夜の庭
来ていただいてありがとうございます!
「アグネータお姉様……」
「リファーナ、あなたがダンスパーティーに来るなんて思わなかったわ。そのドレスって……」
「ラ、グラソン様にお誘いいただけたので」
「リファーナ」
ラーシュ様が私の肩を抱いてくれた。
「まあ、グラソン様!婚約者としての義務を果たしていただけて、とてもありがたいですわ。妹はご迷惑をお掛けしてはおりませんか?私、とても心配で」
お姉様はラーシュ様にはにこやかに話しかけてる。私の方には見下すような視線だけど。
「ご無沙汰しております。リファーナはとても立派な淑女ですよ。ご安心ください」
「……グラソン様ってお優しいのね。でも妹には少し厳しくしてやってくださいませね。それくらいでちょうどいいんですのよ」
いえいえお姉様、ラーシュ様は今でもとても厳しいわ。これ以上厳しくされたら私ついて行けない……。私は思わず遠い目になった。
「こら、今僕の悪口を考えてたでしょ」
ラーシュ様が耳打ちしてきた。
「め、滅相もございません……」
わ、悪口ではないと思うの。
「何考えたか、後でちゃんと聞くからね」
二人で小声で話し合ってると、アグネータお姉様がパチンと小さな真紅の扇を鳴らした。あ、なんだか怒ってる……?
「アグネータ、ごめんね。一人にして」
そこへちょうど良いタイミングで黒い正装のクレソニア様が来てくれた。
「アンソニー様、酷いわ。私寂しかったですわ!」
良かった。お姉様のご機嫌が直ったみたい。お姉様ってばクレソニア様の腕に抱きついてる。私の方が照れちゃう。なんだ、まだ全然仲睦まじいのね。安心したわ。
「やあ、グラソン君、リファーナ嬢、久しぶりだね」
「お久しぶりです。クレソニア様」
「お久しぶりです」
「今年も選抜チームで一緒だね。よろしくね。そうだ!演奏会行ったよ。二人とも素晴らしかった!」
「ありがとうございます、クレソニア様」
「ありがとうございます!」
聞いてもらえたんだ!褒めてもらえて私は嬉しくなって思わず声が弾んだ。
「リファーナはお茶を飲まなかったのね。運が良い事」
ラーシュ様の手に力がこもってちょっと肩が痛い。どうしたんだろう?そっと窺うけれど、ラーシュ様の表情は変わらない。
「はい。ラーシュ様がお茶を用意してくださったので。運が良かったとは思ってませんが……」
「そうね。正規隊員でもないあなたの歌を聞かされた観客は不運だったわね」
それはそう。ソフィア様の歌声は素敵だもの。みんなそちらを聞きたかったはずよね。うん。
「そんなことは無いよ、アグネータ。君は少し妹さんに対する態度がきつすぎる。リファーナ嬢の歌声はあの場にいた皆が評価していたよ。もちろん精霊様達もね」
「そうかしら……。そうだったかもしれないわね。身内っていうと甘くなりすぎる人もいるから、つい厳しく言ってしまうの。そんなに怒らないでいただけるかしら、グラソン様?」
え?ラーシュ様怒ってるの?
「……いえ、怒ってなどおりませんよ。ただ、リファーナの指導は私や母も行っておりますゆえ、姉君の目から見てまだまだ我々が至らないようだと反省していた所です」
笑ってるけど、目に表情が無い。あ、これって、クラスメイトと話す時の笑顔に似てるかも……。
「そ、そんなつもりでは決して……!ご気分を害されたのでしたらお詫びいたします!申し訳ございませんでした」
お姉様の顔色が悪い。さすがにこれはまずいかも。
「いえ、謝っていただくことではありません。これからもリファーナの事は侯爵家が責任を持ちますゆえ、ご安心ください。では失礼いたします。クレソニア様」
「ああ、またね。リファーナ嬢もまたね」
「し、失礼しますっ!」
「ラーシュ様、姉が失礼を申しまして、すみませんでした。でも姉はラーシュ様の事を言ったのではなくて……」
「どうしてリファーナが謝るの?君は全く悪くないでしょ?」
「でも……」
夜風が涼しい園庭に出て私はラーシュ様に頭を下げた。私の実力不足なのにラーシュ様のせいになってしまうなんて。
「リファーナは良く頑張ってるし、あの演奏会は本当に素晴らしかった。あれを聞いて酷評する方がどうかしてる。それに……」
そういったままラーシュ様は厳しい顔をして考え込んでしまった。
「ラーシュ様?」
「ごめん。何でもないよ」
ふわふわと真ん丸な光がラーシュ様の頭の上を飛んでる。
「精霊様が……」
「ああ、この辺りにいた精霊が音楽に惹かれて飛んできたんだね」
次々と園庭の木々に光が灯っていく。
「綺麗……」
思わず見惚れてしまう。けど、ラーシュ様の事も気になってちらっと見るとラーシュ様と目が合った。
「そうだ。さっきの僕の悪口、教えてよ」
うわっ、覚えてた!
「え?!いいえ、そんな!悪口なんて……」
ついつい後退ってしまうけど、その分ラーシュ様は笑顔で近づいて来る。不思議とさっきみたいな無表情では無くて、意地悪だけど楽しそうな深緑の瞳。
「嘘だよね?隠そうとしてもちゃんとわかるよ」
「…………その、ラーシュ様はいつも厳しいのでこれ以上厳しいとついていくのが難しいな……と」
「え……、僕ってそんなに厳しかった?」
「……はい。練習の時はいつも緊張してて……。最初はちょっと怖かったです」
「そうだったかな……。普通にしてたつもりだったんだけど、怖い……そうかそれで」
あ、ラーシュ様また考えこんじゃった。でもあれが普通って、おうちでもそうなのかしら。
前の時よりずっと近くにいるのに、まだわからない事ばかり。ラーシュ様の本当の笑顔はどれなんだろう?私はそれを知ることはあるのかしら。タイムリミットは来年の冬。冬が来たら、この楽しい時間も無くなっちゃうんだわ。私は精霊様達が飛び交う夜空を見つめた。
「リファーナはいつもどこか遠くを見てるね……」
「え?」
「ああ、今夜の最後の曲だ。もう一曲お相手願えますか?」
「……はい。喜んで」
私はラーシュ様の手に自分の手を重ねた。
ラーシュ様と私は夜の庭で、精霊様達に見守られながらこの夜最後の円舞曲を踊った。
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