練習開始
来ていただいてありがとうございます!
「皆さん、今日から選抜チームの練習が始まります。今年も秋の精霊祭において、皆さんで一曲を楽器と歌で演奏していただきます」
スモールウッド学園中等部の音楽室に集められた選抜チームのメンバーの前で先生が説明を始めた。
「精霊祭の開会式、皆さんの演奏は一番最初というプログラムになっています。成功の是非が皆さんにかかっていますので、気を引き締めて練習に望むように!」
「「「はいっ」」」
うわぁ、何だかすごく緊張してきちゃった。私、大丈夫?ついていけるかしら……。思わずラーシュ様の方を見ちゃった。そうしたら、ラーシュ様と目があった。ラーシュ様がほんのり笑って頷いてくれてちょっと安心できた。
選抜チームの演奏曲は毎年変わる。練習は前半は中等部の校舎で、後半は高等部の校舎で行われ、初日の今日は総勢四十名と指導教授の顔合わせがあって、その後はパート練習。
私はロッティー様と一緒に高等部の人や中等部の先輩達についていった。声楽の選抜チームは二十名。一年生は私達二人だけ。
声楽担当の先生は柔らかな物腰のとても優しそうな女の人だった。でも放った言葉は全然優しく無かった……。
「自己紹介代わりに一人一曲歌を歌ってもらいましょうね。では高等部の先輩にお手本を見せてもらいましょう」
嘘でしょ?いきなり一人で歌わされるの?せめて最初が良かったわ。昨年も選ばれた先輩達がほとんどで、今年から選ばれた中等部二年生の先輩達もみんな上手で圧倒された。
「中等部一年生で選ばれたんだから上手に歌えるわよ。大丈夫!安心して歌ってね」
近くに座っていた高等部の先輩が耳打ちしてきた。優しさからなんだろうけれど、余計に緊張してきた。
あ、次はロッティー様の番だ!わあ、やっぱりロッティー様はやっぱりすごく上手だ。どうしよう。みんな感心してる。
「はいっ。じゃあ最後、スティーリアさん」
「は、はい!」
口から声じゃ無いものが出そう……。胸がドクンドクンうるさい。
不意に風が吹いた。あ、精霊様がまた窓の外にいる。前に見た風の精霊様だと思う。そうだわ、私達の歌は精霊様に捧げる歌だ。私はラーシュ様と一緒に練習した風の精霊様の歌を選んだ。
精霊様に喜んでもらえるといいな。そんな思いを込めて歌った。
「……………………」
歌い終わっても誰も何も言わない。精霊様が周りを飛んでるだけ。あれ?私何か間違えた?歌詞?音程?一生懸命練習した曲なんだけど……どうしよう。
突然先生の拍手が響いた。後から他の人からも拍手を貰えた。
「大変素晴らしかったですよ!スティーリアさん。精霊様もお喜びのようですね」
「ありがとうございます」
よ、良かった……。へたり込みそうになったけど何とか持ちこたえたわ。
「まあまあね。足を引っ張られることは無さそうで安心したわ」
席に戻るとさっきの高等部の先輩がちょっと顔を引きつらせてた。あれ?もしかしてさっきのは嫌味だったの?
「皆さんの事は良く分かりました!では今年の曲の楽譜をお渡ししますね。それぞれのパートに印がつけてありますから良く練習してきてください。では三日後に合わせてみましょうね」
先生がにこやかに告げた。え?それで終わり?私とロッティー様は顔を見合わせた。先生は部屋から出て行っちゃった。先輩達も次々と帰っていく。
クスクスと笑い声が聞こえた。
「驚いた?他はともかく声楽の先生は毎年こんな感じだよ」
「クレソニア様、ご無沙汰しております」
私達に話しかけてきたのは中等部三年のクレソニア公爵令息様だった。アグネータお姉様の婚約者様だ。クレソニア様も選抜チームの一員だ。
「やあ、前にアグネータの誕生会で紹介してもらったね。久しぶり。リファーナ嬢」
クレソニア様は菫色の瞳を細めて人懐っこく笑った。
「あのミント先生はとても変わってて、自己紹介の歌の間にパート分けをしてしまうんだよ。ほら、楽譜に色がついているでしょう?」
私もロッティー様も渡された楽譜を見た。ホントだ。確かに色がついてる。
「私はアルトの第一だわ」
ロッティー様が呟いた。
「私のは、ソプラノの第二……?」
「へえ!二人とも凄いね!特にアルトの第一はソロもあるパートだよ」
「わあ!ロッティー様!さすがですね!!」
「でも私、ずっとソプラノを練習してきたのに……」
ロッティー様、少し落ち込んじゃった。そして私もちょっと不安になってしまった。
「まあ、先生の決定は絶対だから仕方ないね。ん?どうしたの?妹ちゃん」
「えっと、ちょっとパートが多いみたいで務まるかどうか不安で……」
「大丈夫大丈夫!さっきみたいに楽しく歌えばいいんだよ!お祭りなんだから、ね?」
「そうですね。ありがとうございます。頑張ります」
励ましてもらっちゃった。クレソニア様はとても気さくで良い人みたい。この人がお姉様を裏切って他の人の所へ行ってしまうんだ……。ちょっと信じられない。
「…………君はとてもおとなしいんだね。アグネータとは正反対だ。歌も上手でいい子だね」
何故か頭を撫でられた。
「今日はこっちも終わったから帰ろう。リファーナ」
ドアが開いてラーシュ様が入って来た。
「ああ、クレソニア様、お久しぶりです」
私の手を引いたラーシュ様はクレソニア様ににこやかに挨拶した。クレソニア様の手が宙を撫でた。
「やあ、グラソン君今年もよろしくね。ふふ、君の婚約者は可愛らしいね」
「…………それはどうも」
「それにとても素晴らしい歌声だ。僕も負けてられないよ。じゃあ僕も帰るよ。愛しのアグネータが待ってるだろうからね」
クレソニア様は片目を瞑ると手を降って部屋を出ていった。
「「ありがとうございました」」
ロッティー様と私はクレソニア様の後ろ姿にお礼を言った。
「じゃあ、私も帰リますね。また三日後に。リファーナ様」
「ええ。またね、ロッティー様」
ロッティー様はラーシュ様に一礼して帰って行き、部屋の中にはラーシュ様と私が残された。
「クレソニア様と何を話してたの?」
「この楽譜の事を教えていただきました」
私は自己紹介で歌を歌った事と第二ソプラノのパートの事をラーシュ様に話した。
「そう。良かったね。ミント先生はああ見えてとても厳しい人だ。リファーナのことをかなり評価してくれたんだよ」
「それならラーシュ様のおかげです。ありがとうございます」
「……うん」
ラーシュ様の手が伸びて、ぐしゃぐしゃって私の頭をちょっと強めに撫でた。
「わわっ、何をなさるんですかっ!髪が……」
ラーシュ様酷い。私は乱れた髪を手ぐしで整えた。
「ごめん……」
ラーシュ様は私の手を押さえて、髪を整えるように撫でつけた。あれ?ラーシュ様って背が伸びた?少し前まで私と同じくらいだって思ってたのに、ちょっとだけ高くなってる。
私は何だか寂しいような眩しいような、良くわからない不思議な気持ちになった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




