精霊祭
来ていただいてありがとうございます!
三日間、自分のパートを必死で練習して何とか先生から合格点を貰えたの。結局ラーシュ様が選抜チームの練習後に私の練習にも付き合ってくれた。
クレソニア様の言う通り、ミント先生は厳しかった。きちんと歌えていないと容赦なくパートを外される人もいた。
「あらあら、あなたにはまだ早かったみたいね。ごめんなさいね。先生の見立て違いだったわ」
って感じでニコニコしてて、とっても怖い……。
そんなこんなで夏のお休みの間は三分の二が選抜チームの練習にあてられた。毎日練習って聞いてたけど十日位は完全なお休みがあったの。でもそのお休みの日も……。
「当然、個人練習するよね?勉強も。課題は終わってるよね」
ラーシュ様、厳しい……。でもおかげで私は夏の間、ダラダラすることなく過ごすことができたの。
歌と楽器の合同の練習の時、ラーシュ様とアグネータお姉様が仲良くしてる事も、ラーシュ様がお姉様を見つめている様子も無かった。ラーシュ様がお姉様を好きになるのは今年じゃ無いのかもしれないわ。もう好きになってて顔に全然出さないのなら、お手上げね……。
そしてやって来た秋の精霊祭の前日。
私はお祭りの喧噪に沸き立つ街へ来ていた。花の聖地の街は街の名前がそのまま「花の聖地の街」なの。大きな湖と花畑があって小さめだけど賑やかな街が隣接してる。
「お花がいっぱい……きれい……」
「本当だね」
お祭りの飾り付けに見惚れていると、馬車の中、隣に座ったラーシュ様が私の方の車窓を覗き込んだ。寄りかかるように密着されてちょっと苦しい……。
そして、恥ずかしい。何でこっち側の窓から見るの?ラーシュ様は私の事なんて気にするそぶりすらない。なんだか私だけドキドキしちゃってて悔しいわ。ドキドキしたって仕方のない人なのにね……。
「花の聖地っていうだけあるよね。精霊もたくさんいる」
ラーシュ様の言う通り、花々の間を精霊様達が飛び交ってる。なんだかとても楽しそうに見える。
「やっぱり聖地の街ですね。精霊様達はお花が好きなんですね」
「リファーナは花は好き?どんな花が好きなの?」
ラーシュ様に音楽以外の質問された。
「お花ですか?何でも綺麗だと思います。でも白くて小さな花が好きです」
「リファーナらしいね」
「そうでしょうか……?」
私らしいってどんなの?そういえば、最近少しずつラーシュ様との音楽以外の会話が増えてる気がする。勉強も見てもらってるからかもしれない。
今日は開会式のリハーサルがあった。開会式は街のお役所に隣接している講堂で行われる。明日の本番に向けて調整はばっちりだったと思う。お祭りは三日三晩行われて、最終日には湖に張り出した桟橋の先にある高い塔の上で当代の精霊の歌姫が独唱してフィナーレを迎える。
そう。私が落とされたあの塔だ。
「リファーナ、大丈夫?」
「ラーシュ、様……?」
ラーシュ様が私を覗き込んでる……?その後ろに高い青空と精霊様達の光。
「あ、私……?」
「倒れたんだ。ああ、まだ起き上がらない方がいい」
「は、い」
くらっと眩暈がしてまた倒れこんでしまった。頭の下に柔らかな感触……。
「覚えてる?精霊祭の開会式の後、リータ子爵令嬢とメリッサ伯爵令息と僕と君と四人で一緒に湖に来たんだ。精霊に会いに行こうって」
そうだった。開会式の演奏は大成功で、ロッティー様のソロも素敵で、たくさん拍手を貰って、ミント先生達にも褒められて……。午前中で開会式は終わって午後から四人でお祭りの街を見物して回ってたんだ。楽しかったのに私、どうしたんだろう……。うっすらと目を開けると花が見えて、その向こうに湖がキラキラ光ってる。そしてその更に向こうには……。
「塔が……」
そうだ。あの塔が目に入った瞬間に、くらっと眩暈がして真っ暗になったんだわ。私はゆっくり起き上がった。そしてとんでもないことに気が付いた!
「きゃあっ!申し訳ありませんっ、ラーシュ様!」
私、私、ラーシュ様の膝の上で……!!さっきの柔らかい感触はラーシュ様の。
「そんなの気にしなくていいよ。本当に起きて大丈夫?」
ラーシュ様が心配してくれてる。申し訳ないけど少しだけ嬉しい。
「もう大丈夫です」
恐る恐る塔を見てみたけど、もう眩暈は起こらなかった。
「緊張と疲れ……だろうね。リファーナは初めての選抜チームで頑張ってたから」
ラーシュ様は私の背中を支えてくれた。
「今、二人が救護隊を呼んで来てくれてるから、一応診てもらおう」
「はい」
ほどなくして、ロッティー様達がお祭りの救護隊の医療術師の方を連れて戻って来てくれた。医療術師のお見立ても慣れない状況に疲れが出たんだろうとのことだった。
「ゆっくり休んでください」
そう言って優しそうな医療術師はお祭りの会場へ戻って行った。
ロッティー様とメリッサ様には二人でお祭りの会場へ戻ってもらうことにした。ロッティー様は渋っていたの。だけど、
「リファーナのことは僕が責任を持ちます。どうかお二人はお祭りを楽しんで来てください」
「ロッティー様、私はもう大丈夫です。今日は滞在先に戻って休みますから、心配なさらないでください」
ラーシュ様と私の言葉で納得してくれたみたい。メリッサ様と一緒に街の方へ歩いて行った。
「私、ケント様のおうちの別邸に滞在してるから、また連絡してくださいね」
「はい。ご心配をおかけしてごめんなさい。私もグラソン様の別邸にお世話になってます。またお会いできると嬉しいです」
「……うふふ、やっぱりお二人は仲良しなのね」
ロッティー様が去り際にそんな言葉を残して行ってしまったから、ちょっと気まずかったわ。本当は街の宿に滞在させてもらおうと思ってたんだけど、ラーシュ様に「婚約者がいるのにそんなことはさせられない」って言われちゃったの。貴族は体面を気にするものね。
「リファーナ、もう立ち上がって大丈夫?」
立ち上がろうとする私にラーシュ様が手を貸してくれた。
「はい。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
本当は病気でも緊張と疲れでもないのは自分が一番良く分かってる。塔を見た瞬間に思い出してしまったの。あの落ちていく感覚を。
「せっかくのお祭りなのにごめんなさい」
「そんなのはどうでもいいよ。……ごめん。僕が無理をさせすぎたんだね。今日はもう屋敷へ戻ろう」
「それは絶対に違います!一人で帰れますから、ラーシュ様はお祭りに……」
「怒るよ。君をこんな状態で一人にできない。精霊祭はあと二日もある。今日はゆっくり休んで明日また見て回ればいい。楽しみにしたんでしょう?」
「はい。ありがとうございます、ラーシュ様」
ラーシュ様は優しい。たぶん誰にでも。それでも気にかけてくれる人がいるっていうのは私にはとても大切で嬉しい事だった。
気が付くと周りに精霊様達が集まって来てくれてた。まるで励ますように私の頬や手に触れながら飛んでいる。私はラーシュ様に支えてもらいながら、お礼の歌を口ずさんだ。
「僕はリファーナの歌が一番好きだ……」
ラーシュ様の言葉に何故か涙が出そうになる。褒めてもらったのに変なの。自分がおかしくて泣き笑いみたいな変な顔になっちゃった。
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