風花
来ていただいてありがとうございます!
「ごめん。もう大丈夫だから」
ベッドの上で少し恥ずかしそうに笑うラーシュ様。良かった。もう本当に大丈夫みたい。ラーシュ様はあの聖地の音楽隊の入隊試験の後、熱を出して寝込んでしまったの。あの時様子がおかしかったのは体調不良のせいだったのね。それでもあの素晴らしい演奏をして、大精霊様に気に入られてしまうなんてラーシュ様はやっぱりすごい!
あの白く美しい精霊様は、どうやら、雪の大精霊様だって事みたいなの。まだはっきりとしたことは分からないんだけど、たぶんそうじゃないかって隊長さんが言ってた。
「ラーシュ様が熱を出すのは何年ぶりでしょうか。寝込んでしまわれるのは初等部に入られてからはなかったですね」
ヒースコートさんが食事とお茶を運んできてくれた。
「ではリファーナ様、後はお願いします」
「はい。わかりました」
私はスープ用のスプーンを持ち上げた。
「え、リファーナ?」
「ヒースコートさんに頼まれたので!」
「い、いや、あの……」
「頼まれたので!」
ラーシュ様は真っ赤になってたけど、私は譲らなかったの。だってヒースコートさんに頼まれたし、前に私が熱を出した時も同じようにしてもらったから。婚約者ってこういうものだって教えてもらったから。
食事が終わってお茶を飲みながら、ラーシュ様がためらいながら話してくれた。
「…………そういえば、リータ子爵令嬢がいたよ」
「え?どこにですか?」
「筆記試験の会場に」
ということは、ロッティー様、聖地の音楽隊の試験を受験なさったのね。確か歌の実技試験は早い時間だったから、私が試験を見届けてない時間帯だったんだわ。でも合格者は書類をもらって説明を受けるはずだから、会場に残ってなかったということは……。
「残念ながら、精霊に認められなかったんだね」
ロッティー様も聖地の音楽隊を目指していたのね。前の時はそんなこと聞いてないしそんな様子もなかったと思う。でも知らないだけで秘かに受験をなさってたのかも。今回は知る由も無かったけど。
「そうでしたか……」
私は何と言っていいかわからなかった。
「そうだ!ラーシュ様、昨日は学園でも音楽隊の中でも物凄い大騒ぎになってましたよ!」
私は話題を変えたの。元々はこのお話をしたかったから。
「騒ぎに?」
「ええ!ラーシュ様の試験の時に大精霊様が現れたって!私も見ていました!とても美しい精霊様でしたね」
「……そうだね」
「やっぱりラーシュ様は凄いです。皆さんとても喜んでました。長らく不在だった『精霊の奏者』が現れたって」
「精霊の奏者……そうか。これで少しはリファーナに相応しくなれたかな……」
「相応しいだなんて、ラーシュ様の方がずっと立派で努力なさってて、私の何倍も……ラーシュ様?やっぱりまだ体調が悪いのでは?」
ラーシュ様の顔色が悪い気がする。私はラーシュ様の額に手を当ててみた。んー、熱は無いみたい?
「リファーナ……」
ラーシュ様に手を引かれ、一緒に倒れこむように抱きしめられた。
「これからもずっと一緒にいてくれる?」
「ラーシュ様……?もちろんです。ずっと一緒にいたいです。ずっと一緒に演奏もしたいです」
「そう、だね」
ラーシュ様の体、あったかい。やっぱりまだ微熱があるのかもしれない。
「ラーシュ様はずっと頑張ってましたから、きっと精霊様がゆっくり休みなさいって言ってくださってるんですよ」
「…………ん」
ラーシュ様の腕の力が強まってラーシュ様の熱が移ってくる。いつの間にか私もうとうとしてしまって眠ってしまったみたい。日が傾いたころ、ヒースコートさんにそっと起こされて驚いちゃった。熟睡してるラーシュ様を起こさないように静かに自室へ戻った。
廊下の窓の外では静かに雪が降り続いている。ひんやりした空気の中、ラーシュ様のぬくもりが恋しくなってしまった。
数日降り続いた雪は止み、晴れて綺麗な青空になった。前の年のような大雪にはならず、お日様の光を浴びて道の雪はほとんど溶けてしまってた。ラーシュ様の体調も戻り、ラーシュ様と一緒に選抜チームを指導してくれている先生方の所へ合格の報告に行ったの。ミント先生の所へも。先生方は大精霊様が現れたこともご存じで、ラーシュ様の聖地の音楽隊合格と精霊の奏者として認められたことをとても喜んでくれた。
「ねえ、リファーナさん、グラソン君」
帰り際にミント先生に呼び止められた。ミント先生は少しためらった後、意を決したように話し始める。
「ロッティーさんは今年受験したのかしら」
「先生が推薦状を書かれたのでは?」
ラーシュ様の問いに私も頷いた。ミント先生がロッティー様を推薦なさったのだと思ってた。
「いいえ。私はロッティーさんの推薦状を書くことはできませんでした」
「何故ですか?」
「…………」
私はミント先生に問いかけたけどラーシュ様は無言だったの。
ミント先生はロッティー様に推薦状を書いて欲しいと頼まれたけど断ったそう。
「理由は……、残念ですが、彼女の実力では基準には満たないと判断したのです」
「そんな……」
ロッティー様は初等部の頃から私よりもずっと歌が上手だったのに……。
「リータ子爵令嬢は殆ど練習をしていない。今回の選抜チームに入れたのも不思議なくらいだったと思う」
ラーシュ様はミント先生と同意見みたい。確かにロッティー様は今回あまり調子が良くないのかなって思うことがあったけど、一年ぶりの選抜入りだったから調子を取り戻すのに時間がかかってしまったのだと思ってた。ソロパートは無かったけど一生懸命に歌っていたように思えていたから。
「リータ子爵令嬢は受験していましたよ。ですが……」
「合格には至らなかったんですね」
ミント先生の若草色の髪が顔に影を差した。
「ミント先生……」
「私の指導力不足ですね……」
「そんなことは無いと思います」
「私もっ!そう思います。ミント先生は素晴らしい先生です!」
ミント先生は顔を上げて、明るく笑った。
「ごめんなさいね。せっかくグラソン君が合格の報告に来てくれたのに。リファーナさんは精霊の歌姫、グラソン君は精霊の奏者だなんて先生も鼻が高いわ!これからも二人で頑張ってくださいね!」
「はい。リファーナと二人で頑張ります」
「これからもご指導よろしくお願いします」
私はもう一年、学生生活が残っているから。
「あら!私が教える事なんてあるかしら?ふふっ」
帰りの馬車の中、ラーシュ様は静かに怒っていた。
「お金を積めば推薦状は書いてもらえる」
そういう話はあるとは聞いていたけど、まさかロッティー様がそんなことを?
「そんなことで受験をしても受かるはずは無いけれどね」
ラーシュ様は真面目な方だから、もしそれが本当なら許せないんだと思う。でも私はロッティー様がそんなことまでするとは信じられなかった。
「ロッティー様は歌うのが好きだったから……」
「好きなだけで、練習もせずに受験しても意味が無いと思うけどね」
「…………」
「厳しいことを言うようだけれど、リータ子爵令嬢の行為はリファーナや僕や他の必死で練習してきたような人を貶すような行為だと思う」
「そうですね……」
「僕はリータ子爵令嬢がかつて君を侮辱したことが一番許せないんだ」
「侮辱……」
ラーシュ様は私の握りしめた手の上にそっと大きな手を重ねた。
「彼女は君を見下していたんだよ。おそらくリファーナが合格したなら自分も簡単に合格できると思ったんだ。リファーナは純粋な気持ちで頑張って来たのにそれを……」
ロッティー様の気持ちはわからない。だけど私も最初はそんなに純粋な気持ちじゃなかった。
「ラーシュ様、私が聖地の音楽隊を目指したのは将来、家に縛られずに自由に生きるためだったんです。だから決して純粋な気持ちばかりじゃありませんでした。ごめんなさい」
沈黙が下りる。ああ、嫌われてしまったかも。胸が痛い。
「そうじゃないかって思ってたよ。最初はわからなかったけど、リファーナの事を知っていくうちにわかるようになってきた。辛かったね。…………知らなくてごめん」
「……ラーシュ様」
「リファーナのご家族はあまりにも君に無関心だった。伯爵令嬢の君が必死に頑張る理由はそこにあったんだね」
そう、私はお父様やお姉様に振り回されずに自立して生きていきたい。そう思ってた。それにラーシュ様とは婚約解消になって、フローリア公爵との結婚は破綻することが決まってた。だから婚約は回避したかった。
まさかラーシュ様との婚約が続くなんて思わなかったけど……。
「歌っているうちに、精霊様達に喜んでもらえるのが嬉しくなったのは本当です。でも最初の動機は不純だったと思います」
だから、誰がどんな理由で聖地の音楽隊を目指していたとしても私は非難なんてできない。
ふわふわと馬車の中を精霊様達が飛び交い始めた。
「それにラーシュ様が見ていてくださらなかったら、今のようにはなれなかったかもしれません……」
「でもリファーナはちゃんと僕について来たよね。僕は随分君に厳しくしてきたよ。諦めなかったのはリファーナの意思だ。君は自分を卑下する必要はないよ。ほら、精霊達も君を好いている」
精霊様達が私に寄り添うように飛び回ってる。
車窓から見える景色、風花が舞ってる。前の時が終わった日を思い出す。前の時には知らなかったことをたくさん知って、前の時とは色々変わったことがある。私は今この時に生きられていることが嬉しい。
「ありがとう、精霊様達……」
私は精霊様達を見、ラーシュ様の手を握り返した。
「ありがとう、ラーシュ様。今、私とても幸せです」
「リファーナ……」
見上げたラーシュ様の顔が一瞬苦し気なものになったのは何故かしら。抱きしめられて見えなくなってしまったけれど。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




