プロローグ
ココが彼と結婚することになった理由は、本人にもよく分かっていなかった。
ただ、気がついたらそうなっていた、としか言いようがない。彼から告白やプロポーズがあったわけでもないのに、周囲から『愛されている』と言われ続け、男爵家のココと公爵家の彼とでは家格が釣り合っていないのにもかかわらず縁組みがなされ、特になんとも返事をしていないのに勝手に結婚式の予定が通知されていた。
あまりにも一方的だったせいか、駆け落ちを疑われて、義父たちにも叱責されたくらいだ。
彼ことアブサン公爵には、少し黒い噂があった。
なんでも、正体は残虐な悪魔そのものだとかいったような、根拠不明の話がひそひそと囁かれているのだ。
――別に、普通の人だと思うんだけどなぁ。
ココはこれまでの思い出を振り返ってみる。しかし、怖い人だった記憶は全然ない。噂が一人歩きしているだけだと勝手に思っている。
結婚に関するアブサン公爵の言い分はこうだ。
「ココが俺なんかを愛してないことは分かってる。君はノワール伯爵と付き合っていたはずだ」
付き合っていない。
さらに、愛する愛さない以前の問題として、そもそもココはアブサン公爵のことをよく知らない。しかし、数少ない交流の中では悪印象を持っていなかった。
ひどく綺麗な顔をした、同い年か、それより少し上くらいの男の人だ。
珍しい髪の色や、独特の雰囲気なんかも好きだったので、勝手に心の中で愛でていたが、それだけだ。きれいなお花が咲いてるな、とか、可愛いわんちゃんが散歩しているな、くらいの感覚で眺めていた。
人となりに関しては本当に何も知らないのである。
「嫌がられると俺も辛いから、結婚式の夜まで話し合いは保留にさせてもらう」
こうして、ココは相互理解の道も断たれ、様々な事情がこんがらがったまま、公爵様と結婚することになった。
ご無沙汰しております