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押し売りドアインザフェイス

「どうせお前のことだからアブサン公爵の話を聞き逃していたんでしょう!? 本当にお前は馬鹿でグズで……」


 心無い評価が雨あられとココに降り注ぐが、特に何も響いてこなかった。


 母はココが物心ついた頃からずっとこの調子だ。


 はいはいと聞き流しつつ、何のことやらと思っているうちに、朝も早くからアブサン公爵のお抱え商人を名乗る不審者たちがやってきた。


 交渉を担当したのは、貴族相手の商売に慣れていそうな、仕立てのいい服を身にまとった年配の女性だ。


「わたくしどもはあらゆる商品を取りそろえております」


 そう言って応接間の床に許可もなく赤色の布を敷き詰めたあと、持ち込んだ衣装ダンスから、出るわ出るわ、大量の商品をどんどん並べていく。


 ずらりと並んだドレス、宝石、その他なんだかよく分からないキラキラした小物たちに、ココはくらりと目まいがした。


「こちらは婚約の印に」


 女性がそっと宝石箱を母に開いてみせる。


 なぜ母に? と思っていたら、女商人がにこやかに説明し始めた。


「ご家族の皆様に何でもお好きなものを差し上げたいとのことで、ご所望のお品はすべて揃えるよう仰せつかっております」


 これには目を尖らせて怒っていた母親も陥落した。


「あら、そう……?」

「あ、そのドレス、最新のやつじゃない! ほしい! ねえお義姉様、いいでしょ?」


 義妹もその気になっている。まんざらでもないふたりを取り巻きの商人が言葉巧みに別室に連れていき、数人が退室したあと、ココが女商人の前にぽつんと取り残されることになった。


 揉み手をしながら、女商人が迫ってくる。


「さ、今のうちに、どうぞ」


 さあさあ、と両手で勧められて面食らう。


「え……? 選ぶんですか? 私も?」

「はい」

「まだ交際するとも言っていないのに?」

「どういったご事情かはわたくしどもの知るところではございません」

「知っておいてほしかった……!」


 誰に説明を求めたらいいのだろうかと困惑していると、年配の女性が勝手にどんどんココを脱がせて採寸し、熱心にメモをして、怒濤の勢いで色んなものを勧めてきた。


「非常に美しいブラウンの髪をしていらっしゃいますから、ルビーなどいかがでしょうか?」


 差し出される品にはどれも値札がついている。慌ててかき集めてきたから外す気遣いができなかったのか、それとも『これだけ高価な品を贈る用意がある』という、高位貴族ならではの示威行為なのか。判別はつかなかったが、ともかくココはさっと一通りチェックして、青ざめた。


 ――値段が、値段がおかしい。


「あの、本当にどういうことですか? 聞いてませんよ、こんなの」

「わたくしどもも詳細は承っておりませんが、高位の貴族の方々にしてみればこのくらいの贈り物にさしたる理由などございません。どうぞお気軽に、詰め込めるだけポケットにお入れになればよろしいかと」


 盗賊の奪い方である。


 品のない提案をするこの女商人もなんだか怪しく思えてきた。


「どうも話がうますぎるような……あなたたちが公爵様の名を騙っているってことはありませんよね?」

「ございません。このように」


 差し出されたのは公爵の紋章が入った書類だ。デザインは、診察のときに剣や衣服の装飾等で見た覚えがある。


「じゃあ、そっちがダマされてるとか」

「あのように特徴的な方はふたりといらっしゃいませんので」


 ――それはそう。


 一瞬でも納得してしまったのが悪かったのか、女商人はずいっと距離を詰めて、真剣な顔で訴えてくる。


「さ、どうぞ、ご遠慮なく。本日中に選んでいただかねばわたくしの首が飛びます」

「え……いやまさかそんな、粗相をした使用人の処刑なんて前時代的な」

「今月のノルマが切迫しているのでございます」

「転職してください……」


 女商人はルビーの横に、似たような赤い石を三つ置いた。よく似ていて、ちょっと見ただけでは区別がつかない。


「ではこちらなど、いかがでしょうか」


 ひとつは法外な値段がついていたが、あとの二つはお手頃価格だ。


「こっちは桁が二つくらいお得ですね」

「ええ、どちらも美しい石です。ひとまずこちらで後を濁しては? どうしてもプレゼントとして受け入れられない場合は、ご自分で買い取っていただくこともできます」

「なるほど」


 確かに、このくらいの値段なら、神殿から配られる毎月の心付け――要するにお給料でもがんばれば買える。


 パーティーなどではなんだかんだ入り用になるし、一つあってもいいかもしれない。


「じゃ、じゃあこっちで」

「たいへんお似合いでございます。あら? それならドレスはこちらでいかがでしょうか」


 とんでもなく豪華な布が奥から持ち出されてきた。無論のこと、仕立て代は別だろう。


「破産します」

「ではよく似たこちらで……」

「あ、これなら……まあなんとか……?」


 というわけで、(貴族基準からすると)比較的リーズナブルなお出かけ着が揃った。


 ――これ、比較でお得感出されたけど、実は全然お得じゃないのでは……?


 じわじわ後悔し始めたところで、女商人が手早く商品をまとめ、さっさと帰ろうとしていた。


「あ、あの、やっぱりなかったことに……」

「そうそう、申し遅れましたが、ウェディングドレスはこちらにすべてお任せいただける手はずになっております。ぜひ当日をお楽しみに」

「まだそこまでは……!」

「のちほどキャンセルも可能ですので。どうかわたくしを助けると思って。来月まで予約しておいていただければノルマがこなせるのでございます」

「そ、それなら……また来月に……」

「お買い上げありがとうございました」


 商人が帰っていったあと、ココは総額の入った伝票を見て、ひそかに決意した。


 ――来月になったら絶対に全部キャンセルしよう。


◇◇◇


 とんでもない押し売りに遭ってしまった件について、神殿でさっそく友人のオリビアに説明すると、彼女はぱあっと顔を輝かせ、手でニヤニヤ笑いを覆い隠した。


「やだあ、本気の本気じゃないの! おめでとう、ココ! いつの間にそんな関係になってたの!? 言ってくれればよかったのに!」

「私も知りたいんですよね……」


 ココにはここまでされる覚えがまるでない。

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