精霊のための歌
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「この大陸には三つの聖地と呼ばれる場所があります。星の聖地、花の聖地、闇の聖地です。そして人には見えないもう一つの聖地があるのです。それが時の聖地です」
これがスモールウッド学園初等部に入学して最初に教わること。古めかしい建物の古めかしい教室の中で私は二回目になる授業を受けてる。そう、結局私は夢から覚めることは無くって十歳のまま。もうこのままこの人生を頑張ろうって決意したわ。
「そしてこのシュクシュケヴァット王国にあるのは花の聖地です。聖なる湖を中心とした土地に、主に風や水や光の精霊様達が集まってこられます」
うんうん知ってる。入学前に本も読んだし、何と言っても二度目だし。私はこの後の選択授業で音楽を選んで、自分が歌が好きだって分かるんだよね。でも、今回の私は一味違うんだから!どうせ結婚で幸せになれないなら、聖地の音楽隊に入るんだ!就職よ!この国で唯一貴族の娘が仕事を持つ方法なの。働けば無理に結婚しなくても済むから。
『お前の好きにしたらいい。ただ我が家の恥にならない成績を取るように』
前の時にお父様に相談した時はこんな風に言われたの。お姉様の時は
『アグネータは何でもできるから、声楽でも器楽でも精霊美術でも精霊学でもどれでも大成できるだろう。楽しみだね』
ってお母様と一緒に笑ってたっけ。お姉様はクラヴィーアという弦楽器を選択して、聖地の音楽隊に入って欲しいと熱望されるまでになってた。
聖地の音楽隊。私達の国は精霊様達の加護をいただいている。私達はその精霊様達が喜んでくれるように様々なものを捧げるの。お祈りだったり食べ物だったり。でも一番精霊様が好むのが綺麗な音楽なの。歌でも楽器でもいいんだけど、とにかく才能があれば聖地の音楽隊に入ることもできる。今回私が目指すのはそれ。ほぼ聖職者扱いだから、私に興味は無いけど指示はしてくる両親にうるさく言われることも無くなるし、家を出るのにもちょうど良いの。
今から技術を磨いて(もう一度習ったし)、そこへ入れるように頑張ろうと思う。実は前の時も先生にそこを目指してみないかって言われたことがあるから、芽はあると思う。
「ねえ、ねえ、リファーナ様!選択授業は何にする?」
午前の授業の後、以前お母様に連れられて行ったお茶会で仲良くなったロッティ・リータ子爵令嬢が話しかけてきた。
「ロッティ様、私は音楽にするわ。声楽よ」
「え?もう決めたの?早いのね……。私もそうしようと思ってたのよ。そちらでも同じクラスね」
「ええ。そうなったらよろしくお願いします」
「さあ、ランチに行きましょう。急がないと席が無くなっちゃうわ」
「今日のランチはフレンチトーストとサラダとオレンジティー」
日差しが入って明るい雰囲気の食堂は生徒達でごった返していたけど、私達は窓際のあったかい席を確保できた。
「リファーナ様、決めるの早いわね。たくさんメニューがあって迷っちゃった」
あはは、もう何度も来てるから、好きなものも美味しいものも分かってるもんね。
「そういえば、私婚約が決まったのよ!メリッサ伯爵家のケント様なの」
ロッティー様は野菜のサンドイッチとお茶にしたみたい。ここの食堂はサンドイッチも美味しいのよね。私のお気に入りはフルーツサンドかな。
「え?そうなのですか?おめでとうございます!ロッティー様!それと偶然ですね。私もよ」
「……そうなの?どなた?」
「ラーシュ=オーラ・グラソン様。二年生の」
「侯爵家の方じゃない!……さすがスティーリア伯爵家ね。凄いわ……」
「昨日顔合わせがあったんだけど、実は知らされたのが一昨日の夜なのよ。驚いてしまって……」
本当に驚いたのは前の時だけど、今回もちょっとは驚いたから嘘は言ってないよね。
「そうなの?それはさすがに……」
ロッティー様は絶句してる。まあ、それだけあり得ない事だよね。うちでは、ていうか私にはよくある事なんだけどなぁ。
「リファーナ・スティーリア伯爵令嬢」
声をかけられて驚いた。振り向いたらラーシュ様がいたから。ランチのトレーを持ってる。え?なんでいるの?いやまあ、同じ学園だし初等部だし食堂は共通だし、いてもおかしくない。うん。でもね私の近くにいるのがおかしいのよ。だって前の時には声をかけられたことが無かったんだもの。
「ご一緒してもいい?」
え、やだ……。
何とか言葉には出さなかった。
「じゃあ、私は別の方と一緒に食べるわ。また後でねリファーナ様」
「え?ロッティー様!」
行っちゃった。他の令嬢友達の席にもう混ざってる。おいて行かれちゃった……。カタンと音がして私の前にラーシュ様が座った。
「…………」
「…………」
なに?この状況。ラーシュ様は何しに来たの?
「君は甘いものが好きなの?」
「え?」
私は自分のランチのトレーを見た。甘いものは好きだと思う。
「もう少しバランスよく食べないと太るよ」
「え」
「甘いものが多すぎる。体に良くないと思う」
「はあ……」
ラーシュ様のトレーには魚のソテーや胚芽パン、野菜のスープがのってる。バランス確かに良さそうだわ。でもだからってなに?私が何を食べようとラーシュ様に関係無くない?うう、言えないけど。
黙々と食事が進む。ああ、ロッティー様達と一緒に食べたかった。家での食事より気まずいわ。家では他の家族の会話を聞きながらだもの。まさかあれ以上に食べづらい食事時間があるなんて衝撃だわ。ラーシュ様とは話す事なんて無いのに。
「選択授業は何を選ぶの?」
「え?えっと声楽を」
「そう。僕は器楽の選択だ。小さい頃からクラヴィーアを習っているから」
知ってるわ。それにそこもお姉様とラーシュ様の好みが合うって、お姉様に言われて婚約解消になったんだもの。楽器もできない、美術の才能もない生徒は楽だからって声楽を選ぶ。もう一つある精霊学は難しい上に選ぶ人がいなくて毎年開講されない。
私も才能もないし楽だから声楽を選んだと思われてるんだろうな……。そう思うと何だか悔しくなって、つい言ってしまった。
「私は聖地の音楽隊を目指すつもりなんです」
「え?」
ラーシュ様は食事の手を止めて驚いて私を見た。どうせ無理だって笑われるんだろうけど、いいんだ。
「へえ、いいんじゃない?」
い、今笑った?
嘘……初めて見た……。馬鹿にされなかった。
「頑張って」
ラーシュ様は食事を終えて席を立って行ってしまった。
「何だったんだろう……お昼のあれ」
放課後、家に帰りたくなくて校舎の裏庭のベンチに座り込んでいた。周りの木々には白くて小さな花がたくさん咲いてていい香りがする。あまり人が来ないこんな場所にも花壇があって、誰が手入れしてるのかお花が綺麗に咲いてる。
「前はあんな事無かったのに」
ラーシュ様に学園で話しかけられたことなんて数えるくらいしかなかった……。
「…………考えてても仕方ないか。ラーシュ様の考えてることなんてわかるわけない」
わかるのはいつからかお姉様を好きになってて、婚約解消されることだけ。私は立ち上がって周りを見回した。
「よし、誰もいないわね」
私は大きく息を吸うと、前に習った精霊達が大好きな歌を歌い始めた。前に教わったことを思い出しながら、できるだけ心を込めて。家では練習できないし(お姉様の邪魔になるって怒られた)、放課後ここで練習しようと思ったんだ。
「……………………」
歌い終わって目を開くと、まあるい小さな光がいくつか私の周りに浮いていた。
「精霊?」
私が手を差し出すとその上にのってきてくれた。
「私の歌、聞いてくれてたの?」
明滅する光がそうだよって言ってくれたみたいで嬉しくなった。
「ありがとう!」
初めて誰かに認めてもらえたような気がした。精霊達はまるで笑うように光を点滅させて、空へ飛んで行った。
「喜んでもらえたの?……私、頑張るわ」
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