被害者のことを知る必要がありそうですね。よし、これから関西に行きましょう!」

「兄貴のとこに行くってことね。いいんちゃう。ほな光速道路使うか、光の方の」

「なんですか、その光、速道路って。普通の高速道路とは違うんですか?」

「なんや自分知らんのかいな。光速道路は、文字通り光速で移動できる道路のことや」

「驚くほど文字通りですね。なんだかよくわからないですけど、速く着くんですよね?」

「そうや、光速やからな。速いで~」

「野球選手の威を借るおじさんみたいになってますけど、とりあえずそれを使いますか」

「おっしゃ、出発進行や!」

「まだ目的地すら入力してませんよ」

 壱課に教えてもらった被害者の兄貴が務めてる会社の住所をカーナビに入力して、経路には光速道路を選択した。スタートボタンを押したら、ハンドルの縁が光り始めて、目の前にはほとんど揺らめく陽炎にしか見えへんぐらい透明な道路ができた。それから数秒後に車が動き出した。って言っても、光速で動いてたから、車窓から見える景色が一瞬で変わっただけにしか感じられへんかったけど。遠藤も反応が面白かったわ、初乗りの時の俺を見てるみたいで。

 車はスクランブル交差点沿いのオフィスビルの前に停まった。このビルの一五階に兄貴はおるみたいや。ぎこちない足取りの遠藤をからかいながら兄貴のいる階まで上った。受付の人に話したらすぐ兄貴を呼んでくれて、三人で廊下の自販機前のくつろぎスペースで話した。妹と顔よう似てるわ。兄妹って言われる前からそうとわかるぐらいに。

「僕自身、まだあまり整理がついていていなくて。最後に見た時も暗い顔してたんですけど、まさか死んでしまうなんて」

「心中、お察しします。妹さんは、お兄さんから見てどのような方だったんでしょうか」

「正義感の強い奴だとは思ってました。昔から、僕が何か悪さをしようとしたら、いつも怒りながら止めてきて。まあ、その正義感の強さから、社会の薄汚い部分を飲み込めなくて、うつになっちゃったんですかね」

「その正義感の対象は、自分や家族も含まれていましたか?」

「そうですね。正義感から自分を追い詰めてしまうこともありました。たしか中学の時だったと思うんですけど、校則でコンビニとかで買い食いするのが禁止されてて、真夏の暑い日に水筒忘れた時もそのルールを守ろうとして。結局下校してる時に熱中症で倒れたってことがあったりして」

 結局ルールとか言っても最終的にはケースバイケースの個人任せやからな。真っ直ぐな人ほど辛くなってしまうもんや。

「素直な方だったんですね。では家族とも衝突してしまうこともあったんじゃないですか?」

「よくありましたね。両親はもう社会に出て長いわけなんで、言葉は悪いですけど、ずるいところも色々あって。あいつはそれを見つけるとそこに突っかかってましたよ。まあ、なあなあで済ますんじゃなくて、家族の幸せのためにやってたんだと思うんですけどね。両親も両親で大変だったんで、なかなかわかり合えなかったみたいです」

「簡単にはいかないところですね。ところで、お母さんが妹さんによく使う言葉とかあったりしますか?」

 狙いを定めて撃ってるな。もう見当がついてるんやろう。

「言葉、ですか。そうですね……。あ、そういえばこの前のお盆休みに帰った時には、(何ならできるの?)、ってよく言ってました。一日に二、三回ぐらい聞いたんで、さすがに覚えてました」

「(何ならできるの?)、ですか。それを聞いてどう思いましたか?」

「嫌味だなあと思いましたね。ほら、ずるいところを指摘されるのって嫌じゃないですか、だからその仕返しみたいな感じだったんじゃないですかね」

「なるほど。女同士の攻防が繰り広げられていたんですね」

 兄貴との話を終えると、急いで車に戻った。あんまり長時間停めてたらあかんところに停めてる気がするからな。車に乗って、とりあえず発進した。

「次はどうしましょう。東京に帰るか、ちょっと観光するか」

「かわいい二択やな。どっか行きたいところあるん?」

「先輩関西育ちじゃないですか。だからおすすめの場所とか案内してほしいなって」

「俺関西育ちちゃうで」

「え?! そんなに流暢に関西弁使ってるのにですか?! それに、最初に関西の流派がどうとか」

「それは関西弁使ってるってだけのことや。それでこれも大学行ってる時に突然発現しただけやねん。俺は生まれてこの方ずっと関東人や」

「方言が突然発現って、そんなことあります?」

「世の中にはいろいろなことがあるもんや」

「さすがは超常事件対策課のリーダーですね」

「それで、さっきからどこに向かってるん?」

「とりあえずたこ焼き屋に行ってみようかなと。適当にこの辺走ってたら出てきますよね」

「さすがに関西とはいえそんな野良猫見つける感覚では見つからんやろ。カーナビで調べたるわ。……。ああ、そのちょっと先にあるやん」

「お! じゃあ行きましょう」

 またしても路上駐車で車を降りた。ふと空を見上げると、既にオレンジ色になっていた。って言っても、高い建物ばっかりでほとんど見えへんけど。そのまま下を見たら汚れた道路が左右に伸びていた。さすがは関西。いや、関東も似たようなもんか。

 たこ焼きを一人前だけ注文して外で待った。

「なんか街の汚い臭いに混じって焼きのにおいが漂ってますね」

「(香ばしい)の言い方独特やな」

 たこ焼きを受け取って車に戻った。

「一人前のたこ焼きを半分こするって、なんかカップルみたいやな」

「孤独に耐えられない半人前どもですからね。一人前も食べられないんでしょう」

「カップルになんか恨みでもあるんか?」

「あ、あと、半分こじゃなくて、私が四個、先輩が二個ですからね」

「そんなんずるいって。これだから社会人は」

「運転するにもエネルギーがいるんですよ。それとも、カップルみたいに半分こして、そのままここで野宿しますか?」

「……お疲れ様です」

 当然俺の方が早く食べ終わったわけやけど、遠藤の奴、俺がどれだけ円らな瞳で欲しそうに見つめても、平気な顔して全部食べおったわ。

「それじゃあ帰りますか。あの光速?道路の設定してもらえますか?」

「何言ってんの。あれ一日一回しか使われへんで」

「え?! そうなんですか?!」

「そうですよ~。あんなエネルギー使うやつ、そんな一日に何回もできませんよ~」

「じゃあどうやって帰るつもりだったんですか?」

「いや、ただこんなんもあるんやで~、って紹介したかっただけやから、特に帰りは考えてなかった」

「向こう見ずすぎるでしょ! え~、じゃあどうしましょう。このまま普通の高速道路で何時間もかけて帰るか、近くのホテルに泊まって明日光の速道路で帰るか。あ~、でも、このまま何時間もかけて帰るには、たこ焼きがあと二百個は必要だな~。あ~、目の前のたこ焼き屋さん閉まっちゃった~」

「……ホテルに泊まりましょう」

 急遽近くの泊まれるホテルを探して、コンビニで夕飯と明日の朝飯をちょちょっと買ってからチェックインした。もちろん別々の部屋やで。同じ部屋なんかに泊まったら遠藤に襲われてしまう。

「今なんか変なこと考えてました?」

「いえ、別に」

 エレベーターを出て、泊まる部屋の前まで来た。隣同士の部屋やけど、やっぱりそれでも心配だな~。

「やっぱりなんか変なこと考えてますよね?」

「いえ、別に」

「そうですか。あ、そうだ。この後どっちかの部屋で今日の総括みたいなことします?」

「そうしよか。じゃあ俺の部屋来て。襲わんといてな」

「誰が襲うもんですか!」

 ドアを開けた瞬間、ホテルでしか嗅ぐことのできない特有のにおいをまとった風が体に触れた。この空気を浴びることで今日はホテルに泊まるんやなって気持ちになる。明かりを点けると、誰もいない空間が広がっていた。サスペンス映画の見すぎかな、いつもベッドの下とかクローゼットの中に殺し屋が潜んでるような気がしてしまう。

 荷物を机に置いた瞬間にインターホンが鳴った。従業員に扮した殺し屋か?

「遠藤です。開けてください」

「はいどうぞ」

 遠藤はさっきコンビニで買った夕飯を持ってやってきた。机にそれを置くと、座る許可を取ってから椅子に座った。

「天野も呼ぶか」

「そうですね、そうしましょう」

 小型の全身ホログラム投影機を机に置いて、スマートフォンで天野を呼び出した。天野はすぐ電話に出て、全身ホログラムが現れた。そしたらなんと! ホログラムの天野はバットを振りかぶって今にもベッドに座る俺を殴ろうとする瞬間やった!

「うわっ! 危な!」

 俺は反射的にベッドに倒れ込んだ。そしたら、リンボーダンスみたいに顔スレスレをバットが通り過ぎていくのが見えた。

「どうしたんだい? そんなに大きな声を出して。誰かに襲われてるのかい?」

「いやお前や。もう少しでお前のバットが俺の顔面を粉砕しそうやったんや」

「ホログラムだから粉砕なんかされないじゃないか。せっかくだから思いっきり打ち抜かせてくれないか?」

「打ち抜けてもそっちからは見えへんやろ」

 天野は通話だけで応答してるから、俺らの姿は見えてへん。俺は、ホログラムの天野の角度を少しずらして遠藤の頭がバットの軌道に重なるようにした。ら怒られたので、誰もいない方向に向けた。

「今どこにおるん?」

「バッティングセンターに決まってるじゃないか」

「仕事中に何してんねん」

「これも立派な仕事の一貫だよ。勘を鈍らせないためのね」

「勘を鈍らせないためにバッティングセンターに行く人って珍しいですね」

 俺と遠藤は夕飯を食べ始め、天野は球速の速いコーナーに移動した。

「それで、今回の事件はどうなりそうなんだい?」

「なんでああなったかはもうわかってるんちゃうの。なあ遠藤」

「そうですね。ナノマシンの挙動はなんとなくわかりました」

「もうわかったなんてすごいね! 園福寺を超えたんじゃないか?」

「それはないな。断固としてないな」

「あれ〜、もしかして、先輩まだわかってないんじゃないですか〜?」

「そんなわけあるかいな。俺はもうとっくにわかってたで。なんなら事件起こる前からわかってたもん」

「それなら事件が起こらないように阻止してくれよ」

「まあとにかく、問題は動機や。まあ動機って言っても、個人的な動機は被害者の兄貴の話から大体わかったよな? 遠藤」

「も、もちろんですよ! 引っかかってるのは、規模すらわからない、大いなる動機の方です」

「君たち、チームなんだから仲良くするんだよ……。それで、その大いなる動機の方は、対象すらわからないんだね」

「そうですね。今回も分からず仕舞いです」

「ナノマシンを使って何をしたいんかがいまいち掴まれへんねんな」

「それならほら、(大いなる)ってところから推理してみなよ。大いなる動機なんだから、全体の幸福っていうのが根本にして最終目標になるよね。だからそっち側から辿ってみれば少しはわかるんじゃないかな」

「なるほど。確かに、大いなる動機なんだから大いなる側から考えた方が近道です」

「大いなる側を想像するのは難しいねんけどな、まあやってみるか。全員が幸福になるためにはどうならないとあかん? 全員が真理を悟らないとあかんよな。それでそのためには、物事を正しく見れるようにならないとあかん。物事を正しく見れるようになるためには、」

「言葉を正しく操れるようにならないといけない!」

「ちょい、美味しいところだけ持っていかんといてや」

「まあまあ。とにかく、ナノマシンと繋がりそうにはなってきたね。ナノマシンを生み出した者は、人々に言葉を正しく操れるようにさせようとしている」

「それなら亡くなった人たちは、周りの人にそうなって欲しくて、命と引き換えに言葉の特性を伝えようとしたってことになりそうですね」

「とりあえずそんなところか。でもやっぱり、まだ全部がわかったとは言えへんな」

「超常的なものが相手だからね。まだまだ時間も必要なのかもしれない」

「そうですね。じゃあ先に目の前の問題を解決しましょうか」

「目の前の問題ってなんのことだい?」

「関係者にどう伝えるかってことやな。今回は特に、苦い事実を受け入れないとあかんからな」

「あ、上司から電話がかかってきちゃった。じゃあ後は頑張ってね!」

「切りおったわ。あいつこういうの苦手やからな。根がいい子ちゃんやから、苦いからって良薬を飲まされへんタイプやねん」

「多少のズルさも、自分を守るためには必要なんですね」

               *

 後日、被害者の家で全員に集まってもらった。兄貴はホログラムやけど。

 ほなやるか! どうなるかは超常的な方々におまかせや!

「本日はわざわざお集まりいただきありがとうございます。まず初めに、ある特殊なマシンについて知ってもらいます」

 前みたいにマジックショーっぽくナノマシンを紹介した。百聞は一見にしかずやからな。もし警察クビになったら、ナノマシンの実演販売の仕事しよかな。

「和美さんはこのナノマシンの影響で亡くなりました。じゃあどういうふうに作用して亡くなったのか。それは、言葉の持つ威力への認識の違いによって引き起こされました。言葉というものは、多かれ少なかれ受け取った相手に傷をつけるものです。たとえば慰めようと発した言葉ですら、根本的な解決を先送りにして後先のことを放棄させるという形で相手を傷つけてるんです。まあ今回はそれとは関係ありませんが。今回はわかりやすいものです。要は嫌味です。ちょっと痛みつけるつもりで放った言葉が、致命傷になったということです。お母さん、最後に娘さんと話したこと、覚えてないって仰ってましたね」

「はい〜、はっきりとは〜」

「それ、最後の一言はわかりますよ。それはね、お母さんが放った(何ならできるの?)です」

「私の。そんなこと言ったかなあ」

「まあ覚えてないと思います。そんなに強く感情込めて言ってたら悪人ですから。自分でも言ったか覚えてないぐらい何気ない一言、ちょっとつつくぐらいの嫌味のつもりが、相手にとってはトドメを刺す一撃になることもあるってことです」

「なら、私が……? そんな……」

 ああやばい。泣き出してもうた。泣いてる人になんて声かけるかって、結構難しいねんな。どうしよ、俺も泣きそうになってきた。

「お母さんが殺したわけじゃないですよ」

 お! 遠藤が助け舟出してくれた!

「ナノマシンは常に、オーナーに具現化させる権限が委ねられています。娘さんは、言葉によって受けた傷を具現化したら致命傷になるとわかった上で、それを具現化したんです」

「どうして、そんなことを……?」

「それが一番家族のためになると考えたんだと思います。自分がこのまま足手まといになり続けるよりも、過ちに気付かせた上でいなくなった方がいいと」

「そんなこと……。生きててくれた方がよっぽど私たちのためになるのに……」

 遠藤に助けられたわ。大きくなったな、昔はあんなに小さかったのに。ここからは先輩の俺に任しとき。

「うつ病ってそういう病気なんですよ。自分の存在が周りに迷惑をかけているというのが前提になってしまう。それでも一直線に自殺しようとせず、何か周りの役に立とうとした娘さんは、何でもできる、強い方やったと思いますよ」

               *

 事件解決の打ち上げ! ……って、なんで打ち上げを喫茶店でやんねん。二人ともコーヒー飲まれへんし。普通居酒屋とかでやるもんちゃうの? まあそういう打ち上げあんまり好きじゃないからいいねんけど。

「人の心も言葉も、繊細で測れないものですね~」

「そうやな~。なんかこう、自分のちっぽけな頭で造った枠に当てはめて所有しようとするんじゃなくて、謙虚に、真摯に向き合わなあかんねやろうな~」

「お二人とも、今日はやけに感傷的ですね」

「感傷的になりたい年頃なんです~!」

「なんか酔ってない? それココアやんな?」

「いいじゃないですか~、何で酔っても~。先輩も酔いましょう? アイスティーで」

「俺はお酒でも酔われへんタイプやから無理やな」

「なんですかそれ。そんな人います?」

「彼は常日頃から何かを偽って生きたりしない人間ですからね。お酒で仮面が外れたり、鎧の紐が緩くなったりはしないんですよ」

「なにそれ。ずる~い」

「大人はずるい生き物なんや~」

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