正気でない美形は頭がおかしくてもカッコいいのだなぁ
「セサミは全財産目録の八割か、五割と所領の一部のどちらかで手を打とうと言っている。公爵は当然それよりも出せるのだろうな?」
それ以前に、まずこの手紙が本物かを調べないといけないのだが、義父はココになんらの反論も許すつもりがないようだった。
念を押すように、きっぱりと断言する。
「俺を納得させない限りは結婚の許可など出さん。よく話し合ってこい」
はい、以外の返事は許されない雰囲気で、ココは仕方なく頷いた。
その後だんだんと後悔がわいてきて、どうしようかと頭を抱えることになった。
――ボタンかけ違えすぎ……
猫がじゃれついた毛糸玉ぐらいこんがらがっている。どこからどう解けばいいのか分からない。
――まずはアブサン公爵の求婚がどんな意図なのか確認しないと。たぶん、別の人と間違ってるとかなんだろうけど。
とにかく、話してみれば分かるだろう。週末を待てばいい、と楽観的に考えていたが、明くる日、神殿に行くと、その話で持ちきりになっていた。
神殿の廊下に少し入ったところで、通りすがりの聖女見習いたちにわっと取り囲まれる。
「見たわよ、結婚式の招待状!」
「いきなり来たから何事かと思った」
どうやらアブサン公爵は神殿で淑女教育中の知り合い全員に招待状を出していたらしい。ココの顔見知りは全員もらったと言っていた。
「おめでとう!」
「絶対行くね!」
口々にそう言われ、ココは遅まきながら危機感が湧いてきた。
――……もしかして、だいぶ引き返せないとこまで来てる……?
これはもう誤解なんだと触れて回ったくらいでは聞いてもらえなさそうな雰囲気である。すでに周囲からは隠れて付き合っていたんだろうと勝手に思われているが、根回しのよさを考えれば、確かにそう受け取られても仕方ない。
ココはいろんな人から口々にお祝いされたものの、いちいち訂正を入れる気力もなく、ずるずると週末まで宙ぶらりんの状態を引きずることになったのだった。
◇◇◇
公爵さまと面会する週末はあっという間にやってきた。
午後一番に公爵家の一室へと招き入れられ、緊張しながら再会の挨拶をする。
「お招きありがとうございます……」
「うん。よく来てくれた」
思っていたよりも百倍呑気そうな返事が来て、ココは拍子抜けしてしまった。そして緊張が緩むと同時に、様々な疑問が膨れ上がって爆発した。
うん、ではない。
こっちはひっくり返したような大騒ぎだったというのに、何で彼は『新作のゲームで遊ぼうと思って呼びました』ぐらいの気楽な構えなのか。
「あの、さっそくですが、大変なことになってるんです」
「どこが?」
「家と、職場と、あと……! 私のお小遣いが……!」
彼は、なんだそれ、というように首を捻っている。
「公爵さまがよこした商人さんたちですよ。押し売りに負けて、色々買わされちゃったんです。とにかく先に確認したいんですが、あれって公爵さまの手配で間違いないですか?」
「そうだけど」
「返品したいので、まずそこからお願いしようかと思って今日は来たんです」
「なぜだ? 気に入らなかったのか? まあ、嫌なら引き取りに来させるが」
一番に気になっていた問題が解消されたので、ココはほっと息を吐いた。
――思ってたよりちゃんと話が通じそう。
安心したのも手伝い、次に気になっていることを聞く。
「それと、結婚式のお知らせが来てたんですが」
公爵はこくりと頷いた。寡黙な人なので、こうやって喋らずに済ますことがよくある。
「何かの間違いではないんでしょうか?」
「いいや。何か問題でも? よく確認したつもりだったんだが」
「私には何の確認もなかったと思うのですが」
「君に聞いてもしょうがないと思って」
「じゃあ何を確認したんですか……?」
ココ本人の意思よりも大事な確認はあるのだろうか。そう思っていると、彼は実にのんびりと、宛先だの、内容だのといった、ココにとってはどうでもよさそうなことをちゃんと確認したのだと述べた。
ずらずらと並ぶ『ちゃんと確認したことリスト』に、いつまで経ってもココの言いたいことが載ってこないので、焦れてずばりと聞いてみる。
「私の承諾を真っ先に取るべきだったのでは……?」
「それは別に……」
アブサン公爵はちょっと遠慮がちにうつむいた。
「確認したら断られると思ったし」
アブサン公爵は普通にしていればたいそう見事な美青年である。照れたような言い草は、内容さえ聞かなければ好感の持てるものだった。
「……? 断られる……と、思った、のなら……じゃあやめとくかぁ……って、普通はなります……よね?」
「うん。でもやりたかったから。ごめん」
「……???」
謝罪が軽い。つい『いいよ』と言いたくなるような雰囲気だ。
――待って、誤魔化されちゃダメ。
ココはアブサン公爵の美しすぎるお顔から目を逸らし、いったん深呼吸をした。
要点を整理しようと思ったのだ。
こんなに可愛い顔をして、この男、『断られるのが嫌だったから勝手に式を挙げようと思った』と断言する異常者なのである。
ココの頭はさらに混乱した。
整理のしようがない。何もかもがおかしい。
「君が俺なんかを愛してないことは分かってる」
「え……?」
今度は何の話だろうと思っていると、彼は少し悲しそうにした。
「ピノと付き合ってるんだろう? そう聞いた」
「……あー」
そういえばそんな話を一瞬していた。しかしココにはまったくその気がないし、ノワール伯爵も本当にココに気があるのか怪しいくらい普通の話をして帰っていく。
あれではただの茶飲み友達だ。
「ピノにベタ惚れなんだって? それも聞いたよ」
「え? ち、違いますけど」
大嘘もいいところだ。勝手に何を吹聴しているのだとノワール伯爵への怒りも手伝い、少し感情的に言い返すと、公爵からは何とも言えない表情で制止の身振りをされてしまった。
「照れて否定するのも可愛いと聞いたが、本当だな」
「!? い、いえ、本当に違いますって!」
言いながら焦りを覚える。こんなに動揺していては逆効果だ。ますます本当なのだろうと思われてしまう。
案の定、公爵は盛大に誤解したようだった。
どことなく暗い顔でぽつぽつと話を続ける。
「今こんなことを言っても信じられないだろうけど、君は騙されてる。あいつは俺への嫌がらせでココに近づいたんだ」
確かに、そんなことを言っていた。
「大変なことになる前に、俺が保護してあげた方がいいと思って……勝手に結婚を決めたのは悪かった。でも、落ち着く頃には俺が正しかったって分かってもらえると思うから。君が正気に戻ったら、離婚しよう」
ココはもうずっと、岩のように落ち着いている。
正気でないのは公爵様だ。