捕縛と不合格
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開け放たれた大きな窓からは、ちらちらと雪が舞い落ちる様子が見える。
静けさの中、歌は終わった。
「どうして……?」
湖は精霊様達の光でキラキラと輝いてる。花の聖地の音楽隊の拠点「花の宮」。この試験会場にはその光は無く、ロッティー様の試験は不合格に終わった。課題曲二曲を歌い終わっても、ついに精霊様は現れなかった。胸元の黒い宝石のネックレスを握り締めたその手にも黒い宝石の指輪が光っている。ケント様からの贈り物だろうか。指に指輪に涙がポロポロとこぼれていく。
今日は聖地の音楽隊の入隊試験の日。私とラーシュ様も実技試験の見届け人として寒い試験会場の端に座っていたの。
「まあ、仕方ないね……」
ラーシュ様は瞳を閉じ腕を組んだまま小さくため息をついた。
「ラーシュ様……」
私達には選ぶ権利は無い。それでも精霊様に選ばれなかった受験者を見届けなければいけないのは辛かった。
ガタン……
入り口の方で音がした。何?まだ次の受験者には入室が許されていないのに。
「失礼するよ」
突然試験会場のドアが開いて中へ入って来たのはフローリア公爵と数人の役人と思える男の人達、そして王国の兵士さん達だった。「何事だ?」って慌てて立ち上がる音楽隊のみんな。でも隊長さんだけは静かに腕を組んで座ったまま。
「ロッティー・リータ子爵令嬢、貴女に禁忌の呪法を行った嫌疑がかけられている」
お城の役人の一人が前へ進み出て、何かの書類を見せた。
「え?一体何のことですか?」
まだ瞳に涙を浮かべながら、呆然と答えるロッティー様。
「メリッサ伯爵家から呪術の道具が発見され、先程この近辺でケント・メリッサ伯爵令息が呪法を行う所を発見され、現行犯で捕縛された」
「ケント・メリッサだって?そうか……子爵令嬢ではなく、男の方だったのか」
ラーシュ様が驚いてる。私も同じだった。ケント・メリッサ伯爵令息様は、幼い頃からのロッティー様の婚約者だ。では、ロッティー様の為にメリッサ様が呪法を行ったという事なの?
「ケント様が呪法?一体どうしてそんな……」
「彼が行おうとしていたのは精霊を意のままに操るための呪法だよ」
まだ頭が状況に追いついていないのか不安そうに辺りを見回すロッティー様。そんなロッティー様にフローリア公爵様が説明をしてる。そういえばフローリア公爵様はこの件に関しての相談役をなさっているんだったわ。
「君の周りに精霊を集めるためにね」
「そんな!私は実力で精霊に認められたのですわ!」
「ならばどうして今歌う君の元に精霊が姿を現わさなかった?」
「それは……!」
ロッティー様は唇をかみしめて、何故かこちらを見た。
「あの様子だと、リータ子爵令嬢は何も知らなかったみたいだね」
ラーシュ様は私にだけ聞こえるように小さく話しかけた。少し離れたところでは他の見届け人達が見守っている。みんな戸惑ってる。当然よね。ラーシュ様と私も驚いたもの……。でも、ロッティー様は何もしてなかったんだわ……。良かった。
「はい。それは良かったです。でも……婚約者の方が……」
「ああ、犯人は婚約者のほうだったんだね。メリッサ伯爵令息か」
「あ!お待ちくださいっ!!」
ロッティー様に事情を聴いていたお役人様の一人が声を上げた。見ると、ロッティー様がこちらへ走り寄って来ている。
「何を笑っているのよ!」
ロッティー様が涙を浮かべた瞳で私を睨みつけている。
「え?」
違うわ!ロッティー様が無実だったことに安心しただけなのに……。
「そんなに嬉しいの?!私が不合格で!」
「そんな!そんなことは思っていません!私は……」
「おやめください。リータ子爵令嬢。ひとまず城までご同行願えますか?メリッサ伯爵令息のことやそのほかの事も色々とお話をお伺いしたいので」
「お断りいたします!私は潔白ですわ!」
お城のお役人さんの一人に食ってかかった。
「ケント様のことだって何かの間違いよ!私のもとに精霊が現れなかったのはスティーリア伯爵令嬢が精霊の歌姫の立場をかさに着て何かしたのに違いありません!」
「どうしてそうなるんだ……。呆れてものが言えないな」
フローリア公爵様はお手上げだと言わんばかりだ。
「リータ子爵令嬢、我々は不正はしないし、出来ないんだよ。精霊様がそれを許さない。何か誤解があるようだが、精霊の歌姫は清らかな心で歌うことができなければ、そう呼ばれない。精霊の歌姫は不正なんてできない人が選ばれるんだよ」
それまで静かに座っていた隊長さんが近づいて来て、ロッティー様に優しく教え諭してくれた。けどラーシュ様は容赦が無かった。
「三度目だね。リータ子爵令嬢。今度は抗議じゃ済まさないから覚悟しておくようにね」
「……ひっ」
ラーシュ様は冷たくロッティー様を見据えた。
「出て行きたまえ。ここに君の居場所は無い。まだ未来ある受験者の試験があるのだから」
フローリア公爵様にも冷たく言い渡され、ロッティー様はもう何も言えなくなってしまったみたい。
「っ……」
ロッティー様は悔しそうに踵を返すと試験会場を後にした。
後日フローリア公爵様が「花の宮」へ、ラーシュ様と私に会うためにやって来た。隊長さんには事情説明が済んでおり、聖地の音楽隊のみんなにどこまで説明するか裁量が任されているみたい。ラーシュ様と私は応接室でお話を聞いた。
「花の宮の近くで香を焚いていたんだ」
「香、ですか?」
ラーシュ様が眉をひそめた。香っていい香りの煙が出るものよね?この国ではあまり見ないけれど、アロマキャンドルみたいなものだったかしら。
「ああ。闇の聖地の更に南方の国に伝わる『邪香』というものらしい」
「じゃこう?邪香か……。ではそれが今回使われた呪法ということでなのですね」
「ああ。精霊や悪霊、魔物などを操る術に使われるそうだよ。自分の利益を守るために時には他者を害することなどにも利用されている」
「っ……!」
フローリア公爵様の説明に息を呑んだ。精霊様に人を害させるなんて……!
「安心して欲しい。悪事を行うときに使われるのは主に悪霊や魔物だから」
「あまり安心できるようなお話ではありませんね」
ラーシュ様の言う通りあまり安心できるお話じゃない。だけど精霊様にそんなことをさせて欲しくない。悪霊ならいいって訳では決してないけれど。
「精霊王様がお怒りになるのも当然ですよね」
私だって嫌だわ。自分の気持ちを無視して悪い事をさせられるなんて。
「今回、リータ子爵令嬢が関与した証拠は認められなかった」
「ケント・メリッサの独断、ということですか」
でも世の人々はそうは思ってくれなかった。二人が共謀して精霊の歌姫の立場を不正に得ようとして精霊の加護を失うところだったと噂されてしまっている。
「ロッティー様は何もしてないのに……」
メリッサ様のしたことは間違っていたと思う。頑張ってたロッティー様の努力を信じてなかったということだから。
「それは少し怪しいと私は考えてる。真摯に歌っていれば精霊達は認めてくれただろう。けれど全く精霊が現れなかったという事は薄々察していたという事なんじゃないかな」
フローリア公爵様は冷たく断じた。
「リファーナに対する態度も酷いからね。逆恨みもいいところだ」
フローリア公爵様とラーシュ様の言葉に反発する気持ちが浮かんでくる。
「でも!ミント先生は今回ロッティー様のために推薦状を書いたと仰ってました。きっと、とても頑張ってたんです!」
そうなの。ミント先生は、今回の選抜チームでのロッティー様の頑張りを評価してくれていたの。それなのに……。
「リファーナは少し優しすぎるよ」
ラーシュ様は私の肩を抱き寄せ、涙を拭ってくれた。
夜の闇の中、誰かが呼ぶ声が聞こえる。
眠っているはずなのに、起き上がって歩かなければならない。重たい空気をかきわけて一歩、また一歩と。
「こちらへおいで」
優しい声が私を導くの。
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