友人
来ていただいてありがとうございます!
「この前の演奏会、とても良かったらしいですわね。私も聞きに行けば良かったですわ。それに私も聖地の音楽隊の練習に参加していたら、リファーナ様のように歌わせて頂けたのかしら」
「ロッティー様はずっと選抜チームでソロを担当されてたんですもの。当然です」
「そうよね。でもケント様が許して下さらないのよ。私も行きたいわ。行けたらきっと……」
「ロッティー様?」
「あ、いえ何でもないの。グラソン様は相変わらずお厳しいの?」
「ええ。歌の練習は物凄く厳しいわ……」
ラーシュ様にとってはそれが普通らしいけれど。
「あはは、大変ね。頑張ってくださいね……」
「……?」
秋の精霊祭のための選抜チームの練習の後、ロッティー様と話しているんだけど、何だか元気が無いみたい。
「リファーナ、帰ろう」
「はい。今行きます」
パート練習、楽器の方も終わったみたい。ラーシュ様が迎えに来てくれた。
「……リファーナ様は今、グラソン様のお屋敷にいらっしゃるのよね」
「はい。今年は前半が高等部での練習なので今はグラソン侯爵家の別邸にお世話になってるんです。一週間後の練習からは中等部の方なのでそちらのお屋敷に」
「そう。やっぱり仲がおよろしいのね……。ケント様もグラソン様のようだったら良かったのに」
「ロッティー様、大丈夫ですか?何か悩み事なら良ければ私……」
「いえ、ケント様も声楽か器楽の選択だったら一緒に過ごせたのにって、ちょっと残念だっただけですわ」
ロッティー様は私の背を押してラーシュ様の方へ押し出した。
「ほらほら!グラソン様が待ってらっしゃるわ!また明日ね。リファーナ様!」
「ええ、また明日……」
ラーシュ様と校舎の出口まで歩いて来た。いつもの明るいロッティー様のように見えたけど、やっぱり心配だわ……。
「ごめんなさい、ラーシュ様。今日は先に帰って下さい。私、少しロッティー様とお話ししたいんです」
「そうなの?何かあった?」
「何だか元気が無いように思えて少し心配で」
「わかった。先に帰ってる。後で迎えの馬車をよこすからゆっくり話しておいでよ」
「はい!ありがとうございます、ラーシュ様」
私は音楽室へ急いで戻った。
「そうなのよ!ちょっと小さな演奏会でうけたくらいで鼻にかけちゃって、みっともないったらないわ!」
「えー?リファーナ様って大人しそうなのに、裏ではそんな感じなのですか?」
「そうよ!伯爵家だからっていつも偉そうにしててね、やな感じなの」
「やだ、信じられないですわね……。そんな方があのグラソン様の婚約者だなんて私、納得がいかないわ」
「聖地の音楽隊に入りたいって仰ってたけど、ご結婚なさるなら無理よねぇ」
「それもどこまで本気か分からないですわよ。真面目なグラソン様の気を引くための方便かもしれなくてよ」
「きっと、歌の練習だとかいって毎日グラソン様に迫ってるんじゃないかしら。はしたないわね」
えっと、何だろうこの会話……。ロッティー様の声がする。他の女の子達はあまり話したことがない人達だと思う。入ろうとした音楽室の手前で私の足は止まって動かなくなってしまった。
「私だってケント様が許して下されば、リファーナ様なんかよりずっと上手に歌えるのに」
「メリッサ様はロッティー様を溺愛なさってるんでしょう?きっとロッティーさまにお仕事なんかさせたくないのでしょうねぇ」
「そうなのよね。困っちゃうわ」
「わあ、ごちそうさま!」
「きっとグラソン様はリファーナ様の事あまりお好きじゃないのね」
「リファーナ様、大事にされてなくてお可哀そう」
ロッティー様の笑い声が酷く遠くに聞こえた。知らなかった。私、ロッティー様にあんな風に思われてたんだ。前の時も今もずっと仲良しの友人だと思ってた。
「随分と言いたい放題だね。これはこの僕への侮辱でもあるな」
冷たい声が響く。
ラーシュ様?いつの間にここへ?ああ、声が出ない。喉に何か引っかかってるみたいに。足だって動かない。女の子達の短い悲鳴が聞こえた。
「も、申し訳ございませんっ」
「い、今のは冗談で……」
「失礼いたしましたっ」
口々に言いながら、音楽室を飛び出していく。ロッティー様と目が合ったけど、ロッティー様は目を逸らしてそのまま走って行ってしまった。
「リファーナ」
肩を抱き寄せられた。
「ラーシュ様……、あの、私……」
見上げた私を驚いた顔でラーシュ様が見てる。頬を拭われて自分が泣いてることに気が付いた。涙が止まらない。
「私……そんなことしてない……ほんとに、聖地の音楽隊に入りたくて……、だから……」
時が戻ったなんて誰にも言えなくて、この先私には幸せな結婚ができないのは知ってて、だから自立するためにも頑張らなきゃいけなくて、それでも精霊様のために歌いたい気持ちもあって、でもほんとのほんとはラーシュ様のそばにいたいとも思ってるから、はしたないのも事実かもしれなくて……色々な気持ちが溢れてきてもう頭の中がぐちゃぐちゃだった。
ああ、前の時もロッティー様だけは一緒に笑いあえる、たった一人の友達だったのに……。
「わかってる。リファーナが誰よりも真剣で、一生懸命なのは僕が一番よく知ってるから」
気が付くとラーシュ様に抱きかかえられるようにして馬車の座席に座ってた。
「だからもう泣かないで」
感情の嵐の中、背中に当てられたラーシュ様の手の温かさだけが私には唯一の拠り所だった。
『聞いて!リファーナ様!私選抜チームに選ばれたんです!』
『わあ!すごいです!ロッティー様!ロッティー様はとても歌が上手ですものね』
『そんな……。リファーナ様だってとても上手ですのに!』
『私なんて全然だわ。応援してますね!』
『ロッティー様、その髪飾りとても似合ってらっしゃるわ!』
『ありがとうございます!ケント様とお買い物に行って選んでいただいたのよ』
『ケント様はお優しいのですね。仲が良くって羨ましいです』
『まあ、リファーナ様だってそのネックレスはグラソン様からの贈り物でしょう?』
『ええ、そうなのですけれど』
『正直リファーナ様には紅玉石よりもっと淡い色がお似合いになりそうですけれど、紅玉石はとても高価ですもの、さすが侯爵家ですわね!』
『そうですね……』
『元気を出して下さい、リファーナ様!婚約解消なんて酷すぎますわ!私グラソン様に抗議してまいります!』
『待って!ロッティー様!私はいいんです。グラソン様とはそこまで交流があった訳でもないですから』
『でも!アグネータ様もあんまりです!いくらご自分の婚約がダメになったからって!』
『ありがとうございます、ロッティー様。でも本当にもういいの。私には新しい縁談があるみたいで……』
『…………そんな、もう?婚約解消から間が無いのに……』
前の時は教室で楽しくお話したり、本当に時々だけど街へ行ってカフェでケーキを食べたり、励ましてくれて怒ってくれて……。今は歌の練習で一緒にいる時間は減ってしまったけど、ずっと仲良くしてくれてるって思ってたのに。
「本当にここには精霊様がたくさんいるのね……」
湖の上の塔が見える花畑に座り込んでぼんやりしてたら、精霊様達が集まって来ちゃった。なんとなく「歌って」って言われたような気がした。だけど。
「今は歌えないの」
歌を頑張ってたら、友達がいなくなっちゃった。目の前に精霊様の光がふわふわと飛び回ってる。光……その向こうに塔が見える………………。ああ、今また何か大事なことを思い出しかけたのに……。思い出せないわ。
なかなか精霊様達、諦めてくれない……。
「…………わかったわ、ちょっとだけね」
根負けして歌を歌った。風の精霊様と花の精霊様の歌。この歌って「励ましの歌」とも呼ばれてて元気が出るような歌詞とリズムなの。
このシュクシュケヴァット王国がある大地では精霊様が水をきれいに保ってくれて、農作物に恵みを与え、大きな災害が起こらないように護ってくれているの。精霊様達は音楽や絵や美しいものをとても愛するといわれている。花の聖地の中心の青い湖。そこに建てられた塔はみんなただ「塔」と呼んでるけど、正式名称は「白き輝きの塔」っていうの。塔の部屋の中には様々な美しいものが奉納されていて、精霊様達が見に行ったりもするんですって。精霊様達は湖や花畑、そして塔の周りを気ままに飛び回って様々な恵みを与え、時には奇跡を起こすと伝えられている。
「奇跡かぁ……」
私の時が戻ったのもその奇跡の御業だったのね。
「何が奇跡なんですの?」
「え?」
急に声をかけられて驚いた。いきなりマーガレット・オルコット様がいらしたの!
「うふふ、スティーリア様は本当に精霊様に愛されてらっしゃいますのね」
私は慌てて立ち上がってご挨拶した。
「ご、ごきげんよう、オルコット様」
「はい。ごきげんようですわ。同じ一年生、選抜チームの仲間なのですから、私の事は是非マーガレットと呼んでいただきたいですわ」
「で、では私の事もリファーナとお呼びください」
「ありがとう、リファーナ様」
「選抜チームの練習、前半は歌と楽器が分かれていてお会いできずにつまらなかったですわ。後半はご一緒できるのね!とても楽しみ」
「はい。とても楽しみです」
本当は後半の練習が始まるのは気が重かった。ロッティー様とはもうお話しできないだろうから。選抜チームに参加するのも四年目だしお話できる人もいる。だけどやっぱりロッティー様と一緒でとても心強かったから、とても辛い。
俯いていた私の両手をマーガレット様が握った。指が細くて白くて綺麗……。
「マーガレット様?」
「光の中に立つものを心醜きものは嫉妬し憎むもの」
「え?」
「負けないでくださいませ。わたくしは貴女の味方ですわ!」
ぱちりと片目を瞑ったマーガレット様はとても可愛らしくて魅力的で、思わず頬が熱くなってしまったの。
マーガレット様はもしかしてあの時近くにいらしたのかしら……。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!