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演奏会

来ていただいてありがとうございます!




花の聖地は春の終わりだけど花がたくさん咲いてる。


そして人もいっぱい集まってる。



月に一度の聖地の音楽隊の演奏会は塔の屋上で行われて、お客様にお金をいただくの。でも、私が参加させてもらう週に一度の少人数の演奏会は塔の下、湖が見渡せる小高い丘の上にあるステージ上で行われる。お金はいただかないけど募金はある。




今回の演奏曲は二曲で歌がメイン。クラヴィーアと独唱、そしてクラヴィーアと合唱。合唱の方は男女八人でするんだけどそのうちのソプラノのパートを任せてもらえたの。そしてなんと独唱の方のクラヴィーアはラーシュ様が担当するの!凄いとは思ってたけどラーシュ様のクラヴィーアは本当に評価されてるのね。


少しだけ不思議なことがある。前の時もラーシュ様は選抜チームに入るほどクラヴィーアが上手だったと聞いてた。でも聖地の音楽隊の練習にも参加されてるなんて話は聞いたことが無かった。まあ、私が聞かされて無かっただけっていう可能性もあるんだけど。その事は私のこれからの運命にはあまり関係の無いことだから、考えても仕方ないわよね。大体、前の時はこんなにラーシュ様と交流は無かったし、今だってきっと私が知らないことの方がずっとずっと多いんでしょうし。





「今日の演奏会頑張るわ!」

と気合を入れて来たんだけど、早々に私は怖気づいていた。

「なんでこんなに観客がいっぱいなの?」

丘の上のステージ。ステージといってもただ床があって今はクラヴィーアと譜面台が置いてあるだけの場所なんだけど、その前、湖の反対側の広場にはたくさんの人が集まって来ているの。足がガクガクしてきた。てっきり主に精霊様達に聞いてもらうだけだと思ってたのに。正直ちょっと軽く考えすぎてた……。


ステージのわきには演奏者達の待機場所の天幕がある。天幕の中にはテーブルと椅子、そして差し入れのお茶や飲み物、お菓子やお花、お酒まで置いてあるらしい。でも私は入ることも出来ずに天幕の裏で立ちつくしてた。そうしたらラーシュ様が来てくれた。


「どうしたの、リファーナ?天幕にも入らないで。……もしかして緊張してる?」

「ラ、ラーシュ様……、お客様がいっぱいで……私」

「精霊祭でも選抜チームのステージに立ってたのに今更どうしたの?」

「選抜チームの時は人数が多かったし、学校のみんなと一緒だったので……」

それに観客席は暗くて人の顔は良く見えなかった。今日は少人数の演奏で明るい青空の下。一人一人の顔が良く見えるの。しかも聖地の音楽隊の制服も着せてもらっての隊員の一員(仮)としての初ステージ……。うわぁ、更に緊張してきちゃった。


「運営費用と聖地の保全費用として資金を募ってるから、積極的に人を集めてるんだよ」

「それはお聞きしてましたけど、まさかこんなに大規模だとは思ってなくて……」

「まったく……。ほらおいで。はい。これ」

ラーシュ様はお客様の顔が見えない位置にある木の根元へ連れて行ってくれた。ハンカチを敷いて座らせてくれて持っていたかごを開けてみせた。ふわりと湯気と一緒に良い香りが漂う。


「あ、この香り……。シュネーのお茶?」

「きっと緊張すると思ってね。ポットに入れて持って来させた。まさかここまでとは思わなかったけど。ほら、いつも飲んでるお茶ならリラックスできるでしょ」

ラーシュ様はカップにお茶を注いでくれた。

「あ、ありがとうございます。はあ……落ち着く」

「プッ、なんだかおばあさんみたいだね」

あ、笑った……。最近は私にも見せてくれるようになった笑顔。小さな子どもみたいな。

「ラーシュ様、酷いです……。でもおかげで大丈夫になってきました」

「それは良かった。演奏の時は湖の方を見るから大丈夫だよ」

「そういえばそうでしたね」

そうだったわ。精霊様に捧げる歌だから観客の人達には背を向ける形で歌う。だからきっと大丈夫。私はもう一度お茶の香りを吸い込んだ。




「ん?天幕の方が騒がしいね」

本当だわ。なんだか声が聞こえる。言い争ってる?

「行こう」

カップを片付けてラーシュ様と私は天幕の中へ入った。誰も言い争ってはいなかったけれど深刻な事態が起きてた。

「喉が……おかしいの……差し入れのお茶を飲んでから……」

今日の独唱を担当する女性隊員が喉をおさえて、涙を流してる。他にも数人が同じような状態になってる。

「これって……」

「うん。まずいね……」










「む、無理です!ラーシュ様」

「リファーナならできるよね?ずっと練習してた水の精霊を讃える歌だよ」

「そんなこと言われても……」


どうやら、差し入れのお茶に喉を刺激する成分が入っていたらしく、喉の不調を訴える隊員が半数以上出てしまった。当初の演目は当然できない。演奏会を中止にする案も出されたけれど、これだけのお客様と何よりも精霊様達が待っているからできないとの判断だった。それはいいんだけど、だからって何で正規隊員でもない私が独唱を?!


「隊員の方は他にもいらっしゃるんですから、誰か……」

私が無事だった隊員の方を見ると、みんな目を逸らしてしまう。なんで?

「練習してきてない曲を披露するのは……」

などといって口ごもって目を逸らしてしまう。つまり、失敗して恥をかくのは嫌だってことなのね……。私が酷評を受ける方がマシということ?確かにそうかもしれないけど。


「大丈夫。いつものように歌えばいい。客の事は気にしないでいつものように精霊達のために」

ラーシュ様は強気だ。心なしか楽しそうにも見える。アクシデントに強いタイプなのね。

「私の方からもお願いするよ。中止になれば音楽隊の今後の活動にも影響が出てしまう」

今回の演奏会の即興クループのリーダーさんにも頼まれてしまった。この男性はラーシュ様と同じクラヴィーアの奏者なの。お茶を飲んでるけど歌の担当じゃないから大丈夫みたい。声は少し掠れてしまってるけど。

「わかりました……。やってみます」

もう知らないんだから……。なるようになれ!



アクシデントのための演目変更が伝えられ、無事だった男性隊員二人とリーダーのクラヴィーアで即興の合唱が披露された。この方たちは普段から様々な曲を一緒に練習してたそうで、二人が無事でとても運が良かった。


ステージにラーシュ様と二人で上がり、観客の皆さんに一礼してから、湖の方へ向き直る。緊張で足が震えてる。塔から運び出された真っ白なクラヴィーアにラーシュ様が指を滑らせる。あ、ラーシュ様がまた笑った。これは上手に歌えた時に褒めてくれる笑顔だわ。「大丈夫だよ」って言ってくれてるみたい。シュネーのお茶の香りを思い出してラーシュ様の音色に耳を傾ける。いつもの練習の時の音楽室を思い出すと少し落ち着けた。周りに飛んでる精霊様達の光。独唱の担当の歌手の方には遠く及ばないけれど心をこめて歌った。




周りを囲む眩しい光。


あったかい光。


懐かしい光。


これは……そうだわ、あの時冷たい水の中で私を包んでくれた光だ。


ああ、あの時助けてくれたのはもしかして精霊様達なの?


私を可哀そうだと思って、やり直しをさせてくれた?


前の時、歌うことは好きだったけど、この場所を目指そうとは思えなかった。お父様もお母様もお姉様も私を不出来な子って言ったから。そして私もそうなんだって思って勝手に諦めていた。


でも今は……。私は私を幸せにしたいと思ってる。そう思えてる。


ありがとう


ありがとう


心の中でたくさんの感謝をこめて歌い続けた。







拍手が聞こえる。少し遠くに。光の中、誰かに抱き締められた。


「凄いよ!リファーナ!とても良かった。最高だったよ!精霊達も喜んでる」

「ラーシュ様……」

周りを無数の精霊様達が飛んでる。


「私、ちゃんと歌えてましたか?」

「百点じゃ足りないよ」

ラーシュ様が私の額にキスをした。え?キス?


「ちょっ、リファーナ?!」

歌い終えた安心感とあまりの衝撃とに私はその場に膝から崩れ落ちた。



ラーシュ様……、何てことをしてくれるの……。私、もう立てない……。










ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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