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半年の空白期間?


「何かの間違いだと思うんだけど、これってどういう詐欺なのかな? 知らない種類の手口なんだよね」

「詐欺じゃないから大丈夫だよ。ねえ、そう思うよね?」


 ちょうど治療室から帰ってきた同僚その二に話が行くと、彼女も『詐欺ではない』と断言した。


「公爵さまってココのことお気に入りだったもんね。そんなに愛されてたなんて、羨ましくてちょっと心が死にそう」

「嫉妬は醜いわよ」

「そうよ私は心が醜いのよ。どんなに愛されてても相手が悪魔公爵じゃねえ……ははん」

「そう思うことで平静を保っているのね。美形に愛される同僚が羨ましいあまりに」


 同僚その二はへっと唇を歪ませた。


「悪魔だから美形でも意味ないじゃん」

「でも大量に宝石買ってくれるんですって」

「そ、そんなの、趣味に合わなかったら迷惑なだけだし!」

「商人が来て選ばせてくれたんだって」


 彼女たちはしまいにそろって顔を手で覆った。


「ごめん、私も死にそう」

「いいよ……一緒に泣こう」


 ふたりのやり取りを聞きながら、ココはもう何も言えなくなってしまい、そっと「戻るね」といって、休憩室を後にしたのだった。


 ――とにかく一度会ってお話をしないと。


 その日はアブサン公爵が現れなかったので、夜にお手紙を書くことにした。公爵とはこんなやり取りしたこともないし、よほどのことがない限り未婚の女性から男性に手紙を送るのは避けるべきだが、そうも言っていられない。


 できるだけ早急に会ってもらえるようにお願いした封筒を、メッセンジャーボーイに託して送り出した。


 その数日後、アポイントメントの手紙はとんでもない内容で返ってくることになる。


◇◇◇


 アブサン公爵からのお手紙は豪華なエンボスの封筒に入っていた。どう見てもちょっとした伝言という体裁ではない。お城の招待状ぐらいの厚みと重みがある。


「公爵様ともなると、お手紙もおしゃれなんだなぁ」


 さすがは高位貴族――と感心しつつ、ペーパーナイフでシュッと開いてみたココは、見出しの文字に呆然とした。


 『結婚式』と、大きく書かれていたのである。


 そこには、(身に覚えのない)アブサン公爵とココの結婚を知らせるメッセージが流麗な文章で書かれていた。


 式のプログラムから招待客についても細々と書かれている。しかも、文句のつけようがないほど交友関係がきっちりと網羅されていた。


「わぁ、立派なお式……完成度すごいぃ……」


 まるで本物の結婚式のようだ。


 まったくの赤の他人がいたずらで手配したにしては内容に抜かりがなさすぎる。これは事情を知らない人間にでっち上げられる内容ではないだろう。新婦の協力のもと、ふたりで仲良く結婚式に向けて半年くらい打ち合わせを交わした後――ぐらいの完成度だ。


 ここまで来るともはやココが記憶を失っていた可能性を疑わなければいけないぐらいである。


 ――私、気を失っている間に公爵さまとそういう関係になっていた……?


 そんなわけはない。ここ半年の間に何をしていたのかもだいたい思い出せる。


 結婚式は今月末が指定されていた。書き間違いかと思って何度もカレンダーと照らし合わせてみたが、合っている。すると何が間違っているのだろう。時空?


 さらに、週末に迎えの馬車を寄越すので、一度うちまで来てほしいとも書かれている。


 最後の駄目押しで、両親と妹宛ての招待状もそれぞれ別に添えられていた。


 ココはもう自分ひとりで対処できる事態ではなくなったと思い、慌ててコニャック家の面々を呼び集めた。


 母、義父、義妹を応接間のテーブルにつかせ、それぞれに招待状を配り、一通り説明する。終わるころにはコニャック男爵家の面々はお通夜のような状態になっていた。


「アブサン公爵って……あの悪魔公爵だよな? こいつ、金は持ってるのか? 公爵ならあるいは……」


 義父のオレインは探るように呟き、金の勘定をし始めた。いつも通りの光景だ。


「ほんっとうにどうしようもない子だこと……」


 母のヘネシーはゴミでも見るような目でココを見ている。いつも通りの光景だ。


「お姉様に求婚のお手紙が来たの? どうして? シナモンの方が可愛いのに?」


 義妹のシナモン。いつも通りだ。


「あの、どうしましょう……?」


 オロオロしながら聞いたその瞬間、母親の顔が憎悪に歪むのを見た。


 ――あ、マズい。


 そういえば異性との交友関係ネタは地雷だった、と思ったときには既に遅く、バチンと頬を叩かれていた。頬がジンと痺れて熱を持つ。


「何が『どうしましょう』よ、この不良娘! お前がふしだらに遊び回ったからこうなったんでしょう!? いやらしい、本当に母親そっくりね!」


 ――いつものヒステリーが始まっちゃった。


 こうなると母親は長い。ココの本当の母親(自分ではないと主張している)が亡き父を誘惑して不倫したあと無責任にお前を置いていったのだ、お前は生まれてきてはいけなかった、お前もあの女の血を引いているのだからろくな女にならない――というような話がなされたあと、泣き崩れた。


 横にそっと寄り添っていた義父が「それで?」と話を変える。


「婚約の申し込みがほんの数日前だったはずだが、いつの間に結婚まで行っていたんだ?」

「わ、分かりません……心当たりがないから、とりあえず会ってお話ししましょうって手紙を送ったら、この返事が来て」

「嘘をつくな。半年は前から共謀していただろう?」


 ココはまったく反論できない。確かに、もしもこの手紙を持ってきたのが妹だったら、ココも同じ感想を抱いていただろう。自分でも自分のことが信じられない。半年くらい気を失ってたとしか思えないのである。


「まったく……前々から言っていたが、お前には先約がある。セサミ家の奥方がもう長くないので、その後釜にと望まれているのだよ」


 セサミ家の旦那様とは、傭兵の派遣業を営む豪商のことだ。彼には先立たれた妻がいて、今の妻は病気がちで亡くなる寸前。ココは三人目の妻となる予定だった。


 両親は継承権を持っていないため、男爵位を継げるわけではない。義妹にも不可能だ。


 よって、正当な嫡子のココを金持ちに売り飛ばし、見返りに財産の何割かをもらって遊んで暮らすつもりのようだった。


「先約を退けて公爵様のところに嫁ぎたいのなら、こんなだまし討ちのようなやり方はいかん。それくらいは分かるだろう?」


 義父はココが駆け落ちでも企んでいると思っているようだ。そんなつもりは一切ないのに。


「ですが、全然心当たりがないんです」

「お前の意見はどうでもよろしい。大事なのは公爵さまがどういうつもりなのかだ」


 義父はゲスな笑顔でココを見た。


「どうだ? 公爵様はいくら出せそうなんだ?」


 ――競りにかける気だ。


 両方を煽って高く売れる方に売るのだろう。義父にはそういうところがある。コニャック家へと巧みに取り入ったのも、ゲスな交渉上手の手管を駆使したからなのだ。

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